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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第二章 中忍編
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忍務37 おわかれのうたげ

忙しくて投稿が遅れました。申し訳ありません。

たくさんの御アクセス、ありがとうございます! 励みになります!

 バンジャン王国の名産品のひとつに、香辛料がある。砂漠に生きるためには、様々なものを食べなければならない。時にはとんでもなくまずいものを、口へ入れることもあった。

 そんなときに、活躍するのが香辛料である。強烈な味により味覚を黙らせ、組み合わせることにより胃腸の働きを活発化して、食物から毒を抜いたりもする。数々のスパイスは、バンジャン王国の食生活を陰日向から支える主役といえた。

 もちろん、聖王国にもこれは輸出されていて、肉料理などに時折使用されることがある。だが、過酷な環境がそうさせるのか、バンジャン王国の香辛料のほうが鮮烈な刺激と、様々な薬効成分が豊富に含まれているのだ。

 バンジャンスパイスは、聖王国富裕層の胃袋を掴んで離さない、魅力溢れる交易品なのである。



 火山の麓に、黒い忍者装束二人と白いアサシン装束三人が円陣を組んで下を覗き込んでいた。中心で仰向けになって気絶しているのは、ダクである。心配そうに覗き込む皆の目の前で、ダクの瞳がぱちくりと開いた。

「ほえ……みんな、どしたの?」

 身を起こすダクの周囲で、おおっとどよめきが走る。

「ダク様、お怪我はありませんか?」

 恐る恐る、ミツメが問いかける。現在、クリスのお姫様抱っこからは解放されているようで、ミツメの隣に、クリス、ヒース、オジィ、そしてサーラという並びだった。

「ほえ。だいじょうぶ」

 ぴょん、と立ち上がったダクが、手足をぶらぶらさせつつ首を回す。

「とーもくは、どこ?」

 ダクの問いに、ミツメは首を横へ振る。

「あのスライムの魔族が飛んで行って、しばらくしてから気絶したダク様をここへ置いていったあと、煙のように消えてしまいましたわ」

 頭目も、忙しい身の上なのだろう。ダクがうなずいていると、横合いからサーラの声が上がる。

「あの頭目という御方、どこか我らのギルドマスターに似ている雰囲気だった」

「ほえ、そうなの?」

 サーラの言葉に、ダクが首を傾げてサーラを見やる。

「うむ。身のこなし、圧倒的な気配、掴みどころのない雰囲気、そして正体不明の声色……」

「初対面なのに、私たちの名前も知っていましたね」

 サーラが言うと、ヒースもそれに同調する。

「ほえ。きっと、そっくりさんなんだね」

 笑顔で言うダクにアサシンたちは首を傾げたものの、考えても答えの出るものではない。

「我らのギルドマスターのような人物が、そうそういるわけはないが……」

「マスターに、御兄弟でもいるのでしょうか」

「あんまり詮索しないほうが、身のためだよ」

 クリスの言葉にヒースとサーラがうなずき、その問題については棚上げとなった。

「やることやったんだし、とっとと帰ろうや。ここは暑くてかなわねえぜ」

 へろっとしたオジィの提案に、一同はうなずく。魔竜ロウドスが去ったいま、火山の魔物たちも姿を消してしまっていた。逃げ散った魔物たちを探し出して討伐するのは、ダクたちの仕事ではない。

「ほえ。それじゃ、かえろう!」

 ダクの号令一下、うなずいた忍者たちとアサシンたちは帰路へとつくのであった。


 サンドリアの町の北地区にある、スラムの小さな食堂。昼食時を過ぎた頃合いの店内には、不審な人物がたくさん集まっていた。

 まず目につくのは、黒の忍者服を着た者たちだ。台所と客席を、ひっきりなしに往復して食事や飲み物を運んでいる。その指揮を執っているのは、赤い忍者服姿のカシャである。

 続いて、客席には白のフードを身にまとったアサシンたちがいた。各テーブルで彼らは、思い思いに食事を摂っている。入口近くで腕組みをして目を光らせているのは、アサシンギルドのサブマスターだ。

