第61話 アンズ・クマガイ
ガンッ……!
「……なんの、つもり?」
振るわれた剣を、私は拳をぶつけることで受け止める。ちゃんと、剣の峰を狙って打ったから無傷ではあるけど、少しでも位置を間違えれば、刃で切れてしまいそうだ。
「おぉ、まさか受け止めるとは……ははぁ、やっぱり俺の思った通りだ! すごいよ、素晴らしいよ! んん……やっぱり、欲しいぃ……!」
「……本性現したな、変態」
コルマのその目は、先ほどまで私達に見せていたものとはまるで違う。優しさがあり、邪気の見えなかった瞳はもうそこにはない。
欲しくて欲しくてたまらないおもちゃを前にした子供のような……まさに、本人が言った通りのものだ。いや、子供のほうが全然可愛げはあるんだけど。
こいつ、私のことをそんな目で見ていたのか!
「ぇ……あ、アルファード殿?」
ここにきてようやく事態の異変に気づいたのか、リーブスが呆けた声を漏らす。その向こうでは、ロッシーニが驚愕に染まった表情を浮かべている。
なるほど、つまり……この二人の前でも、本性は隠していたってことか。初めて見る本性に、理解が追い付いていないようだ。
男の猫かぶりなんて、気持ち悪いだけなんだけど!
「ぐっ、なにこの力……!」
相手が並の実力しかないなら、こうして拮抗するどころか逆に弾き返してやるのに……全然、そうできない。ただ者ではないと思っていたけど……なんなの、この力は!
この細腕のどこにそんな力があるのか……それとも、やっぱりこのへんな剣に原因があるの?
「どうしたアン、その程度か? いやそんなはずない。はずはないだろう? もっとだ、もっと出してくれ力を。あははぁ……もっと、俺に魅せてくれ!」
「うるっさいこの変態が!」
なにこいつ……まさか、現在進行形で興奮でもしてるの? 頬も赤いし息も乱れてる……疲労によるものではないのは明らかだし、間違いない。こんな状況で興奮するとか、どれだけ変態だよ!
なんで、こんなのに狙われないといけないんだ!
「お、いいよいいよぉ、その調子その調子……」
「うっ、るさい!!」
「おっ?」
力を込め、強引にコルマを吹っ飛ばす。しかしコルマは、自分が吹っ飛ばされるのを予測してかあらかじめ自ら後ろに飛び、衝撃を減らした。
……その際、きちんと私に一閃を振るうことも忘れずに。
「ぐっ……?」
「お、今のを避けたのか。やっぱりやるねぇ」
振るわれた一閃は、体勢を崩した状態であるにもかかわらず、寸分違わず私の顔へと迫っていた。なので私は一か八か思い切りのけぞり、一閃を回避。
なんとか、目を切られるという事態は防げた。目をやられてしまえば、視界を奪われこの状況において大きく不利となる。
その代わりに、頬に切り傷が刻まれてしまう。全てを回避する、とまではいかなかったか……
しかも、同時にフードにも切り目が入り……激しく動いたことによって、被っていたフードが耐えきれず脱げ、ついに顔が露になってしまう。
「おぉ、ついに、アンのきれいな顔を……ん? その顔は……」
ちっ……見られたか。コルマの表情が、みるみる驚愕に染まっていく。
「まさか……そんな、まさか。キミは、『英雄』アンズ・クマガイなのか!?」
「……知ってるんだ、私のこと」
「むしろ知らない人間がいるのかい?」
顔を見られれば当然、正体もバレる。うぬぼれではないが、この世界を救った『英雄』である私の顔を知らない者は、まずいないだろう。やっぱりバレちゃうか。
世界を救った際に、パーティーを開いて大々的に世界中に顔や名前を知らせていたし。全世界中継、みたいことをできる魔法もあり、パーティーの様子は全世界に配信された。
「世界を救った『英雄』……きっとそこにいる奴隷たちだって、せめて名前くらいは耳にしたことがあるだろう。それほどに、キミは有名人だ」
ほらね。そこの奴隷であっても、名前くらいは聞いたことがある……それほどに、世界を救った影響は大きい。
「あれ、でもおかしいな……確か『英雄』アンズ・クマガイは異世界から来た人間で、使命を果たしたから、元の世界に戻ったと聞いていたんだが?」
「……使命?」
その単語……『使命』という単語を聞いた瞬間、私の中で黒いものが渦巻いていくのを感じた。
使命、使命か……そうだよ、勝手な理由で私はこの世界に召喚された。魔王を倒すことを使命とされて、戦いたくもないのに戦って……帰るために戦って、戦って戦って……
そして、残ったのは……
「その結果が、これかぁ!!!」
「うぉっ!?」
踏み込み、距離をとっていたコルマの懐へ一瞬で潜り込み、拳を打ち付ける。それをとっさに、ボディにくらわないように剣の刀身でガードしたコルマはやはり、さすがの反射神経を持っているが……
反応が一歩、遅い!
