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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第二章 中忍編
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忍務26 すなあらしのげきとう

 バンジャン王国の最北端、門前町よりラクダで南下すること十日ほどの距離に、王国首都であるサンドリアの町がある。幾つもの砂丘を越えてやってくる旅人が目にするのは、まず白い石造りの家々だ。砂利を敷き詰めた町の通り沿いに、大小様々な大きさの家が建ち並ぶ。旅人はまず、町の入口にある兵士の詰所で検査を受け、身元や病気の有無などを確認されてから町に入ることを許されるのだ。なお、ここでラクダとはお別れして、旅人は己の足のみで歩かねばならない。行商人など大荷物のある場合は、近くにある倉庫街に物資を搬入することになる。

 町の外壁の出入り口である鉄扉をくぐると、そこには広い大通りが続く。町の中心地である場所には、噴水広場があり住人たちの憩いの場所となっている。この噴水広場を中心に、砂利道が東西南北へと伸びているのだ。

 そのまま噴水広場をさらに南下すると、大きな建築物が目に映る。白磁の輝きに宝石のきらめきをちりばめた、丸い屋根の建物だ。それが、バンジャン王国女王、ホルスの住む宮殿である。

 この宮殿は、女王ホルスの生誕を祝って四十年前に建てられたものだ。今でも年に数回は補修、改修などの工事が行われており、奴隷を連れた商人などがひっきりなしに大通りを行き交っている。

 バンジャン王国では、奴隷制の施策を推奨していた。砂漠という不毛の地に、煌びやかな大宮殿を設営するためには、安価で大量の労働力が必要なのだ。夜になれば松明の火で綺羅と光るホルス宮殿には、多くの奴隷たちが関わっている。その光景には、奴隷の反乱を許さぬ王国の強さと、王家の豊かさが表れている。

 中央広場を東に行けば、練兵場へと行き当たる。運が良ければ、整然と居並ぶラクダ騎士たちの姿を見ることができるだろう。三日月刀と短弓で武装した彼らは、王国の武力の象徴ともいえる。

 練兵場とは逆の、西の方向には貴族たちの屋敷が連なっている。中央により近い場所にいるほど、権力があるとされている。この通りには他にも、貴族相手の豪商の店舗なども存在している。

 町の入口付近、北側は労働者の区画になっていた。奴隷たちは、ここから毎朝宮殿に向かって歩いていく。なお、この区画にはアサシンたちの根城であるアサシンギルドがある、と町の住人たちの噂を聞くことがある。嘘か真か、それはわからない。アサシンについて調べようとする者は、町からいつの間にか姿を消してしまう。上位の貴族や将軍などでも、それは同じことだ。

 一見、危険な町に見えるかもしれない。だがしかし、このサンドリアほどバンジャン王国において安全な町は無い。多くのラクダ騎士が常駐し、王国唯一の冒険者ギルドもある。余計な詮索をしなければ、実に棲みやすい町なのだった。



 ダクたちはラクダと共に、昼夜を問わずに砂漠を走り続けた。先頭をラクダに騎乗して導くクルミは足を止めることが無かったし、ダクも体力馬鹿な上に本人の感覚では早歩き以下の速度なのだ。ここまでは、まったく問題は無い。だが、付いて来る下忍たちにとっては、たまったものではなかった。

