忍務58 力こそパワー! 聖王陛下は止められない
聖王ジーンの持つ槍は、聖王国の信奉する太陽神から下賜されたものである、という伝説がある。初代の聖王が魔王討伐の際、太陽神が必勝を期して与えたものだという。
銀の長柄には神聖文字が刻まれており、敬虔な信者の手にぴたりと吸い付く。手を滑らせて槍を取り落とすことのないよう、親切設計なのだ。
さらには槍の穂先には太陽神の最大の加護がなされており、貫かれた魔のモノはたちまちに浄化、蒸発してしまうという。そして穂先に取り付けられた四つの三日月型の刃は、鏡のように研ぎ澄まされており宙に浮いた絹を触れるだけで両断できるほどの切れ味を持つ。
もちろん、槍の石突にも仕掛けはある。太陽神の加護により、石突には癒しの力が込められているのだ。殴りつけた相手が敵意を持つ者でなければ、その者の体力を癒す効果があるという。もっとも、殴る力を加減しなければダメージのほうが大きくなってしまうのだが。
斬る、突く、叩く、癒す、浄化すると五つの性能を持つこの槍は、何と魔王を討伐するだけで太陽神から貰えてしまったのである。ちなみにこの槍のレプリカも存在し、そちらは金貨五百枚で購入可能である。
ともあれ、聖王の持つ槍はすごいものなのだ。
草原からまず飛び出してきたのは、二つの影であった。大きな影と小さな影の二つが、聖王率いる王国軍の目の前に飛び出してくる。小さな影が跳躍し、距離を取った。そして大きな影は跳びあがると、真っすぐに先頭の聖王に躍りかかってくる。
「聖王、覚悟である!」
大きな影が勢いを乗せて放つ跳び蹴りを、聖王は槍の柄で弾いた。腕に伝わる衝撃に、聖王は表情を引き締める。
「何奴!」
影の着地を掬い上げるように、槍の穂先を回す。鋭い聖王のその一撃は、間一髪で躱された。着地後まもなく鮮やかなバック転を決めた影が、腕組みをして聖王に顔を向けた。
「吾輩は、魔界忍群中忍、デュラハンのポンペインである! 聖王に、一騎打ちを挑みに参った者である!」
その口上に、聖王は相手の姿をまじまじと見る。忍者服に忍者頭巾をしたその姿は、どう見ても首無し騎士には見えない。
「……その恰好で、デュラハンだと?」
思わず聖王の口から、そんな問いが出た。
「いかにも、吾輩こそデュラハンの中のデュラハン! 魔界四天王が一人! ポンペインである!」
どうだ、と言わんばかりにポンペインという忍者は胸を張る。
「どこからどう見ても、貴様は忍者ではないか! ふざけるのも、いい加減にせよ!」
ぶん、と槍を振り、聖王が怒声を上げた。
「吾輩、ふざけているつもりはないのである! ほれ、この通り」
ポンペインは両手を頭の横にやり、持ち上げて見せる。ひょい、と首から頭が持ち上がり、聖王に向けて得意げな顔を見せた。
「デュラハンといえば、騎士であろう? 何故、貴様はそのような姿なのだ」
「細かいことは、どうでも良いのである!」
聖王の問いかけを、ポンペインがばっさりと切り捨てる。
「この格好は、伊達や酔狂ではないのである! 大体吾輩は、不真面目な輩は好かぬのである!」
どう見ても真面目でない恰好で、ポンペインは続ける。
「吾輩が好きなのは……ただひとつである」
聖王に向けて、ポンペインが人差し指を突き出してくる。
「何の真似だ、それは?」
問う聖王に、ポンペインは全身から不吉な気迫を漲らせた。
「汝、強き者也や?」
それは、至ってシンプルな問いかけであった。
「我こそは聖王国国王、ジーンである! つまりは、人間の中では最も強者ということだ」
答える聖王の前で、ポンペインがにやりと唇を釣り上げた。
