忍務36 じゃくてんは、かみなりですね。こわいです
スライム、という魔物がいる。単細胞生物で、一つの核を中心に粘液のような身体を持っているものだ。彼らに個体差は無く、地方によっては最弱の魔物とされている。
スライムの身体構成は、魔物のゴーレムに似ている。核を中心とするところ、そして周囲の養分によって成長するという部分においては一致していると見られる。
だが、ゴーレムとの大きな差異はある。身体が不定形であるため、豊富な養分を得られる環境ならばスライムはどこまでも成長できるのだ。単細胞生物ゆえに、そこに限界というものは無い。
エルダースライム、と呼ばれる個体にまで成長したスライムは、知性を得る。理論上では、核に思考する器官が生まれ、より強力に、より巨大にと成長を続けようとする。そうして、身の丈を遥かに超える大きさにまで成長したスライムを、エンシェントスライム、と区分している。
だが、エンシェントの大きさにまで成長できるスライムは歴史上確認されてはいない。子牛程度のエルダー種になった時点で、冒険者ギルドはこれを危険生物として討伐隊を組織するからだ。
スライムは、取り込む養分の種類によってその属性を大きく変化させる。重要なのは、核を潰すことだ。これは、どれほど大きくなろうと変わらない、スライムという魔物の弱点なのだ。
抱きつくダクの背中に、頭目は回そうとした手を震わせる。それから覆面の中に手を入れて、ごそごそとやった。覆面の膨らみは、一瞬にして消える。そうしてから、ようやく頭目の腕がダクを抱きしめた。
「とーもく……ごめんなさい」
頭目の肩に顔をうずめ、ダクは涙声で言った。頭目は、優しくダクの背を撫でつける。
「どうしたのだ、ダクよ」
正体不明の声に安堵を感じながら、ダクは報告しなければならないことを頭に浮かべる。辛い、出来事だった。
「お、おあずかりしてた、オジィと、ミツメが……」
守り切れなかった二人の下忍を思い、ダクは涙を流す。頭目の手が、瞼に触れる。
「案ずるな、ダクよ。オジィとヒース、そしてミツメとクリスは生きている」
ダクの肩に手をやって、頭目が言った。ダクの顔が、弾かれたように頭目の顔へ向けられる。
「ほ、ほえ? ほんとうですか?」
「私の言葉を、疑うのか、ダク?」
自信に満ちた頭目の声に、ダクは呆然となったまま首を横へ振る。
「ほえ、とんでもありません。でも、みんなはたしかに……サーラも」
「無事だ。安心するがいい。とはいえ、全員戦える状態ではないので、山の麓へ置いてきたが」
頭目の後ろで、竜が再生を始めた。
「く、ふざけた真似を……我をこんな目に遭わせるとは、貴様は何者だ!」
竜が口を開き、大気がバチバチと音を立てる。
「黙っていろ。今、いいところなのだから」
振り返りもせず、頭目が竜の口に手をかざす。たったそれだけで、竜の頭がパンと軽い音を立てて割れた。
「ほえー、すごいです、とーもく!」
きらきらした目で、ダクが頭目を見つめる。
「当たり前だ。私は、お前たちの頂点に立つ、頭目なのだからな」
えっへん、と頭目は胸を張って答える。
「貴様が、頭目か! 聖王国に巣くう、我ら魔族の不倶戴天の敵!」
首を失った竜が、濁った叫びを上げながら前肢を振り上げる。
「やれやれ。久しぶりの再会を楽しみたいのだが、うるさい奴がいるようだ」
頭目がダクを離し、竜に向き直る。どことなく面倒くさそうな態度が、竜の逆鱗に触れた。
「余裕ぶっていられるのも、今のうちだ! 貴様を討ち取り、我が魔王となる!」
竜は両前肢、そして尻尾も使って全方位から頭目とダクを包むように攻撃を繰り出した。
「忍法、風神鎌鼬!」
頭目が印を組み、真空の刃を繰り出す。ダクの使うそれとは桁違いの威力が、竜の四肢と尻尾を斬りとばす。
「ほえ、とーもく、そのじゅつは……」
術を放ち終えた頭目は、ダクに向かってうなずく。
「わかっている。竜ならば絶命するが、アレは竜ではない。もっと、面倒な相手だ」
斬りとばされた竜の四肢が、ぐにぐにと蠢いて胴体へとくっついていく。