「おぉーい、ダク様。ミツメが、またダウンしちまった」

 オジィの声に、ダクがオジィたちの乗るラクダへと駆け寄る。

「ほえ、ミツメ、だいじょうぶ?」

 ダクの問いに、ミツメは息を荒げて目を閉じている。露出している顔の大部分は、大粒の汗が浮かんでいた。

「ほえ、オジィ、おみずは?」

 ダクの問いに、オジィが首を横へ振る。

「こっちの手持ちは、もう無え。あるのは酒くらいだが……こいつは逆効果にしかならんな」

 空っぽの水筒を逆さにしてみせるオジィへ、ダクが自分の水筒を差し出した。中身は、半分ほど残っている。

「ほえ、おみず、あげる」

「ダク様のお水ぅぅぅ!」

 いきなり復活したミツメが、ダクの手から水筒を奪い取る。その動きは、ダクでなくとも酒の抜けたオジィでも避けられる程度のものだったが、ダクはあえて取らせた。

「少しずつ、飲むんだぞ。ダク様、すまねえ。世話ばっかりかけちまって」

 頭を下げるオジィに、ダクはからりとした笑顔を向ける。

「ほえ、だいじょうぶ。ぼくは、がんじょうだから」

 そう言ったダクの身体が、鎖に引き摺られていく。

「何やってんだい! サンドリアの町まで、まだかなりあるんだ! さっさと行くよ!」

 じりじりと肌を焼き尽くすような日差しの中で、クルミは焦れたような声で叫んだ。

「ほえ、カシャさま。オジィとミツメが……」

「この格好のときは、クルミ様、だ」

「クルミさま、ミツメがたおれちゃいます。あっちからおみずのにおいがするので、やすませてもいいですか?」

 ダクの指差すほうを、クルミも見やる。ゆらゆらとゆらめく陽炎の中に、ヤシの木が見えた。

「あんなとこに、オアシスなんかあったっけか……? まあいい。根性無しのために、休むってのも業腹だけどね」

 少し首を傾げたクルミであったが、大人しくダクの示した方角へとラクダの頭を向ける。クルミは、口は荒っぽいがゴンザよりも優しい。ダクは、そう感じることができた。もしこれがゴンザであれば、ダクの手足にはごつごつした錘かもしくは爆弾でも背負って走ることになっていただろう。休憩なんか申し出れば、根性が足りぬわ、とか言いながら嬉々として錘を追加したりするはずだ。想像して、ダクの顔が少し青くなる。

「あんたも、顔が少し青いよ。砂漠は初めてだったね。少し、気遣いが足りなかったよ」

 言いながら、ダクについた鎖を引く力を緩める。しおらしい顔をしていると、非常に様になるのがクルミという女性だった。

「ほえ、ぼくはまだげんきです! ふたりとも、ぼくがかかえていきます!」

 クルミの憂い顔に、ダクはことさら元気な状態をアピールする。そして、本当にオジィとミツメ、それからラクダを持ち上げて駆け出した。

「元気だねえ。やっぱり、子供は元気が一番だね」

 ダクの鎖に引かれるように、クルミもラクダを走らせる。行く先のオアシスが、手招きをするようにゆらゆら揺れていた。


 オアシスは、無人のようだった。小さな家が三軒あったが、いずれも人の住んでいる気配は無い。家の前にある小さな泉に、オジィとミツメが歓声を上げて飛び込む。その間に、ダクは家を調べていた。誰かが暮らしていた痕跡はあるが、やはり人の気配は無い。

「ダク、そっちの家はどうだった?」

 手分けをして家を調べていたクルミが、ダクに声をかけてくる。ダクは首を横へ振った。

「ほえ、やっぱりだれもいないみたいです」

 ダクの答えに、クルミは腕組みをする。

「ふむ……何かおかしいね」

「ほえ……」

 ダクも真似をして、腕組みをした。視界の隅で、オジィとミツメが泉から出てきて横になっている。

「ダク、あんたも気づいたかい? ここの家には、生活感が無い。水を溜めておく瓶もないし、食料の類も無い。ただ、家の形をしたものを作っただけ、そんな感じがする」

「ほえ」

 ダクはよくわからなかったが、クルミの言葉にとりあえずうなずく。

「この国は、町の治安はとても良いんだ。法律が、しっかりしてるからね。でも、外はそうじゃない。生きていくだけでも、厳しい環境だからね。官憲の目の届かない場所なら、そこらじゅうにある」

 厳しい目つきになって、クルミが砂丘を見つめる。

「ダク、ラクダに二人を乗せな。出発だ」

「ほえ、りょうかいです」

 クルミは止めてあったラクダへ向かい、ダクはオジィとミツメのほうへと向かう。

「オジィ、ミツメ、しゅっぱつだよ、おきて」

 声をかけると、オジィがのろのろと身を起こす。ミツメは、へばったままだった。

「ダク様、しくじったかもしれねえ……」

 小さく舌打ちをして、オジィが水を吐き出した。

「ほえ、どしたの?」

「あの水、ただの水じゃ無かったみてえだ」

 泉を指すオジィの指が、小さく震えていた。ダクは、泉の水を少し手にすくい、飲んだ。

「……ほえ、どくだね、これ」

 のんびりと、ダクが言う。そこへ、二頭のラクダを引いたクルミがやってきた。

「二人はどうだい、ダク?」

「ほえ、どくをのんだみたいで、うごけないです」

 泉を指して、ダクが言った。クルミが、顔をしかめる。

「毒? 泉の水に?」

「ほえ。からだがぴりぴりするやつです」

 ダクが、オジィとミツメをつんつんと突く。

「おふ、や、やめて、くれダク様」

「はふ……」

 オジィはまだしっかりと反応していたが、ミツメは弱々しい反応だった。

「まずいね……恐らく、もうすぐ賊が来る。このオアシスは、罠だったんだ」

 クルミの言葉に、ダクは気配を探る。ラクダの足音が、たくさん聞こえてくる。

「ほえ。オジィ……飲んで」

 オジィに顔を向けて、ダクが言った。オジィはうなずいたが、手がうまく動かないらしい。チョッキの懐を、ごそごそと探る手が震えていた。

 仕方なく、ダクがオジィの懐に手を入れる。目的のものは、割と取り出しやすい場所にあった。

「ほえ、忍法、ファイトいっぱつ!」

 竹筒をつかみ取り、ダクはオジィの口の中へと突っ込んだ。使った忍法は、どんな状況にあっても液体を飲ませることのできる、というものだ。これを使えば、崖を登攀している最中でも栄養ドリンクが飲めるのだ。