「結構、である! 吾輩、強い者と戦い、そやつを打ち倒すことを至上の喜びとする者である。ゆえに」
ざり、とポンペインが地に足を拡げ、拳を構える。
「吾輩と勝負するのである!」
潔い、武人の気迫があった。聖王は槍の柄をしごき、穂先をポンペインへと向ける。
「よかろう。魔物の弱兵どもの相手に、食傷しておったところだ。貴様との勝負、愉しませてもらおう!」
聖王は目線で部下を退かせ、全身の筋肉に力を込める。みしみしと、白銀の重鎧の内側から肉体の軋む音が聞こえてくる。
「参るのである!」
叫んだポンペインが、聖王の真正面に跳びあがった。巨馬に騎乗する聖王を打ち倒すには、どうしてもジャンプする必要がある。聖王はポンペインの動きに応じ、槍を横殴りに振りぬいた。
「甘い!」
聖王の一撃は、確かにポンペインの胴を薙いだ。その筈であった。しかし、
「甘いのは、そちらである!」
背後から、ポンペインの声が聞こえた。同時に、背中に強い衝撃が走る。背筋を使い、聖王はその一撃で落馬することをなんとか防いだ。
「でぇあ!」
振り向きざまに、聖王が槍を回す。だが、その一撃は空を切った。
「あくびが出るほど、のろいのである!」
またもや背後からポンペインの声が聞こえ、今度は首に衝撃があった。
「忍法、延髄切り!」
目の覚めるような、強烈な一撃だった。聖王は馬上でよろめきつつ、槍の柄の根元を掴んで振り回す。コンパクトなスイングは速度が違い、槍の穂先はポンペインの足首を軽くかすめた。
「馬鹿な、延髄切りが完全に入ったのに、である!」
驚きの声を上げ、ポンペインが飛び下がった。
「この程度の体術、我が肉体の前には無力よ!」
動きを止めたポンペインの胴に、聖王はアッパー気味に槍をスイングさせる。その一撃はポンペインの胴体を、横に真っ二つに両断した。
「これは、油断ならぬ相手であるな……」
頭だけになって宙に浮かぶポンペインが、苦い顔で言った。
「もはや、勝敗は決したのではないか? 頭だけで、どうするつもりか」
槍を手繰り寄せて、聖王は必殺の突きの構えで言う。鋭く輝く穂先を前に、ポンペインは不敵に笑う。
「吾輩の身体は、ただのパーツに過ぎないのである。いくらでも、替えがきくのである!」
両断されたポンペインの上半身が、懐に手を入れる。取り出すのは、新しい忍者服だ。
「デュラハン忍法、新しい身体!」
がしょん、とポンペインの頭が立ち上がった忍者服の上に乗る。
「なるほど。まやかしの得意な性質か」
聖王は槍を繰り出し、新しい身体をばらばらに引き裂いた。
「なかなかに、素早い攻撃である! しかし……」
ばらばらになりながら、ポンペインの身体は新しい忍者服を取り出す。
「デュラハン忍法の神髄、とくと味わうがいいのである!」
ポンペインの言葉に、聖王は槍の穂先を下へ向け、笑った。
「はっはっは、威勢の良いことを言う魔族だ。だが、貴様の身体をよく見てみるがいい!」
聖王の言葉に、ポンペインが自身の身体を見る。Lサイズにあつらえた忍者服は、袖が余りだぶだぶになっていた。ズボンもぶかぶかで、足が膝あたりまでしか無くなっている。
「な、何っ! こ、これはどうしたことであるか! 吾輩の身体が、縮んでしまったのである!」
狼狽するポンペインへ、聖王は会心の笑みを向ける。
「貴様の肉体は、魔力によって生成されるのだろう? 我が槍は、太陽神の加護を受けておる。光の浄化を二度も受ければ、いかなデュラハンとて無事では済まぬ!」
地面を削りながら、聖王が槍を擦り上げる。子供ほどの大きさになった身体で、ポンペインはなんとか両腕を犠牲にその一撃を凌ぐ。だが、それでポンペインは魔力を使い果たしてしまったのであろう。首の断面から黒い煙のようなものを噴き出して、ごろりと大地へその頭を横たえる。