「はははは! その通り! だが、我の正体、見破れるかな?」
ぶるぶると赤黒い胴体を震わせ、ロウドスが哄笑する。
「ほえ……なんだろう?」
首を傾げ、ダクは考え込んだ。頭目は腕組みをして、ダクを見守る。
「ダクよ。あの身体は、竜のものではない。ねばねばした、液体だ」
頭目のヒントに、ダクの頭の上に豆電球がぴこんと灯る。
「わかった、スライムだ!」
答えたダクの声に、ロウドスが巨大な身体をぶるりと震わせる。
「な、なぜ、わかったのだ!」
狼狽の声を上げるロウドスへ、今度は頭目が口を開く。
「忍者に、同じ擬態が何度も通用すると思っているのか? 迂闊な奴め」
そう言って、頭目はダクの頭をよしよしと撫でた。
「ほえー、えへへ」
猫のように目を細め、ダクは頭目のなでなでを受ける。そうしている間に、ロウドスの千切れた肉体はくっついた。
「だ、だが! 我の正体がわかったところで、貴様らに勝ち目があるものか!」
ロウドスの肉体の一部に穴が開き、そこに火球が生まれる。竜の形態で放つよりも、一回り大きいものだ。
「ダク、アレは、マグマの力を利用しているのだ。火山の火口から吸い上げたマグマの塊を、ぶつけるだけの芸の無い攻撃だ」
頭目の言葉通り、ロウドスは火口のマグマを自身の肉体の収縮を利用して飛ばしていた。
「ほえ、さすがとーもく! ものしりです!」
えっへん、と頭目は再び胸を張る。
「タネがわかったから、どうすると言うのだ! 高温高熱のマグマは、貴様らを焼き尽くす!」
マグマの玉はどんどん大きくなり、大きめの小屋くらいならば丸のみに出来るほどにまで膨れ上がる。だが、頭目は動じることなく火球に向かって手を伸ばす。
「つまり、魔法でなく自然現象であれば、忍術に利用するのは容易い、ということだ。忍法、獄炎竜!」
頭目の手から放たれた小さな火竜を象った炎が、マグマの火球に到達する。火球はロウドスの体内で爆裂し、巨大な火柱となって天にのぼってゆく。
「燃え尽きよ」
頭目が手を挙げて、振り下ろす。天空で大きな火竜となった炎が、ロウドスに降り注いだ。激しい炎を浴びせられたロウドスであったが、その赤黒い肉体には傷ひとつつかない。
「ははは! マグマを糧とする我が肉体! 炎程度で燃やせると思ったか!」
ぷるぷると身を震わせ、泰然とそびえ立つロウドスに頭目は舌打ちをする。
「やはり、面倒な相手だ……」
頭目が懐に手を入れて、小さな筒を二つ取り出しダクへ投げた。
「ダク、それを耳と口へ」
「ほえ。こうですか、とーもく?」
渡された筒の片端には、底板が嵌められている。コップのような形をした底を、ダクは耳と口へ当てた。
「いや、逆だ。それを逆に当てて、ミツメのことを強く念じるのだ」
言われた通り、ダクは筒の口を耳と口へ当てて、目をつぶりミツメのおかっぱ頭を思い浮かべる。ダクの耳に、ぷるるる、と不思議な音が聞こえてくる。
「忍法、意図念話」
頭目の声とともに、がちゃり、と筒の中から何かの音がした。
『ダク様、聞こえますか?』
「ほえ、ミツメ?」
耳に当てた筒の中から聞こえてきたのは、ミツメの声だ。
「意図の糸を伸ばし、繋いだ相手との念話を可能にする。念話料金は、互いの精神力だ。今のミツメの状態では、あまり長念話はできない。ダクよ、ミツメに、千里眼を使わせるのだ」
頭目にうなずき、ダクは口に当てた筒に語り掛ける。
「ミツメ、せんりがんをつかって、ロウドスをみて」
『は、はい!』
ミツメの千里眼の気配が、ダクの近くに届いてくる。頭目はうなずき、ロウドスに飛びかかる。
「今から、こいつを軽く小突き回す。その間に、ミツメにロウドスの核を探させろ」
「ほえ!」
『ダク様、声が大きいです!』
ミツメの悲鳴に、ダクは口に当てた筒を少し離した。
「これでいい?」
『はい。ダク様、ロウドスを見て、どうすれば?』
「かくを、さがしてほしいんだけど」
『はい、やってみます!』
念話をするダクの前で、頭目はロウドスの身体を手当たり次第に殴りつけていた。
「はははは! いくら殴ろうとも、核の位置がわからなければ我にダメージは無い!」
