第63話 呪剣
私の背後から、左脇腹に突き刺さるそれは……誰も使い手のいない、壊れたはずの剣。コルマに『呪剣』と呼ばれた、禍々しい気配のする剣だった。
「じゅ……けん……!?」
なんだその名前、進学のための勉強の名称かよ!
……って、言ってる場合じゃない。……これは、ヤバい。刺された痛みも無視できるものではないけど、それ以上に、なにかがヤバいって本能が告げている!
「ぬ、ぁあああ!」
だから私は、剣を握りしめ……無理やり、引き抜く。突き刺さっているそれを無理やり引き抜くなんて、そんなの体に負担でしかない。むしろ剣を抜くことで、血が吹き出す危険だってある。
現に、傷口からは出血し、服にも血がにじんでいく。痛い……けど、刺される直前にとっさに体を捻ったのが幸運だったのか、急所はうまく外れていた。
妙な気配を感じることができたのは幸いだった、けど……
「な、にこれ……!?」
体が、変だ。刺された痛み、出血による貧血……それもないとは言えないが、それとは違う。体には確実に、異変が起きている。
言葉にするなら、そう……まるでなにかが、体の内側から私の体全体を、侵食してきているような。
「ふ、ふふ……さすがは『英雄』サマ。それに刺されたってのに、自我を保ててるなんてな」
「……?」
コルマの言葉は、なんだ……? この『へんな剣』の違和感と、この体の異変とはなにか関係あるのか?
「『呪剣』……文字通り、呪いの剣さ。斬った対象に、自我を奪う呪いをかける。斬られた人間は、自我がなくなり、正気を失ったように暴れまわるのさ」
ペラペラと、聞いてもいないのによくしゃべるな……いろんな意味で軽い男だ。それにしても、斬った対象の自我を奪う、か。なんて厄介な能力なんだろう。
……私が今感じているこの異変も、呪いにより自我を奪おうとしているってことか?
「……自我?」
自我……自我を、奪う? 正気を失う? なんだろう、なにか引っ掛かる。
……そういえば、この村に来る前に立ち寄った例の集落は、燃えていた。そこにいた、王国元騎士ヴラメ・サラマンはとても、正気を保ったままの状態とは思えなかった。
まるで、自我を失った彼が集落に火をつけたのだというほどに……
「まさか……」
まさか、コルマが……私より先に、あの集落に立ち寄っていた? そこで、あの元騎士を斬り……『呪剣』の呪いによって自我が奪われたヴラメが、あんな凶行に及んだってことか!?
「ぐっ……くらくら、する」
「っははぁ……耐えているなんて、さすがだよ。けど、すぐに楽にしてあげるからね?」
刺しても、私がまだ自我を保っていることが不思議なようだけど……それ込みで、愉快そうだ。
私が自我を失っていない理由……自分ではわかるはずもないが、一応『英雄』と呼ばれた身だ。そういう耐性みたいなものはあるんだろう、多分。
それにしたって、背後にはあの剣、前方にはいくらダメージを与えても効いてないコルマ、両者に挟まれる形になってしまっている。この状況をなんとかしないと……ダメージが、効いてない?
そうだ、あいつ……まるでゾンビみたいに、ダメージを与えてもそれが通っていないかのような反応だ。それはコルマ自身のなにかによるもの……ではなく、もしかしたら……
「まさか、使い手だから……?」
そもそもあの剣は、自我を奪う、なんて馬鹿げた力があるものだ。その使い手である人物は、超常の能力を得る……という力があっても、不思議ではない。その一つとして、痛覚を遮断するものがあるとしたら。
ダメージ無効ではなく、痛覚遮断と予想したのには、理由がある。攻撃が効いているようで、効いてない……そんなコルマの体は、攻撃が効いてないようで、効いている。
つまり、ダメージはちゃんと蓄積されてるってことだ。私の目は、ごまかせない。
ダメージが無効になるんじゃなく、ただ痛覚を遮断しているだけならば……叩き続ければ、いずれ限界が来る!
「その傷で、まだ動けるのか……さすが『英雄』サマだねぇ。ますます欲しくなってくるよその体」
「お断りよ。それにこの程度、どうってことない。……私はもう、死ぬほどの思いをしてきたんだ。こんな程度の痛み、どうってことない」
そうだ、たかが脇腹を刺されたくらいで死んでるなら……私はすでに、死んでいる。それほどまでに過酷な旅を、この世界でしてきたんだから。
「ふぅん。ま、強がりだね。さっさとくたばったほうが身のためごばぁ!?」
「ペラペラと、よくしゃべる口だね」
痛覚がないことが本人に余裕を持たせているのか、コルマはよくしゃべる。おかげで隙だらけだ。私は、コルマの懐に飛び込むや、その横っ面におもいっきり蹴りこむ。
万全のコルマなら、いくら私が超速で動こうとも見切っていたはずだ。だけど、こうも簡単に受けたということは、余裕が大きかったか……それとも、やはりダメージが蓄積されているのか。
「っ、く……調子にのぺぁ!?」
「もう、自由にはさせない」
吹き飛んでいたコルマの顔面を足先で蹴り、その口を無理やりに塞ぐ。どんなに強がっても、私の攻撃をもろに受けて、無傷なんてことはない。必ず、痛みは蓄積されている。
得物をなくし、体にはすでに何発も入った。こいつはもう、限界が近いはずだ。
「うぁあ!」
「きゃあ!?」
「ひ、ひぃっ! やめっ……!」
このまま、コルマにとどめをさしてしまおう……そんな気持ちになっていた時、悲鳴が耳に届く。それは、奴隷が集まっていた場所から。
視線を向けると、そこには……ひとりでに動く『呪剣』が、奴隷たちを次々と切りつけている光景があった。
「……!」
もう、剣がひとりでに動くことに驚くことはしない。もともと魔法なんて不可思議なもののある世界だ、なにがあったって不思議じゃない。
問題は……そう。自我を奪う力を持つ剣が、複数の奴隷を切りつけているということだ。
それは、つまり……
「あ、うぅ……」
「が、ぅぁ……」
斬られた奴隷たちは自我を失い、狂ったように暴れだす。拘束具で拘束されているとはいえ、それでも正気を失ったあいつらはただでは止まらない。
それどころか、拘束具を引きちぎる勢いだ。中には、手首を折ってまで手錠から抜け出す者もいる。
「お、お前たちなにを……やめろ、私を誰だと思っ……ぅあぁあああ!?」
正気を失った彼らは、リーブスへと襲いかかる。焦るリーブスは防衛のために、奴隷の首輪から電気を流すが、正気を失った彼らにはそんなもの、効くはずもない。
囲まれ、袋叩き……正気を失ってもリーブスを襲ったのは、単に近くにいたからか、それとも、心の底にある恨み憎しみの感情が強かったのか。
しかし、あれじゃあせっかく私が買った奴隷も……
「……ふっ!」
しかし、心配するには至らなかったらしい。私の奴隷、ユーデリアは、その素早い身のこなしで迫る剣撃をかわしている。
あの身軽な動き……やっぱり、私の目に狂いはなかったな。
けど、正気を失った奴隷たちがユーデリアや私を狙うのは時間の問題だ。すでに、正気を失った者同士で組み合ってもいる。さて、どうしたものか……
「……ふふ」
……考える必要なんて、ない。正気を失ったのなら、殺すときになにを考える必要もなくなった……それだけの、ことだ。