 そして中央のテーブルには、ダク、ミツメ、オジィの出張忍者三人組とサーラ、ヒース、クリスのレディアサシン三人組がいた。彼らのテーブルには香辛料をきかせた肉や野菜の料理の皿がてんこ盛りになっており、食べるそばから下忍たちによって料理が盛られていく。

 ダクは、一心不乱に食べ続ける。普段からあまり碌なものを口にしていないミツメとオジィも、それぞれクリスとヒースの介助を受けながら料理を平らげていく。

「……よく、そんなに入るな」

 ナイフとフォークを静かに動かしながら、サーラが呟く。小さく切った肉を口へ運んだサーラの全身が、びくんと震える。少し、香辛料が効きすぎていたようだ。

「おや、お子様には刺激が強かったかい?」

 笑みを浮かべたカシャが、サーラに水を差し出す。

「こ、これくらい、何でもない……」

 目に涙を浮かべながら、サーラは一気に水を飲み干した。

「そっちの肉じゃなくて、こっちにしときな」

 カシャが料理をより分け、サーラの前の皿と交換する。さっぱりとした苦味のあるソースと、じっくり煮込まれた野菜の旨みがサーラの舌の上で踊る。

「……感謝する」

 そう言ってフォークを盛んに動かすサーラへ、カシャが満足そうなうなずきを返した。

「これからは、身内だからね。いくらでも、頼っておくれ」

 言い置いて、カシャはキッチンへと戻って行った。

 頭目と女王ホルスの命により、バンジャン王国の忍者とアサシンは協力体制を取ることとなった。ダクたちの帰還に合わせ、協定を結んだ忍者とアサシンの最初の仕事がこの戦勝会なのだ。組織の頂点からの命令なので、両者ともあっさりとこれを受け入れた。アサシンたちが食材や酒などを調達し、忍者が拠点の食堂を提供する。初めてとは思えない見事な連携で、この空間は成り立っているのである。