ロウドスの肉体から、無数の触手が頭目へ伸ばされる。そのひとつひとつを、頭目は殴りつけて吹き飛ばす。
「減らず口を。抵抗できなくなるまで、千切ってやろうか」
頭目の手足が、凄まじい速度で動く。粉々に身体の一部を千切られたロウドスが、さっと身を引いた。頭目が再び飛びかかるまでに、散った肉体が蠢き本体へと集まってゆく。見事なまでの、千日手だった。
『ダク様、わかりましたわ!』
ミツメの声に、ダクは千里眼の気配を追う。ロウドスの身体の奥深く、中心辺りに気配はあった。
「ありがとう、ミツメ! とーもく、かくのいちがわかりました!」
ダクの声に、頭目が飛び下がって傍らに立つ。念話が、ぷつりと切れた。
「ほえ、ねんわが……」
手にした筒を見るダクの手から、頭目が筒を取り上げ懐に仕舞う。
「ミツメの限界か。まあ、よく持ったほうだ。ダクよ、合わせ技でいくぞ」
両手を突き出して、頭目がロウドスに向かって構える。
「ほ、ほえ……とーもく、かみなり、つかうんですか?」
声を震わせ、ダクが問う。ダクは、雷が大の苦手なのだ。
「うむ。火はダメだし、水の術も奴のマグマには通じん。土は、肉体が分厚くて届かないからな」
頭目の冷静な言葉に、ダクも両手を出して構える。だが、その手はがたがたと震えており、とても忍法に必要な集中を得られる状態ではない。
「……ダクよ。まだ、雷が怖いか?」
頭目の言葉には、責める気配は無い。それは純粋に、ダクを気遣うものだ。
「お前の風の導きが、必要なのだ、ダク」
そう言って、頭目がふわりと後ろからダクを包み込むように抱きしめ、構えた両手に手を添える。柔らかく、温かな感触に、ダクの心は少しずつ鎮まってゆく。
「私が、一緒だ。何も、恐れることは無い」
ふわりと、甘く優しい香りが漂ってくる。
「……ほえ。だいじょうぶ、です」
目を閉じて、開ける。ダクの視線の先で、ロウドスが体内に大穴を空けていた。
「ははははは! この長距離でならば、先ほどのような小細工は届くまい!」
穴の中でマグマが膨れ上がり、巨大な火球を形作る。念話は切れていたが、ミツメの千里眼の気配は、まだロウドスの中心にあった。
「いくぞ、ダク!」
「ほえ!」
重なり合ったダクと頭目が、二人羽織のような姿勢で九字印を切る。
「りん、ぴょー、とお、しゃ、かい、じん、れつ、ざい、ぜん!」
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前!」
ロウドスの口の穴がすぼまり、マグマが細く強い圧力で噴き出される。
「マグマジェットカッター! 切り刻まれ、焼き尽くされてしまえ!」
迫りくる高圧のマグマに、重ね合わせた手のひらを突き出す。
「忍法、ふうじん、たつまきぃ!」
暴風の塊が、ロウドスに向かって一直線に進んでいく。マグマの流れが空中で止まり、竜巻に巻き込まれて逆流する。
「ぐおおお! だ、だが、この程度で!」
逆流したマグマをぶちまけて、ロウドスがうめき声を上げた。
「ダクよ、お前の風に、私の雷を……合わせ忍法、風雷竜巻! 貫け!」
ばちばちと、頭目の手から放たれた雷光が大気に爆ぜる音を立てる。竜巻の内側を跳ね返りながら、雷光はロウドスの中心、核を貫いた。
「ぎゃああああああ!」
ロウドスの、悲鳴が上がる。
「ほええええ!」
同時に、ダクも悲鳴を上げた。頭目の雷の威力が強く、一部がダクの周囲に漏れ出し跳ねたのだ。ダクの腕が震え、竜巻のコントロールが大きく乱れる。
「お、覚えていろおおおぉぉぉ……!」
結果、身体の大部分を削られたロウドスは北の空へと吹っ飛んで行った。きらん、とお星さまになったロウドスの姿を、ダクの瞳は捉えてはいない。
「きゅー」
情けない鳴き声とともに、ダクの身体から力が抜ける。雷の恐怖に耐えきれず、白目をむいて気絶してしまったのだ。
「あと、少しだったのだが……まったく、修行が足りないな」
目を回してしまったダクを抱き留めて、苦笑の響きをもって頭目は呟いたのであった。




