忍務25 敵地潜入 それぞれの思惑
聖王国の上忍たちは、多種多様な特技を持っている。各地に振り分けられ、それぞれが忍者の軍団、忍群を持つ。自身の配下である下忍をどのように鍛えるか、それは上忍たちの裁量に任せられるのだ。
つまり、同じ聖王国の忍者の間にも、様々な流派が存在する。それぞれの流派に属する者を、○○衆と呼ぶのだ。例えば、防御の忍術に特化した集団が金剛衆、心を動かす心言衆、華麗な動きを得意とする華麗衆、などである。
この流派の中に、魔族との戦闘に特化したものがある。それが、魔壊衆である。彼らの流派の根幹は、全ての能力において人族を上回る魔族に対し、特化した一芸をもって対抗する、といったものである。この流派の祖である上忍イェソドは、暗黒魔法と手裏剣術を組み合わせた忍術一本でその地位にのし上がったのだ。
また、全ての流派に属さない上忍もひとりだけ存在する。上忍筆頭の、ゴンザである。彼の思考は単純明快で、あらゆる状況に対する策として、あらゆる能力の向上をモットーとしているのだ。これにより、ゴンザのしごきに付いてこられた下忍は例外なく強力無比な存在となる。ただし現実は、ほとんど途中で脱落して他所の流派に入ってしまうのだが。
ちなみにゴンザとその下忍たちは、無色の流派、もしくは脳筋衆と陰で呼ばれている。
バンジャン王国の町娘の姿となった上忍カシャ、仮名クルミに連れられて、ダクたちは南の門をくぐる。
「クルミさん、北の町での用事は、お済みになられたんですね」
顔を赤くした門兵が、クルミに声をかける。清潔感のある微笑みを、クルミは返す。
「はい。聖王国に行っていた叔父が、姪を連れて戻ってくることになりまして」
クルミがオジィを手で示し、言った。
「なるほど……」
ミツメと手を繋いだオジィを、門兵が頭の先から爪先まで眺めまわす。だらけた格好で立っていたオジィの頬に、一筋の汗が流れた。
「クルミさんの叔父さんならば、私にとっても叔父さんに……あ、いや、何でもありません。ところで、そちらは?」
門兵の目が、クルミの持つ鎖の先のダクへと注がれる。
「北の町で買った、奴隷です。何か、問題でも?」
「いえ、特に……クルミさんと、奴隷……倒錯的だ……」
一般市民にはお見せできないような表情で、門兵は呟く。
「……大丈夫なのか、この国」
小さく呟くオジィの足を、ミツメが見えないように踏みつける。痛みを何とか我慢し、オジィがミツメに目をやる。小声で文句を言っているようだが、はた目にはしゃきっとしない父親を叱る娘というふうに見えないこともない。
「通って、よろしいですか?」
放っておくと戻って来そうにない門兵へ、クルミが笑顔で首を傾ける。
「もちろんですとも! クルミさん、今度非番のときにデートしてください!」
門を開けながら、門兵が言う。
「考えておきますね」
にこやかに、クルミはダクたちを連れて門を抜けた。その先には、木でできた検問用の小屋がある。中から、すぐさま兵士が出てきた。
「……お帰りなさい、クルミさん」
「はい。あの、あちらの門兵さんに……」
開け放たれた門の向こうから手を振る門兵を指して、クルミが言う。
「心配いりません。奴の非番の日は、こちらへは一歩も通しませんから」
ごつい顔に頼もしい笑みを浮かべ、兵士はきっぱりと言った。
「それで、これから王都へ向かわれるのですか?」
兵士の問いに、クルミはうなずく。
「早く、叔父を母に会わせてあげたいのです。書類は後で送りますから、すぐに出発しても?」
憂いの顔になったクルミが、兵士に言った。兵士は少しの間、考えるそぶりをみせる。
「むぅ……だが、規則がありますので」
「叔父の身許は、私が保証します。何かあれば、私を好きに処罰していただいてかまいません」
「もちろん構いませんとも! 足の速いラクダを用意しましょう。どうぞ、少しの間お待ちを」