 聖王国の密偵組織を、バンジャン王国が受け入れる。この協定には、大きな事情があった。

「ほえ。じょうおうさま、じょうおうさまやめちゃうんだね」

 お腹を膨らませたダクが、ぽつりと言った。

「女王陛下はご高齢であらせられたからな。無理もないことだ」

 甘い果汁のジュースを飲みながら、サーラが答える。

「聖王国と、事を構えるつもりはない。それを証明するためとはいえ……いいか、ダク。私は、お前と慣れ合うつもりは無いぞ」

「ほえ。ぼくはだいじょうぶ。それより、カシャさまと、なかよくしてね、サーラ」

 にっこりと笑って言うダクに、サーラは苦い顔でうなずく。

「陛下の命令だからな。だが、だからといって私は……」

「ほえ、いつか、おともだちになれるといいね、サーラ」

 ダクの言葉に、サーラはぷいと顔を背ける。

「い、一度、生死を懸けて共に戦ったくらいで、友などになれるものか」

 そんなことを言うサーラだったが、その口調はどこか嬉しそうなものだった。

「……素直じゃないね、あの子も」

 酒の入ったグラスを傾けながら、カシャが言う。

「きっとあの子が真っすぐすぎて、うまくできないのでしょうな」

 カシャのグラスに、やってきたサブマスターがグラスを合わせて言った。カチン、と硬い音が鳴る。

「これから、よろしく頼むよ」

「こちらこそ」

 表面上の笑顔を浮かべながら、カシャとサブマスターが乾杯する。大人の駆け引きの世界だった。

「飲まねばイエー! 飲まねば飲むヴォオオオ!」

「オジィ、素敵です!」

 食事から酒盛りへと化したテーブルで、オジィが吠える。ヒースは目を輝かせ、ダメな大人となったオジィに熱い視線を送っている。

「クリス、あなたは飲みませんの?」

 ジュースのグラスを二つ持ったミツメが、クリスに言う。だが、クリスは心ここにあらずといった様子だ。ミツメは、冷たいグラスをクリスの頬に当てる。

「ひゃあ」

「聞いてますの、クリス?」

「あ……うん。ごめん、ミツメちゃん。ボク、風に当たってくる……」

 ふらりと出て行くクリスの背中を、ミツメは少しの間、見送る。そして聞こえてくるオジィのだみ声に、顔をしかめた。

「オジィ、お酒はそこそこにしませんと、後に差し支えますわよ!」

「そこそこだぁ? 俺はいつでも本気だぜぇ!」

「ほえ、さかびんごとのみこんだ? すごいね、オジィ!」

「ダク様、感心してないでオジィを止めてくださいまし!」

 そうして、騒がしい宴は夜半まで続けられたのであった。


 砂丘の向こうから、朝日が昇ってくる。狂乱の宴の翌朝、ダクとオジィとミツメの三人はサンドリアの門の外に出ていた。傍らには、旅支度のラクダが一頭、のんびりと座っていた。

「お別れだね。ダク、元気で過ごすんだよ」

 見送りにやってきたカシャが、ダクに手を差し伸べる。ダクはカシャの手を握り、元気よく振った。

「ほえ。カシャさまも、おげんきで」

 その横では、オジィがヒースにすがりつき、涙を流していた。

「オジィ、行ってしまうのですね……うぅ」

「……旅立ちに、涙は禁物だぜ、ヒース。いずれまた会える。だから、泣くな」

 なんとか慰めようとするオジィの胸の中で、ヒースが顔を上げる。

「きっとあなたは、他の町に行けば他の女と浮気をするの……」

「……俺には、お前だけさ、ヒース」

 適当に言って、オジィがヒースの顔を引き寄せる。二人の顔が、近づく。カシャが、ダクとミツメの両目を手でふさいだ。

「ほえ? どしたの」

「見えませんわ、カシャさま」

「見なくていい。アレは真似しちゃダメな大人だからね」

 たっぷりと長い別れの挨拶をかわし、オジィがラクダの背に乗った。ミツメも、オジィの後ろにつかまるように騎乗する。

「ようし、しゅっぱつだ!」

 拳を突き上げるダクの足元へ、短刀が突き立った。飛んできたほうへとダクが目をやると、門の上に白いアサシン装束が見える。尖った長い砂エルフの耳を揺らして立っているのは、サーラだ。

「餞別だ。持っていけ」

 サーラの言葉に、ダクが短刀を引き抜く。柄の部分に赤いルビーがはめ込まれ、優美な彫刻が施されている見事な逸品である。

「ほえ、いいの? ありがと!」

 にっこりと笑いかけるダクに、サーラは顔を背ける。

「ふん。今度、また会うときまでに、私はお前を超える。覚えておけ」

 ふわりとローブをたなびかせ、サーラは門の上から姿を消した。

「ほえ! それじゃ、こんどこそ、しゅっぱーつ!」

「ハイヨー!」

 ダクの掛け声に、鞍上のオジィがラクダに指示を出す。むっくりと立ち上がったラクダが、走り始めた。ダクもラクダに並走して、砂漠を進み始める。

「ダク、また会うときまで、くたばるんじゃないよー!」

 カシャの元気な声が、ダクの背中に届く。ダクは片手を挙げて、その声に応じた。

「クリス……どうしたのかしら」

 オジィの背につかまりながら、ミツメが小さく呟く。

「あ? 何か言ったか、ミツメ?」

「何でもありませんわ……はぁ」

 憂い顔で息を吐くミツメを乗せて、ラクダは快走する。どこまでも広がる砂漠を、一頭のラクダと一人の少年忍者が走ってゆく。何度も振り返るミツメの視界から、やがてサンドリアの町は見えなくなっていった。


「いいのか、これで?」

 サーラが、門の陰にうずくまるクリスへ声をかける。

「うん。いいんだ、これで……」

 沈んだ顔で、クリスが答えた。

「お前が良いなら、それでいい」

 そう言って、サーラの姿が消える。門外でいつまでも萎れているヒースの所へ行ったのだろう。

「ミツメちゃん……ボクは、ボクは……!」

 ひゅるり、とクリスの頬を、乾いた風が撫でてゆく。強い日差しが、門に濃い影を作る。影の中で、いつまでもクリスはうずくまっていた。

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