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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第二章 中忍編
39/71

忍務35 火山の竜をやっつけろ!

 竜族は尾の長さで、ある程度の序列を決めることができる。彼らの尾は強力な武器であると同時に、ステータスシンボルでもあるのだ。強固な鱗を持ち、長く生きれば生きるほど、尾は長く、強くなってゆく。身体の大きい個体が強さのアピールとなる自然界では、ごく普通の進化でもある。

 伝説に語られるほどの長い時間を過ごす竜族は、ごく一握りだ。彼らにも寿命があり、人族と比較すれば長生きではあるが決して不老不死の存在ではない。生体器官を用いて生命活動をしている以上、その器官に不全が起これば命は失われてしまう。

 長く美しい尾を保つことは、容易な道ではない。竜族は基本的に大食の種族であるが、必要以上の養分を尻尾へ回すという行為ができるのは、広大な領地を持ち豊富な食料に恵まれてこそである。だからこそ、尾の長さは竜族の序列を決めるのだ。

 せっかく長く強くなった尾も、冒険者たちによって切断されたり、養分が行き届かず壊死してしまうこともある。長い尾の維持もまた、竜族にとっては難しい問題なのだ。



 ロウドスが、咆哮を上げた。それは人族の理解できる言葉を含めるものではなく、純粋な獣の咆哮だ。びりびりと空気は震え、山頂のマグマが激しく泡立つ。

 先手を取ったのは、ロウドスだった。巨体に似合わず敏捷な動きで前肢を振り上げ、ダクたちへ向けて横薙ぎに叩きつけてくる。

「ほえ、よけて!」

 風を切り裂いてくる四本の爪に、ダクは叫んだ。その声に、サーラとクリスは跳びあがり、迫りくる一撃を華麗に躱す。

「オジィ、あなたも早く!」

 ヒースの呼びかけに、オジィは首を横へ振る。

「ダメだ。今の俺じゃ、届かねえ!」

 オジィは熱気により、酒気の力を失っている。

「ヒース、お前だけでも!」

「それならっ!」

 一瞬のやりとりの直後、ヒースは腰を落とし、伸ばした右足に沿うように地面すれすれに三日月刀の刃を立てる。右から迫りくる竜の前肢から、オジィを庇う位置取りだ。

「伏せて、オジィ!」

「無茶だ!」

 言いながら、オジィは地面に身を伏せる。どのみち、もう回避のできる間合いではない。赤黒く巨大な竜の前肢が、ヒースの三日月刀にぶつかった。竜の鱗と刃が擦れ、火花を散らせる。ヒースの思惑通り、前肢は三日月刀の上を滑り、ヒースとオジィのわずか上の空間を通過してゆく。だが、ヒースの三日月刀の中ほどから、ばぎん、と耳障りな音が鳴った。尻尾を斬ったときにできた刃の毀れた部分から、へし折れてしまったのだ。

 短くなった三日月刀を弾きとばされ、ヒースの身体が軽々と吹き飛ばされる。オジィが身を起こして、飛んでくるヒースを捕まえ、地面に引き戻す。もつれあって転がる二人の真上を、竜の前肢が通過していった。

「だ、大丈夫か?」

 山際の崖まで転がったオジィが、抱きしめたヒースに向かって問う。

「はい、何とか……」

 答えるヒースの左腕は青紫に染まり、肩先からぶらぶらと揺れていた。前肢の重量に耐えきれず、肩が外れてしまったのだ。それでも折れた三日月刀を手放していないのは、さすがアサシンと言えるだろう。オジィがヒースに肩を貸し、なんとか二人は起き上がる。

「ほえ、まだおきちゃダメ!」

 地中から、ダクの声が聞こえた。声のしたほうへ、オジィが弾かれたように首を向ける。鞭のようにしなる尻尾が、一瞬にして迫りくる。

「クソっ!」

 ヒースの身体を抱えるようにして、オジィは尻尾に背を向けた。直後、オジィの背面に凄まじい衝撃がぶつけられた。ボキリ、とオジィは体内で、嫌な音を聞く。

 快音とともに、オジィとヒースは空の彼方へと打ちだされてゆく。打った瞬間それとわかる、場外ホームラン級の一撃であった。

「おのれ、よくもヒースを!」

 怒りに燃える瞳で、サーラは短刀を構え落下する。竜の眼を狙った一撃はしかし、閉じ合わされた瞼に弾かれる。

「ミツメ、せんりがんを!」

 地中に潜り難を逃れたダクが勢いよく飛び出し、ミツメに指示を飛ばす。

「わかりましたわ!」

「ボクが、守るから!」

 着地したクリスはお姫様抱っこしたミツメが目を閉じるのを見やり、竜との距離を詰めた。前肢の攻撃は強力だが、至近距離であれば尻尾の追撃は来ない。それを見越しての、位置取りである。もちろん、避け方を間違えれば死が待っている上に、竜の肉体からは熱気が放たれている。たちまち、クリスの顔に玉のような汗がいくつも浮かんだ。