兵士はあっさりと陥落した。それから持ち物検査が待っていたが、こちらはあっさりと済んだ。クルミやオジィが持つ旅の食料や道具などの他は、何も手持ちは無い。危険な道具やオジィの酒などは、全て懐の中へと収納済みだった。
用意された二頭のラクダへ、クルミとダク、そしてオジィとミツメの二組に分かれて搭乗する。
「ほえ、オジィ、ラクダにのれるんだ」
難なくラクダの鞍上にまたがり、ミツメを引き上げ前に座らせるオジィにダクが言った。
「旅慣れてるからな。これも年の功ってやつだよ」
人馬一体ならぬ人ラクダ一体といった様子で、オジィはクルミの隣へラクダを並べる。
「頼もしいね。それでこそ、聖王国生え抜きの下忍だよ」
お淑やかな顔に一瞬獣のような笑いを浮かべて、クルミがラクダを走らせる。鎖に繋がれたダクは、ラクダと並走してゆく。
「ほえー、すながいっぱいだね!」
初めて見る砂漠に、ダクは感心の声を上げるばかりであった。
振動で、胃がどうにかなりそうですわ。
高く揺れる視界に、ミツメはラクダの首にしがみつき、思う。オジィの身体を紐で結わえ付け、落ちることはない。乾いた風が、ミツメの頬を撫でてゆく。ラクダは快速で、ミツメが普通に走るよりも速い。こんな足場の柔らかい砂地で、いつも通りの速度が出せるダクが異常なのだろう。並走するダクを見て、そんなことを思う。
ミツメにとって、今回の忍務は重要なものだ。魔族を三体も撃退した功績によって、ダクは中忍への出世を果たした。それは異例のスピードで、下忍たちを震撼させるに足る出来事だった。
魔壊衆に属するミツメは、対魔族の急先鋒である。索敵や偵察に向いたミツメの能力は、斥候部隊に重宝されている。だが、ミツメには悲しいかな戦闘能力が無い。本人の感覚によれば、一般人より少し強いだけの普通の女の子なのだ。
怖い戦場に行き、最前線を張るなど御免こうむりたい。だが、下忍という身分はそれを許さない。もちろん、能力上魔族とギリギリの戦いをするような場所へは伴われないし、味方がいれば守ってくれる。だが、それは安全な後方にいてもできることなのだ。上司である上忍イェソドにそれを言ってみたこともあるが、ミツメの意見が顧みられることはなかった。前線において、危機感を養うことも重要だと言われただけだ。
中忍へと昇進できれば、配下の下忍を連れて行くことができる。そうなればミツメは、御輿にでも乗って安全な場所を転々と移動し続け、戦いの起こる地帯を避けて通ることもできるのだ。草むらに隠れながら、敵が来ないことを祈りつつ千里眼を使うという現状から、脱することができる。上忍イェソドが御輿を許可してくれるかは別の話であるが、ミツメは前線から離れられるならば何でもするつもりだった。
中忍ダクの手下として、南の王国に潜入する忍務を得られたのは天恵といえた。異例の出世スピードのダクと一緒であれば、きっとすぐに手柄を片手に昇進キップを手にすることができる。いや、もしかするとダクを追い越して上忍にまで昇り詰められるかもしれない。そうなれば、食っちゃ寝しながら部下に指令を出すだけ、という夢の生活にも手が届く。
鎖を揺らし、半裸ではしゃぎながら疾走するダクを見やりつつ、ミツメは含み笑いを押し殺した。
「くくく……私の夢の生活のため、踏み台になっていただきますわよ、ダク様……」
能天気そうなダクに、ミツメは自身の切り札である一芸を見せている。信頼は、勝ち得ているはず。ミツメは、出世ロードを歩く自分を想像して心を震わせた。
「大丈夫か? 気分悪いなら、いったん止めるぞ?」
背中から、微かな振動と共にオジィが声をかけてくる。
「だ、大丈夫ですわ。逆に、もっとスピード出してもいいくらいですのよ」
オジィに見えないように、懐からエチケット袋を出してミツメは言う。振り返って笑うような元気は、さすがに無かった。やれやれ、といったふうにオジィは苦笑をあげた。