「この、力……!?」
「お前達の勝手な都合で呼ばれて、戦って、それでお前達は救われて……私には、なにも残らなかった! なにもぉ!!」
「!」
力任せ……ただそれだけの私の一撃は、コルマの防御を打ち破る。剣を砕き、ボディに渾身の一撃を叩き込む。拳がめり込み、そのままコルマの体を吹っ飛ばすと……今度こそ、近くの建物へと打ち付ける。
「がっ……!」
吐血し、膝をつく姿を見て、ようやくダメージが通った実感があった。
「あ、アルファード殿!」
ただ見ているだけの商人二人は、一応コルマの味方をしているらしい。
ま、いきなり現れた縁もゆかりもない『英雄』と、長年いい付き合いをしてきた商売相手……どちらを応援するかは、明らかだろう。
そんな応援とか、どうでもいいけど。それに、応援により力を発揮する……そんなタイプでもなさそうだ、コルマは。
「く、クーマ殿……いや、『英雄』アンズ・クマガイ殿! これは、いったいなにがどうなって……」
どうなって、か……知らないよ。襲ってきたのはあいつなんだから、あいつに聞いてよ……と、思う。ただ、わざわざそう返事をするのも面倒だ。
それに……あの男は、コルマはまだ……
「あは、ははは……あっはははは! いい、すっごくいいよ! これが『英雄』サマの力か! あははははっはは! アンがあの『英雄』アンズ・クマガイ……うん、最高だ! こんなに強い『英雄』を、俺の前に泣いて膝をつかせ、組み敷かせる……あぁ、想像しただけで俺は……俺はぁ!!」
立ち上がる。叫ぶ内容はただ一言、気持ち悪い。それだけだ。
あの勢いで打ち付けられた奴は、すでに背骨が何本かイッてるはず。それだけではない、私の拳をまともにくらったのだ。影響は他にもあるはずだ。
なのに、それを感じさせないほど……気持ちの悪い台詞を吐きながら、高笑いをしている。
まるで、ダメージが通っていない……いや、違うな。間違いなくダメージは通ってるはずだ。あれはそう、ダメージを、感じていないかのよう。
「アンんん……あぁあぁ、欲しい。絶対に、俺のものにしてやるよぉ……!」
「お断りよ、ゲス野郎」
あんたみたいに、女を……いや、人を人とも思わない人間に好かれて、誰が嬉しいものか。
立ち上がり、ゾンビみたいにふらふら歩いてくるコルマを見つめながらも、警戒は解かない。さっきの攻撃は効いてるのか? ダメージがないみたいに振る舞ってるのは、ただの強がりではないのか?
それとも本当に……ダメだ、考えても仕方ない。今はとりあえず、この変態をどうにかする方が先だ。原因究明は、あいつを動けなくなるまで痛め付けてからでも……
「アン……アンんんん!」
「……!」
来る……そう、身構えた瞬間だった。
「えぁあああ!」
叫び声がその場に轟き……ガンッ……と、鈍い音を立てて、なにかが打ち付けられる。鈍器……正確には奴隷がはめさせられていた首輪が、コルマの背後から誰かによって、頭に叩きつけられた。




