忍務60 これが太陽の力!
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大陸で信仰されている神のうち、最も信徒の多いものが太陽神信仰である。雄々しい父なる神マッスルサンを主神とした、古くからある太陽を崇めるものだ。
あらゆる脅威を退ける太陽の光は、強く肉体を鍛える。そんな暑苦しい教義を守り、信徒たちは肉体を鍛錬し続けるのである。
大陸各国でのアンケートの結果、農業の神を押さえて堂々の一位を獲得しているこの宗教は、主に戦士や騎士、そして冒険者といった戦いを生業とする者たちに愛されていた。もちろん太陽の化身であるからには、農民たちもうっすらと信徒である。
年始に行われる太陽神への奉納の祭りでは、煌びやかな肉体美の神にあやかり、多くの若い男たちが半裸で町を徘徊するというイベントもあったりする。太陽神教会へ行けば、聖油を授けてもらえるので手ぶらで参加することができ、気軽さから参加者は年々増えているという。
日の出から日没まで世界を見守り続けているというこの神は、信徒たちにどのような気持ちを抱いているのであろうか。それは、神ならぬ身としては永遠の謎である。
聖王が鎧に付いた土を、軽く払う。それだけで、全身に付着していた土はほろりと剥がれ落ちた。
「中々、痛い攻撃であった。さすがは、忍者だ。ここで滅するには、惜しい存在だな」
こきこきと首を鳴らし、聖王は肩に手を当てぐるぐると腕を回す。ごりん、と重鎧の肩が盛り上がるように動いた。
「ふ、ふん。所詮は、強がりに過ぎぬ。あれほどの攻撃を受けて、無事でいられるはずはあるまい!」
びしり、と指を突き付けて言うユラに、聖王が返すのはニッカリとしたスマイルである。
「確かに、効いた! 全身の骨が砕け、落下の衝撃で首も逝ってしまったぐらいだ! だが……」
聖王が両腕を腰に当てて、ユラに胸を張る。どういう仕掛けか、ガシャリとその全身から白銀の重鎧が落ちた。
「我が筋肉を傷つけるには、少しばかり物足りぬ!」
朗らかに言い放つ聖王のビキニパンツ一丁の肉体には、傷ひとつ付いていない。六十を越えた老人の肉体とは思えないほどの、逞しさである。
「気持ち悪いものを見せるな! ファイアーボール!」
ユラの手から、黒い炎の球が投じられる。それは聖王の身体に命中すると、激しい火柱と化して燃え上がる。周囲の岩、そして白銀の重鎧が溶け落ちるほどの、凄まじい熱気であった。反射的に、ほぼ全力で放った魔王の最大の一撃である。
「ははは! 我が筋肉の前には、一切合切が、無駄だ!」
聖王の哄笑に、炎が二つに割れる。威風堂々とした立ち姿を見せる聖王の肌には、火傷ひとつ無い。
「なん……だと」
唖然とするユラの眼下で、聖王が腕を高々と挙げて空を指差す。
「この太陽が中天にある限り……む?」
時刻はすでに夕方である。太陽は、すでに西の空へ沈もうとしていた。
「なるほど。太陽神の加護か……少々行き過ぎのような気もするが、納得はいった」
正体不明の声で、頭目が冷静に分析する。
「いかにも! 我が信仰心の篤さに、太陽神がこの肉体に降臨めされたのだ! 魔王と、そして裏切り者の忍者を滅せよ。太陽神は、そのようにお告げだ!」
頭目に向かい、聖王はがっしりとした顎をうなずかせる。頭目は聖王を見下ろしたまま、傲然と腕組みを崩さない。
「ならば、お前の命運はもう尽きる。太陽は、すでに沈もうとしているのだからな!」
頭目の指摘に、聖王は狼狽えない。ポーズもスマイルも、そのままである。
「我を見捨てて、太陽が沈む? 馬鹿め! そのようなことが、あるものか! 見るがいい!」
叫んで、聖王が拳を逆手にして沈みゆく夕日へ向ける。
「我は太陽! なれば、太陽は自在! 決して、沈みはせぬ!」
聖王が、ゆっくりと肘を曲げてゆく。もこり、と聖王の上腕に、逞しい力瘤が浮かび上がってくる。
