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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第四章 上忍 聖王国編
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忍務62 光と闇の交わるとき

 ダークエルフとは、エルフの神性と妖魔族の魔性を兼ね備える存在である。新たに発表されたこの説は、エルフ学会を震撼させたという。

 闇に貶められたエルフが、ダークエルフとなる。これが、学会が今まで保持してきた持論である。だがしかし、近年ダークエルフ種がほとんど絶滅してしまったこともあり、真相は闇に葬られてきた。

 これに納得していなかったのが、エルフ学会の新派閥である。若い学者を中心に、ダークエルフの存在について深く掘り下げてきたこの派閥は、ついに一人のダークエルフの生き残りへとたどり着いた。彼らの熱意と根性の取材により、明らかになったのが新説なのである。

 発表された論文はしかし、旧派によってすぐさま隠蔽されてしまう。保守的な彼らにとっては到底認められる内容ではなく、また論文自体も理性ではなく感情を中心に構成されたものだったためだ。

 だが、新派たちの口を封じることまではできなかった。エルフ学会は大いに揺れ、今も真っ二つに分かれて激しい議論を重ねているという。

 果たして、ダークエルフという存在をどのように位置づけするのか。今後の学会の対応が、期待されるところである。



 がれきの上に足を踏ん張り、ダクは何とか踏みとどまっていた。空にはエルファンと魔王ユラが、恐ろしい姿を晒している。雷も大悪魔も、ダクにとってはトラウマなのである。

 だが、ダクは逃げない。逃げるわけには、いかないのだ。聖王は強く、エルファンとユラの二人掛かりでも敵わないと見える。余裕の無い彼女らの表情を、ダクは初めて見たのだ。

「ダク、急いでここから離れよ」

 飛来し、着地をしたエルファンがダクには目も向けずに言う。その視線は、内股になって地面に顔を擦りつけるように悶絶している聖王に向けられていた。

「そうだ。先に魔界へ帰り、余の凱旋を待っているが良い」

 同じく、ユラもやってきてダクに言う。だが、ダクは首を横へ振る。

「ほえ。だいじょうぶです、エルファンさま、ユラさま。ぼくが、まもってあげます」

 ふるふると全身を震わせて、ダクは健気に言った。

「ダク……私のために、そこまで言ってくれるか」

 じぃん、とエルファンの胸から擬音が鳴る。感涙の面持ちでダクを見つめるその横で、同じような音が鳴った。

「ダク……余のために、命を賭すというのか」

 はた、とエルファンとユラが眼を合わせる。

「ユラ……ダクは私のために、ここへ立っているのだ。お前は、おまけに過ぎぬ」

「エルファン……ダクは余を守ると言っている。そなたは、ついでだぞ?」

 ぎぎぎ、と両者が睨み合い、ダクの頭上で火花が散った。

「ほ、ほえ?」

 情けなく鳴きながら、左右の顔を見やるダク。その前方で、聖王ががくがくと足を震わせながらなんとか立ち直った。

「よくも……やってくれたな……! 男として、やってはいけないことを……!」

 聖王の顔からスマイルが消えて、憎悪の眼でダクを睨みつける。

「ほえ、ふたりとも、ぼくのうしろへ!」

 ダクがエルファンとユラをかばい、聖王の前に立つ。迫りくる、見上げんばかりの巨体にダクは腰を引いて拳を構えた。聖王の全身が、ぶれるように掻き消える。陽光の中を移動する瞬間移動ではなく、超高速の突進だ。ダクの目でも、追いきれないほどのスピードである。

「ほえ!」

 気合の声とともに、ダクは拳を前に突き出した。当たれば儲けもの、くらいの一撃だ。

「おっほぅ!」

 ダクの目の前で、聖王の巨体が停止する。ダクを蹴りつけようとした足が、振り上げられる前の姿勢で止まっていた。またもダクの一撃は、聖王の股間を直撃してしまったのだ。

「そ、そこは……らめぇ……禁則、事項、なのぉ……」

 うずくまる聖王を前に、エルファンとユラがダクを取り囲む。

「ダ、ダク……大事無いか? あんなものを殴って」

「そ、そうだ、ダク。手を、よく消毒するのだ。腐ってしまうぞ」

 心配そうに問いかける二人に、ダクは笑顔を見せる。

「ほえ。ちょっといたいけど……もんだいないです」

 そう言うダクの右手は、肩から先がぶらぶらと揺れていた。高速で突っ込んで来る聖王の突進力を、まともに受けたせいである。聖王が蹴りを繰り出す直前であったために、脱臼程度で済んだのだ。