「これまでだ! 大人しく太陽神の裁きを受けよ!」
振り上げた槍を持ち換えて、聖王が大上段から突きの構えを取った。聖王の意思に応え、巨馬がするりと前に出る。
「む、無念、である……ダク様!」
閃光の速さで繰り出された槍の先を、黒い影が横切った。穂先はむなしく空を切り、大地を砕く。
「ほえ、ここまでだね」
数歩先に、小柄な人影が立っていた。小脇には、黒い煙を上げ続けるポンペインの首を持っている。
「何奴だ! 尋常な勝負に割り込むとは、不届き千万!」
抗議の声を上げる聖王に、小柄な少年はべえ、と舌を出した。
「ほえ。さいごにかてば、いいんだよ」
長い耳を揺らし、褐色の顔の少年はくるりと背を向ける。そのまま駆け出す少年を、聖王は巨馬で追った。たちまちに追いつき放つ聖王の突きを、少年は振り向きもせずにひらりと横へ飛んで躱す。
「皆の者、この少年を囲め!」
配下に指示を出し、猿のように素早く動く少年を包囲にかかる。その少年は、指を輪にして咥えて鳴らす。
「ほえ、忍法、いぬぶえのじゅつ! みんな、ひっとあんどうぇーだよ!」
少年の指笛に、どこからか沸いた黒いイヌの魔物が包囲の近衛の横手から襲い掛かる。不意を突かれ、近衛の何人かが落馬した。その隙に、少年は一匹のイヌに飛び乗るとさらに遠くへ逃げてゆく。
「べろべろばー! ここまで、おいでー!」
なんとも憎らしい、挑発だった。
「よかろう……ならば!」
聖王は巨馬の胴を腿で締め上げ、速度を上げる。イヌとは比べ物にならないスピードで、たちまちに少年へと追いすがる。
「貴様は生かしたまま捕らえ、我がハレムに入れてくれるわ!」
可愛らしい少年の尻をめがけ、聖王は叫んだ。
「ほえ? なんだかよくわからないけど、ぞくってした!」
ハレムの意味などわかっていないのだろうが、本能的な何かを感じ取ったのだろう。少年はびくりと背を震わせ、近づく聖王の顔をちらちらと振り返る。欲しい。聖王は膨れ上がる欲望を胸に、少年の駆るイヌへと巨馬を寄せた。
「そりゃ!」
槍の穂先に取り付けられた三日月型の刃で、少年の忍者服の襟を引っ掛ける。ぶらん、とぶら下がった獲物に、聖王は目を向けた。
「……丸太、だと?」
そこには、忍者服に包まれた丸太があった。丸太をうち捨てて慌てて顔を巡らす聖王の視界に、走って逃げる少年の背中が映る。
「ほえー!」
情けない声を上げながら走る少年は、全裸になっていた。薄い肉付きの背中に目をやり、聖王は唇を下で舐め上げる。遥か後方で、転がる丸太を背中に乗せたイヌがあらぬ方向へ逃げ去っていたが、もはやそんなものは目に入らない。
「誘っておるのか、あの小僧……よかろう!」
イヌは散り散りに散開して逃げ去り、少年は自らの足で駆けている。あれならば、一息に追いつけるはずだ。聖王は巨馬に合図を送り、さらに速度を上げた。
「ダク様、もっと速くである! 追いつかれてしまうのである!」
少年の小脇に抱えられたポンペインの首が、聖王を見やりつつ喚いた。
「ほえ、これでせいいっぱいだよ!」
イヌに乗っていた時よりも速いようで、中々少年の背中には追いつけない。だが、じりじりと近づく褐色の背中に、聖王はにんまりと笑みを濃くする。
「とっつかまえて、あぁんなことや、こぉんなことを、させてやろう!」
妄想をしながら、聖王は一騎駆けに駆けまくる。行く手には両側に崖のある細道が見えたが、聖王は気にせず突っ込んでゆく。躍動する筋肉の前に、敵はいないのだ。罠があれば、罠ごと食い破れば良い。細道へ逃げ込んでゆく少年の背中は、もう手の届きそうなほど近くにあった。