「ほ、ほええ!?」
西の空を見たダクが、驚愕に口を大きく開いて鳴いた。地平線にすでに半円となって沈みかけていた太陽が、聖王の腕の動きに合わせて西から昇ってくるのが、見えたのである。
「むん! 太陽の輝きは、常に我と共にあり!」
ぷくりと焼いた餅のように膨れ上がった筋肉を誇示しながら、聖王が真上に首を向けて笑う。汗に濡れた顔に、煌々と照り付けるのは真昼の陽光であった。
「太陽を……動かした、だと……」
頭目の口から、掠れた声が漏れる。
「そうだ。我こそは太陽の化身! 太陽神、マッスルサンである!」
燦然と肉体を輝かせて、聖王が両腕で力瘤を作って叫んだ。そのポーズは腕の筋肉だけではなく、腹筋、足、そして背中をも強調して見せる神の肉体美に他ならない。
「虚仮脅しだ! まやかしに過ぎぬ!」
ユラの手に漆黒の槍が形成され、叫びと共に聖王に投擲される。向かってくる闇の槍を、聖王は避けもしない。槍は聖王の肉体の手前で、ぷしゅんと消滅した。
「ははは! 哀れな闇よ! 我が太陽の光の前に、崩れ去ったか!」
槍を放った姿勢のまま固まるユラへ、聖王がじろりと目を向ける。
「くっ……!」
気圧されたように、ユラがわずかに後ろへさがった。
「馬鹿者! 気合を抜くな!」
頭目の叱咤の声より速く、聖王の姿が霞んで消える。そしてユラの目の前に、肌色の壁が現れる。どん、と地を蹴る音が、遅れて届いた。
「魔王よ、羨ましいか? この筋肉が」
ニッカリと笑みながら、聖王は両拳を腰に当ててユラに言い放つ。
「あ……ぐ……」
驚愕と生理的嫌悪感に、ユラは顔を歪めて呻いた。間近に来られると、聖王から放たれる汗と筋肉スメルが鼻をついてくる。筋肉を愛でる趣味の無いユラには、きつい仕打ちであった。
「ほえ! ユラさまから、はなれろぉ!」
ひらひらドレスをはためかせ、ダクが聖王に飛びかかる。空中で足を回し、ロングスカートの中から悩ましい回し蹴りが繰り出された。ばき、とダクの蹴りが聖王の腕に当たったが、聖王はびくともしない。
「ほえ、いたい」
むしろ蹴ったダクのほうが、痛さに薄く涙を浮かべている。
「ほう……小僧。貴様……履いていない、な?」
ぐるり、と聖王がダクに向き直って言った。
「ユラ、お前……」
対岸から、頭目の静かな怒りの声が届いてくる。聖王の声は、しっかりと聞こえていたようだ。
「ふふふ……余の趣味は、そなたには生涯理解できぬであろうな」
余裕を取り戻したのか、ユラが頭目に冷笑を向ける。そんな光景は、ダクの目には入っていない。巌のような肉体の壁を前に、印を組む。
「りん、ぴょー、とお、しゃ、かい、じん、れつ、ざい、ぜん……」
九字印を切るダクを、聖王はねちねちと見つめていた。袖からちらちら見えるふっくらした腕や、腰のあたりを重点的に、である。
「……イケる、な」
太陽神を身に宿しながらも、聖王のそっち方面は何も変わっていない。ぞくりと背筋を這いあがる悪寒をなだめながら、ダクは両手を構え、聖王に向けて振り回す。
「ほえ! 忍法、いっぱいかまいたち!」
ダクが腕を一振りするたびに生じる真空の刃が、聖王に向けて放たれる。触れれば竜鱗をも切り裂く刃はしかし、聖王に触れる直前にそよ風となって吹き抜けてしまう。
「太陽に、そのような小技は効かぬ!」
どん、と胸を張って聖王は叫んだ。それだけで、凄まじい圧力がダクに吹き付けてくる。
「ほえー!」
謎の迫力に吹き飛ばされたダクは、崖下へ転がり落ちていった。ごつん、と痛そうな音と共に、ダクが地面に倒れ伏す。
「ふむ……少し、やり過ぎたか? 傷モノに、なっておらねば良いが……」
崖下に目をやりつつ、聖王が呟く。その横面を、影が殴りつける。対岸から、一気に距離を詰めてきた頭目である。
「私のダクに、何をする!」
音速の壁を叩く音が鳴り響き、その一撃にさしもの聖王も上体をわずかにのけぞらせる。聖王の厚い胸板を蹴りつけ、頭目は距離を置く。