下手に吐かれたら、俺にまで被害が来るな、こりゃ。
うつむいて肩を震わせているミツメを見やり、オジィは内心息を吐く。ミツメの小柄な身体はオジィと紐で結わえられており、その時は一心同体、死なばもろともといった風情になるだろう。乾いた風が吹き抜けていく感覚が、げんなりしたオジィの心を慰めた。かちゃかちゃと鎖の揺れる音に目をやると、もう三時間は走り続けているというのに元気なダクの姿が見える。子供は元気でいいな、という月並みな中年男の思いが浮かんだ。
オジィにとって、今回の忍務は最後のチャンスともいえた。目立った手柄もなく、少年期から二十数年、ずっと下忍を続けてきた。
魔壊衆に属するオジィは、対魔族の急先鋒である。時間制限はあれど戦闘に向いたオジィの能力は、威力偵察などに用いられてきた。酒による能力向上、通称酔拳の術などと呼ばれる術は、効果の切れる時間を自分で制御しにくい、という欠点を持つ。そのため、戦闘中にいきなり効果が切れる、といった事態を避けるため、オジィには常に斥候の護衛という忍務が与えられていた。
聖王国だけでなく、様々な国を巡ってきた。忍者にしては珍しく社交的な面もあり、狷介なドワーフの飲み友達もいる。普通に飲み、酔うぶんにはオジィは気さくで陽気な男であった。
酒を忍術に取り入れて、オジィは戦い続けてきた。そんな彼には、ひとつの願いがある。世界平和である。冗談でも何でもなく、オジィはそれを目指しているのだ。
世界が平和になれば、オジィの忍術は不要になる。そうすれば、酒を戦いの道具に使わないで済むようになるのだ。オジィが欲しいのは、普通に酒の飲める日々だった。
若い頃上忍イェソドに相談してみたが、忍者を抜けるつもりか、と怒られた。それ以来、オジィは自分の夢を語ることは無くなった。忍務に黙々と勤しみ、酒を飲んで暴れる。それが、オジィの日々となっていた。
そんなとき、舞い込んだのが中忍ダクの手下として砂漠の王国に潜入する、という忍務である。ダクは異例のスピードで中忍へ昇進していた。三体の魔族を撃退した、堂々たる功績をもってである。
オジィは、鬱屈した酔いの日々から逃れる光明を見つけた。いい加減、ガタのきている肝臓にも、安らぎをくれてやれる。そう思い、忍務を受けた。
ほえほえと妙な掛け声をあげながら、半裸で疾走する姿を再び見る。なんとも良い意味で、平和そうだった。今は中忍だが、やがてすぐに上忍へと昇進するだろう。いや、させてみせる。この平和ボケしたダークエルフの少年の下でならば、夢を追い続けられる。眩しいものを見るように、オジィは目を細めていた。
「……そ、そろそろ、限界、ですわ」
地獄の底から聞こえてくるような、おどろおどろしい声がした。
「おい、しっかりしろ! 吐くなら、その袋の中に吐くんだ! 酔い止めの薬はあるか? お、おい、こっちに顔を向けるな!」
前に座らせたミツメが、青い顔でオジィを見る。びくん、とミツメの咽喉が動く。大変危険な兆候だった。
「うヴ、あ、あなた、いっつも吐いてるから……いい、ですわよね……うぅ」
走り続けるラクダの上で、くぐもった少女の声の直後、オジィの悲鳴が轟いた。
ラクダの上で、仲良く抱き合うような格好の二人を見る。ダクは、微笑んでうんうんとうなずいた。仲が良いのは、いいことだ。
「ほえ、あしもとがさくさくいって、おもしろいね」
「中々、馬鹿体力してるじゃないのさ。さすが、ゴンザの所の中忍だ! ラクダもまだまだ行けるみたいだし、このままノンストップで行くよ!」
周囲に人がおらず、カシャの口調でクルミが言った。
「ほえ! さばくのまち、たのしみだね!」
元気よくダクが答え、スピードを上げるラクダの横について走る。駆け抜けていく二頭のラクダと一人の少年の足跡を、風に舞った砂が消していった。