「ほえ! サーラ、受け取って! 忍法、くっつくかまいたち!」

 ダクがサーラに向けて、両腕を振り下ろす。生じた真空の刃が、サーラの短刀の刃に向かって飛び、くっついた。

「お前の力など……と、言ってもいられないか!」

 噛みついてくる竜の頭を蹴って、サーラが短刀を霞むほどの速度で振るう。竜の瞼が切れて、体液が飛び散った。

「ぐ、ああああ! 小賢しい、人間どもめ!」

「私は、砂エルフだあああ!」

 振り下ろしてくる竜の前肢を、サーラはぎりぎりで裂け、風を纏った短刀で反撃する。前肢に、わずかに亀裂ができた。

「くあああああ!」

 サーラに向けて、竜が口を大きく開く。大気が震え、バチバチと音立てる。それは、ブレスの前兆だ。

「忍法、ふーじんたつまき!」

 竜の口から吐き出された火球を、ダクが竜巻で吹き飛ばす。わずかに射線をずらされて、火球はサーラの横を掠めて飛び去った。

「おのれ、小童ァ!」

 片目に血を滴らせ、竜が憎悪の瞳をダクへと向ける。

「ぼくは、ダークエルフだよ! 忍法、よっつかまいたち!」

 両手、両足を使ったダクの鎌鼬が、竜の前肢にできた亀裂へと放たれる。束ねた真空の刃が、肢の根元深くまで切り裂いてゆく。

 苦痛の咆哮が、竜の口から鳴り響く。苦し紛れに竜が前肢を振り下ろすのは、クリスに対してである。クリスはミツメを抱えたまま、わずかなステップで振り下ろしを躱し、かかと落としに蹴りつけて竜の上空へと跳躍する。直後、それまでクリスの立っていた地面が砕け、マグマがあふれてきた。

「ダク様! この竜は……!」

 額を光らせ、ミツメが叫ぶ。そこへ、竜が大きく口を開けた。バチバチと、大気が音立てて震える。

「させない! 忍法、ふーじん……」

 両手を構えるダクに、サーラが飛びついた。地面にもつれあう二人の直情を、竜の尻尾が通過してゆく。

「サーラ! ダメだよ、ミツメとクリスが!」

「お前がやられては、どうにもなくなる!」

 叫び合うダクとサーラの目の前で、竜のブレスが発射された。空中にいるクリスには、回避する術は無い。迫る火球に、ミツメの身体をぎゅっと抱きしめる。

「この竜は、竜ではありませんわ……!」

 ミツメの叫びが火球に呑まれ、直後に大爆発が起こった。

「ミツメ! クリスぅー!」

 火球の爆発が起こす暴風に逆らって立ちながら、ダクが叫ぶ。

「クリス……!」

 爆発が収まった後、そこには何者の痕跡も残らなかった。

「ははは! どうだ、我のブレスは! 木っ端微塵だ!」

 哄笑する竜へ、ダクの鎌鼬とサーラの短刀乱舞が襲い掛かる。前肢をクロスさせ、竜は斬撃の嵐を受け止める。

「おのれ、おのれおのれおのれ!」

 サーラの両腕が残像を生むほどの速度で閃き、竜の前肢を切り刻んでゆく。

「絶対、許さない! 忍法、圧縮鎌鼬!」

 ダクが目を赤く光らせ、腕を振って一本の鎌鼬を生み出す。極細の線に圧縮された鎌鼬が、竜の前肢を切断し、その胸へと深く傷跡を刻んだ。

「ダク……? くっ!」

 斬撃を放っていたサーラがダクの変化に首を傾げ、それから飛びのいた。サーラの短刀から白い煙が上がり、刃がぼろぼろと溶けて朽ちる。竜の、体液による腐食である。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前……!」