「忍術、雷神!」
両手を揃えて前に突き出し、頭目が聖王へ放つのは雷光である。雷は聖王の身体を強かに打ち、貫いた。
「中々、痺れる一撃だな」
胸を雷に貫かれ、聖王はなおもニッカリスマイルを浮かべる。一方の頭目は、術を放ち終えてから自分の右手を左手で何度も拭う。
「……直接、触れるのでは無かった。気持ち悪い」
「我が汗は、聖なる油だ! この罰当たりめ!」
腰をくねらせつつ言う聖王へ、頭目は嫌悪の視線を投げつける。頭目にも、筋肉を愛でる趣味は無い。可愛がりたいのは、ダク一人なのだ。
「……イェソド!」
頭目の口から、名が呼ばれる。同時に、頭目の影からむっくりとヒト型の影が身を起こす。
「呼びました?」
爽やかな声で、影人間、イェソドが言った。
「アレを、やれるか?」
頭目が、ばっちんとウィンクしている聖王を顎で指して言う。イェソドは聖王を見やり、顎に手を当てて考える人のポーズになった。
「たぶん、無理っすわ。心術も、効かないっぽい」
降参、といったふうにイェソドが両手を拡げて首を横へ振る。
「ならば、時間稼ぎくらいはして見せろ。その間に、皆を退かせる。ゴンザ! 聞こえるか! 中忍下忍を連れて今すぐ、ここから離れろ!」
『承知いたしました。どうぞ、ご武運を!』
頭目の指示に、ゴンザのうなずく気配が返ってくる。そして次々と、周囲にいた忍者たちの気配と姿が消えてゆく。
「太陽から、逃げられると思っているのか?」
そう言った聖王の前へ、立ちふさがるのはイェソドである。
「あー、悪いけど、見逃してくんない? お・ね・が・いっ」
可愛らしい仕草で手を合わせるイェソドであったが、その姿は影人間である。ちっとも可愛くは無い。
「影か……太陽の前に立つとは、良い度胸だ! 跡形も無く、消し飛ばしてくれよう!」
輝きと威風を放つ聖王の肉体の前で、イェソドは懐から何かを取り出し、地面に置く。
「消し飛ばされるのはぁ、ごめんだけどぉ、頭目がぁ、どぉしてもって、言うからにゃー」
地面に置かれたのは、足踏み式の空気入れだった。チューブの先を口に咥え、イェソドは自らの身体に空気を送り込む。ぷくぷくと膨らむイェソドに、聖王は息を吐いた。
「ほう……形だけは、中々」
膨らむイェソドの身体は、逞しい影人間に変化していった。聖王が輝く筋肉であるならば、イェソドは闇に染まった筋肉である。非常に暑苦しい、対峙が始まる。
「いっくよー、忍法、マッチョパンチ!」
イェソドの筋骨隆々の肉体から、何の変哲もないストレートのパンチが繰り出される。それは聖王の胸板に当たり、ぺちん、と情けない音を出した。
「……何の冗談だ? パンチとは……こういうものだ!」
聖王が、準備動作もなしに拳を突き出した。ただそれだけの動作には、恐ろしいほどの力が込められていた。イェソドの胸に、大きな穴が開く。
「ぐわー、さよーならー」
棒読み口調で、イェソドは大空へと舞い上がる。開いた胸の穴から、勢いよく噴き出す空気に飛ばされやがてその姿は彼方へ消えた。
「……何が、したかったのだ」
不思議な顔をする聖王の耳に、しゅるしゅると布の擦れる音が聞こえてくる。
「時間稼ぎをしろ、と言ったからな。奴は、忠実に忍務を果たしたに過ぎぬ。あとは、私が……」
忍者の覆面を脱ぎ去り、ほっそりとした身体を草色の薄布で包んだハイエルフが正体を現す。
「き、貴様……まさか」
聖王がその姿を指差して、半裸になってはじめて狼狽えた声を上げる。
「お前を、葬るだけだ……昔おしめを換えてやった縁だ。せめて苦しまぬよう、楽に死なせてやろう」
ククク、と不敵な笑みを浮かべ、エルファンは聖王に向かって言うのであった。
「……あの、イェソドという忍者、どこかで……」
一方、ユラはイェソドの飛んでいった方角を見やりぼんやりとしているのであった。