「こんじょうさえあれば、どーにかなります」

 肩をゴキリとはめて、ダクは右手を握ろうとする。指もめちゃくちゃに曲がり、破けた皮膚から血が滴っていた。

「大怪我ではないか! 早く、傷を治さねば!」

「余の魔力で、癒してやる! 傷を見せよ、ダク!」

 エルファンとユラが、同時にダクの右手を取る。ぷくぷくだった手のひらが、ずたずたに引き裂かれていた。

「神成る力よ……」

 エルファンの神聖な声と、雷の心地よい痺れがダクの腕に流れる。トラウマになっていた雷への恐怖は、いつの間にか収まっていた。

「エルファンさま……」

 ぼう、と頭の痺れるような快さに、ダクは呟く。

「闇の癒しを……ダークヒール」

 ユラの指がダクの傷に触れて、闇の魔力が流れ込んでくる。恐ろしげな姿が、徐々に気品あふれる少女の姿へと変わる。

「ユラさま……」

 大悪魔の姿を構成する魔力のほとんどを、ダクの傷のために使っているのだ。それを理解したダクは、胸に熱いものを感じた。

「ユラ、もそっと遠慮しろ。私の雷力が届かなくなる」

 ダクの傷を覆う雷が、闇に阻まれていた。手のひらの裂け目は治り、折れ曲がった指を雷と闇がそれぞれ癒そうと蠢いている。

「エルファン。そなたこそ、引いたらどうだ? 余の魔力で、充分に治せるのだから」

 言い合いながら、二人はダクの中指を取り合っていた。ダクの手の中で、二つの大きな力が暴れ始める。

「ほ、ほええ?」

 暴力的なほど過剰に流し込まれていく右手の力に、ダクは鳴き声を上げた。

「見ろ、ダクが痛がっている。手を離せ、ユラ」

「そなたが先に、離すのだ、エルファン」

 ダクの右手を引っ張り合い、二人は譲らない。互いの癒しの力を押しのけようと、もはや全身全霊でもって力を流し込んでいた。

「ほえええ!」

 ダクの叫びに、エルファンとユラの動きが止まる。ダクの右手に集められた力は、小柄な全身を伝い、覆いつくしていた。

「あっ……」

「あっ……」

 慌てて手を離す二人は、すでにほとんどの力を使い果たしていた。

「まずい……」

 それは、どちらの叫びであっただろうか。直後にダクの身体が、爆発を起こした。周囲に巻き起こる爆圧に、エルファンとユラ、そして転がりまわって悶絶する聖王の身体が吹き飛ばされる。その先には、戦いで作られた岩壁があった。

 エルファンもユラも、壁が目の前に迫りくるのを見ているだけしかできない。強力な力を持つ二人ではあったが、互いにそれを使い果たしてしまっていた。こうなれば、人間と大差の無い肉体となってしまう。速度、そして岩の硬さからして、ミンチのようになってしまうだろう。

「くっ……」

 エルファンはとっさに、ユラを抱えた。ユラに無くてエルファンにあるもの。それは、忍法である。体術を駆使すれば、受け身を取ることくらいはできるだろう。一瞬のうちの、判断だった。ユラを抱え込んだのは、情が沸いたからでは無い。とっさに叩きつければ、クッションくらいにはなるかも知れない、と考えた結果である。

「とーもく!」

 耳元で、懐かしい声が響いた。エルファンの身体はハイエルフとしてではなく、鍛え抜かれた忍者の頭目として反射的に動く。

「ダク! いくぞ!」

 伸ばした右手に、ダクの手が重なった。

「ほえ! 忍法、くみたいそう!」

 岩壁を背に、エルファンの身体は急停止をする。高々と抱え上げられたエルファンとユラが、両手を拡げて直立する塔のような形の体勢になった。どんな状況でもポーズを取れる、それは便利な忍法だった。