「う、おおお、シャカリキ、パゥアー!」

 竹筒を咥え、両拳を握りしめながらオジィが天に向かって吠える。

「オジィ、ミツメをせおってラクダへのって!」

「任せろ! どおおりゃああああ!」

 ミツメの首根っこを掴んだオジィが、ひとっ跳びにラクダへ騎乗する。

「よし、行くよ!」

 クルミの号令で、二頭のラクダが猛スピードで駆け出した。

「ほえ、いってらっしゃい」

 ダクは、追わなかった。背後を振り返るクルミと、一瞬目が合った。ダクはうなずき、クルミは速度を緩めずに駆け去って行く。

 そうこうしているうちに、オアシスへ数頭のラクダと騎手がやってくる。ほとんどが頭にターバンを巻いて襤褸のマントを身に着けた、厳つい男であった。

「ちっ、奴隷を置いて逃げやがったか……勘のいい奴らだ」

 リーダー格の、ちょっと立派な三日月刀を背負った男が言う。

「ほえ、おじさんたち、わるいひと?」

 ダクが、リーダー格の男を見上げて言った。男たちは顔を見合わせ、げらげらと笑う。

「なんとものんびりしたガキじゃねえか。いかにも、俺たちゃ泣く子も黙る砂漠の大盗賊団、サソリの尻尾団よ!」

 大見得を切って、男が言った。ダクはこっくりとうなずき、両手を男たちに向かって構える。

「わるいひとなら、えんりょはいらないね。忍法、ふーじんたつまき!」

 ダクの両手から、暴風の塊が放出される。大量の砂を巻き上げ、砂嵐となって風は男たちとラクダを包み込み、天高く打ち上げる。

「なんだとぉぉ……」

 叫ぶ男の声が、尾を引いて砂丘の彼方へと消えた。息を吐いて、ダクは両手を下ろす。そこへ、降ってくる影があった。盗賊たちの中にいた、小柄な人影だ。両手に短刀を持った影は、まっすぐにダクへと刃を向けている。

「ほえ?」

 ダクが、即座に飛び退って回避する。影は着地して、そのままダクへと飛びかかってくる。ひゅんひゅんと、ダクの肌を短刀の刃の風がかすめていく。体術馬鹿のダクをして、防戦一方にならざるを得ないほどの斬撃の連続だった。

「……奇妙な術を使う。お前、只者じゃない」

 影が発したのは、少女の声だった。ダクの顔の真横を、斬撃が通り過ぎる。起こった刃風で、ダクの耳がぴょこんと飛び出た。

「なっ……!」

 一瞬の動揺が、少女に訪れる。ダクは身を捻り、右足のかかとで少女の手を蹴りとばす。一本の短刀が、少女の手から落ちた。

「きみも、すごいね。ゴンザさまのむちよりかはおそいけど」

 間合いを空けて、ダクは少女に向き合った。ターバンとマントで隠された隙間から、サファイアブルーのきらめく瞳が見える。体格は、ほぼダクと同じくらいだ。腰を落とし、一本になった短刀をダクの心臓へ向けている。

「その耳……ダークエルフか」

 少女の言葉に、ダクはぽかん、とした顔になる。少女を見たまま、耳を触る。長い、ダークエルフの耳がそこにある。

「あ、その、これは、ほえ……」

 うろたえるダクの隙を、少女は見逃さない。身に着けたマントを脱ぐと、ダクへ向かって投擲する。マントは、まるで生き物のように宙を舞い、ダクへと向かってくる。同時に、少女の姿がダクの視界から消えた。

「ほえ、忍法、かまいたち!」

 ダクが、ふよふよと飛んでくるマントを真っ二つに切り裂いた。鎌鼬の衝撃が、砂の地面を叩いて砂粒を舞い上がらせる。

「く、味な真似を!」

 マントの裏側から、少女の声がした。つぶてとなった砂粒を受けて、体勢が崩れたようだ。短刀を持つ手を、地面に付いて身を伏せている。

 一陣の、風が吹き抜けた。砂埃が、辺りに舞い上がってゆく。向き合ったままのダクと少女の周囲にも、黄色い砂の風が強く吹き付けてくる。

「ほえ? たつまき……?」

「砂嵐か……いずれ、お前とは決着をつける。覚えていろ。我らアサシンに狙われた者には、安息の時など訪れないと!」

 少女は言いながら、身を翻し短刀をダクへ投げつけた。二本の指で、ダクはその短刀を受け止める。その間に、少女の姿は砂漠に溶け込むように消えて行った。

「ほえ……なんだったんだろ、あのこ」

 呟くダクが、砂嵐に飲み込まれる。腕組みして考えながら、ダクは明後日の方向へと吹き飛ばされていくのであった。

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