 九字印を切るダクの横で、サーラは総身の毛を逆立たせた。凄まじい殺気が、ダクから漏れ出ている。それはもはや、妖気、と呼べるほどのものだ。いつものほんわかしたダクからは、想像もつかない代物である。

「忍法、風神鎌鼬!」

 ダクの両手が、竜へと向けられる。そこから放たれるのは、鎌鼬をまとった極大の竜巻だ。

「ぐ、う、おあああああああ!」

 全身を切り刻まれ、暴風で傷口を拡げられ、竜は苦痛の叫びを強くする。ごとり、ごとりと切断された竜の四肢が、尻尾が落ちてゆく。

「滅せよ!」

 ダクの掛け声とともに、竜巻の先端が巨大な真空の刃となり、竜の首へと振り下ろされる。これが、本来の風神竜巻の全容であった。叩きつける暴風が、一切の慈悲無く敵の身体を圧し潰し、叩き伏せる。普段のダクは、これを決して使うまいとしていた。

 ずしん、と重い音と共に、竜の首が落ちた。同時に、吹き荒れていた暴風が止み、そよ風が吹き抜ける。

「ほえ……や、やったの、かな」

 大忍法の行使に、珍しく疲れた顔になったダクが竜の残骸を見やる。

「ああ。やった、な……」

 ダクの隣で、呆然としたサーラが呟いた。だが、そんな二人の前で、竜の残骸がうぞうぞと蠢き始めた。

「ははははは! 少しは、やるではないか!」

 哄笑が、山頂に響き渡る。さっと身構えるダクとサーラの眼前に、信じられない光景が広がった。

 赤黒い破片となった竜が、復元されていく。千切れた尻尾が、四肢が集まり、切断された首を持ち上げ身体の上へと乗せる。そこには、変わらぬ姿の竜がいた。よく見るまでもなく、サーラがつけた肢への傷も綺麗さっぱり消えている。

「そ、そんな……」

 からん、と乾いた音を立て、サーラの手から短刀が滑り落ちた。刃の部分がぼろぼろになって使い物にならなくなってはいたのだが、新たな短刀を構える気力はサーラには無い。

「我は、魔竜ロウドス! この程度で、我を倒せたと思ったか?」

 にぃ、と竜の口が笑みに歪む。絶望の面持ちで、サーラはその笑みを見返した。

「安心しろ。お前たちも、すぐに仲間の後を追わせてやる」

 竜が大きく口を開ける。バチバチと、大気が鳴った。

「サーラ!」

 ダクが、サーラを突き飛ばす。

「ダク!」

 突き飛ばされたサーラの身体に強風が吹きつけて、大きく距離を離していく。片手を伸ばすサーラの身体は、山の麓のほうへと吹き飛んでいった。

 横へ向いたダクに向けて、竜の口から火球が射出される。ダクの意識が、時間の流れをゆっくりとしたものに感じさせる。火球が、少しずつ迫ってくる。重い身体で、ダクは必死に九字印を切った。

「りん、ぴょー、とお、しゃ……」

 火球は、ダクの身体のすぐ側までやってきている。全身に高温の空気を感じながら、それでもダクは手を動かす。だが、火球は無情にも、ダクの身体へと接触する。身を焼かれる激痛が訪れる、その直前。

「忍術、水流瀑布」

 その声とともに、火球の上から水が叩きつけられ、じゅう、と音立てて火球が消えた。

「何っ! 我の、竜のブレスを……」

 驚きの声を上げる竜の顔面へ、影が飛来する。ひとつの打撃音の後、竜の顔が弾かれたように吹き飛んだ。

「何が竜だ、魔族め」

 影が、ダクの目の前に着地する。ダクと同じくらいの背丈だが、ダクにはその背中が果てしなく大きなものに見えた。

「無事だったか、ダク?」

 背中ごしに、ダクへ問いかけてくる。その声は、男なのか女なのか、幼くもあり老いているようにも感じられる。なんとも、正体不明の声である。だが、ダクにはそれは、唯一無二の主の声だ。

「とー、もく?」

 振り向いて、頭目はダクにうなずきかける。頭目の手が伸びて、ダクの頭をそっと撫でた。

「よく、頑張った、ダクよ」

 覆面の隙間からのぞく瞳は、慈愛に満ちているようにダクには思えた。だから、叫んだ。

「とーもく!」

 答えるようにうなずく頭目へ、ダクはすがりつく。ぽん、と音立てて、頭目の覆面の耳部分が膨らんだ。

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