 三人が一つの塔となった横で、聖王の身体が壁に激しくぶつかった。めきめきと鈍い音を立てて、逞しい肉体がひしゃげる。

 めり込んだまま聖王が動かなくなったのを視界の端で確認しつつ、エルファンは塔のポーズを解除して飛び降りた。思ったより、高さがあった。そのことに少しだけ違和感を覚えたが、気絶したユラの身体を放り投げて振り向くほうが先である。

「ダク! よくぞ……」

 振り向いたエルファンの目の前に、浅黒い肌の青年が立っていた。銀色の髪と、少しシャープになった顔つき、そして長い耳が揺れている。

「ほえ、エルファンさまが、ごぶじでなによりです」

 にっこりと、青年は微笑む。目の高さが、エルファンと同じくらいになっていた。

「……ダク、なのか?」

 頭の先からつま先まで、視線をぐるりとさせてからエルファンが問う。

「ほえ。エルファンさま、ちっちゃくなりました?」

 こくんとうなずいて、ダクは首を傾げる。

「いや……お前が、大きくなったのだ」

 首を振るエルファンの前で、ダクが自分の身体に視線を巡らせた。

「ほええ?! ぼ、ぼく、どうなっちゃったんですか?」

 慌てる様子のダクに、エルファンは答えない。じっと、ダクの顔に目を向けていた。

「エルファンさま、どうしたんですか?」

 ずい、とダクがエルファンに顔を寄せて、問いかける。

「あ、う、うむ! 何でもない! 少し、考えていただけだ。恐らく……私とユラの魔力が、いい感じにミックスレイドされたのではないかな? うむ」

 ぱっとエルファンが身を離し、うなずきながら言った。ほんのりと、耳の先までピンク色に染まっている。

「そうですか。ほえ、さすがは、エルファンさまとユラさまです!」

 称賛するダクの声に、エルファンはますます赤くなった。よくよく聞いてみれば、舌足らずであったダクの声が少し低く、甘い響きを帯びている。これは、危険だった。二人っきりであれば良いが、この場にはいつ目を覚ますかわからないユラもいる。

「ダ、ダクよ……少し、場所を変えぬか? ここでは、落ち着いて話もできぬ」

 横目でダクにちらちらと視線を向けながら、エルファンが言う。

「ほえ? そーですか。エルファンさまが、そう言うなら」

 うなずくダクに、エルファンはグッとガッツポーズを取った。

「うむ、森へ帰ろう、ダク。我が領土へ。私は少々疲れているので、お前に運んでもらえると嬉しいのだが」

「ほえ。おんぶしますか?」

 背を向けて屈むダクに、エルファンは首を横へ振る。

「い、いや、その……アレだ」

 エルファンは胸の前に手を持ち上げ、何かを抱えるポーズをする。ぴこん、とダクの頭上に豆電球が上がった。

「ほえ。おひめさまだっこですね、エルファンさま!」

 真っすぐな目を向けて来るダクに、エルファンは恥じらいながらもうなずく。

「わかりました! それでは……」

 すっと、ダクがエルファンの側へと寄ったそのとき、背後でガラガラと岩が崩れた。

「一度ならず二度までも……この太陽神に対して、あのような痛みを与えるとは……!」

 掛けられた声に、ダクとエルファンは顔を見合わせ、首を向ける。

「怒ったぞ……! 僕は、本当に怒ったぞ!」

 怒りで目をぎらつかせながら、岩壁の中から聖王が姿を現す。白髪髭を蓄え憎悪に歪んだ老人の顔で、幼い口調は不気味なことこの上ないものだった。

「天に輝く我が身にかけて! おまえたちはやつざきにしてやる!」

 吠え猛る聖王を前に、ダクはエルファンの前に立った。

「……ダク」

 エルファンは、ダクにそれだけを呟く。

「ほえ。ぼくに、まかせてください」

 すらりと伸びた長身で、ダクは構える。その背中を、エルファンは眩しいものを見るかのように目を細めて見つめた。

 変化を遂げたダクと、怒りに燃える太陽神の戦いが、始まろうとしていた。両者の間に風がひゅるりと吹き抜ける。少し離れた場所で、ユラは未だに眠るように目を閉じているのであった。

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