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ぼくの夢、わたしの夢  作者: 藍野ナナカ(雇われ悪女1巻6/5)


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(後日談)ある日の部下たちの日常


 グライトン騎士団に所属するパズラスという男は、顔だけを見ると「気のいいにいちゃん」である。

 年齢的には「おっさん」になっていようと、十代前半の頃すでに二十歳を超えているように見られていた過去があろうと、パズラスは老若男女を問わず、思わず笑顔で挨拶を返したくなるような風貌だ。

 ただし剣を抜いた姿を見れば、「気のいいにいちゃん」などと評した過去を悔いることになるだろう。


「おらおら! しっかりしろよ、タマついてんのかよ! もっと俺を焦らせてみろよ!」

「……おい、誰だよ、パズラスの旦那を呼んできたのはっ!」

「仕方ねぇだろ。それにまぁ、団長の相手するよりマシじゃねぇか?」

「イヤ、結果としてはそうだけどよぉ。パズラスの旦那、最近暴れてねぇからいつもよりひどいぜ」


 遠巻きの部下たちがげんなりとため息をつき、それからそっとある人物に目を向ける。

 彼らの視線の先には長い銀髪を垂らした若い娘がいて、恐ろしく真剣な目でパズラスとその相手の動きを見ている。時々、指先を動かしながら何かをぶつぶつとつぶやいているようだ。

 集中している表情は少年のようだ。

 なのに小さく動く唇が甘く扇情的に見えてしまうのは、顔立ちが恐ろしく整っているためだろう。



 ことの起こりは、この美しすぎる少女、いや「グライトンの魔女」が同僚騎士の本気の剣技が見たいと言ったことだった。

 まず、朝からすでに酒が入っていた夜番明けの連中が「俺たちが本気を見せてやる!」と悪ノリを始めた。

 これはよくない雰囲気だと、青ざめた食堂の職員が団長室に走った。

 そこまではよくあることだ。

 ただ、幸か不幸か、団長は不在だった。代わりにやってきたのは副団長であるパズラスだった。騒がしくなった食堂に乗り込んで、騒動は収まったはずだった。


 しかしこのパズラスも、見かけが軽そうに見えてもグライトンに入るくらい血の気の多い男で、いつに間にか模範剣技試合を見せてやるという話になっていた。

 それから、酒の入った非番の連中まで巻き込んでの武術大会状態になっている。

 暴れることの好きな男たちだから、パズラスを倒してやろうと本気でうちかかってくる。それを軽くいなしていって、さすが副団長と歓声を上げていたら、気がつくと「気の良いにいちゃん」が「裏通りの恐喝犯」に変わっていた。


 もちろん、このくらいで驚くような男はグライトンにはいない。

 かといって、情け容赦なく大剣を振り下ろされる身となると勘弁してくれと思うのは止められない。

 さんざん打ち据えられた男たちは、銀髪の小柄な美女がとても楽しそうにしているから、これでよかったのだと思おうと努力していた。



「これは何の騒ぎだ」

「あ、団長」


 突然聞こえた声に、腕の打ち身を冷やしていた若い男が、振り返りながら慌てて姿勢を正す。その横で剣を肩に担いでいた大男は、酒の残る顔を隠そうと背中を向けた。

 そんな部下たちを一瞥し、ナイローグは腕を組んだ。


「私が目を離した間に、何が始まったんだ?」

「あ、いや、そのですね……」

「まあ、だいたいはわかるがな。しかし、パズラスは何をやってるんだ」


 ため息混じりにナイローグがつぶやく。

 しかしすぐにその目は、鍛錬場で嬉々として剣を振るっている副団長から、その近くで目を輝かせている銀髪の美女に移っていた。


「……あんな真ん前に、なぜシヴィルがいる?」

「怒らないでやってください。シヴィルちゃんは剣に対する防御魔法を研究しているらしいんです。正規剣術ではない、変則的な剣筋にも対応できる結界に改良するんだ、とか言ってましたよ」

「ああ、なるほど」

「と言っても、副団長のアレは悪ノリの果てではありますがね」

「どうせシヴィルが、一番強い奴の剣筋が見たいとか言ったんだろう?」

「ははは。ご明察で」


 男たちはにやりと笑った。

 極上で上品な見かけのわりに、荒っぽいことにも平然と接するシヴィルのことを、グライトンの荒くれ者たちは気に入っている。無邪気なところも、豪快なところもいい。

 しかし、手を出そうとは思わない。

 色気を感じないということもあるが、それ以上に物騒だ。

 悪人でも青ざめるグライトンの騎士たちは、命知らずではあっても無鉄砲ではない。無謀な賭けに出るほど頭はいかれていないのだ。

 あの可愛らしい美女はとんでもない魔力を持つ。そしてそれ以上に恐ろしい見張りがいる。


 甘い許嫁と言うより獰猛な番犬のようだと部下たちにささやかれているナイローグは、マントを脱いで近くの男に渡した。そしてその男が持っていた木剣を受け取ると、無造作な足取りでパズラスたちに近寄っていく。

 足音と気配にパズラスが振り返った瞬間、ナイローグは一気に間合いを詰めて木剣を振り下ろした。

 鋭い音を伴った木剣は、パズラスの剣によって簡単に防がれる。しかしそれは想定していたのか、ナイローグは打ち返されるタイミングで木剣から手を離していた。

 固い木が削れる音と弾き飛ばされる音が響く。

 それとほぼ同時に鍛錬場の土を蹴る音が重なって、パズラスは動きを止めていた。


「あ、団長」

「正気に戻ったか?」

「はい。バッチリっす」


 言葉とともに、パズラスは剣を地面に投げて降参の意思を示す。

 それを確かめてから、背後から喉元を締めていた腕を解いてナイローグは離れた。


「あれ、ナイローグ。いつ来たの?」

「今来たばかりだ。それよりシヴィル、興味本位でこいつらを煽るな」

「……あ、こういうのは禁止だった?」

「禁止はしていないが、酒の入った状態で暴れるなとは言ってある」

「しまった。そうだったんだ! ごめんなさい!」


 どうやら怒られるようだと気づいて、シヴィルは慌てている。

 しかしすぐに興味が勝ったらしく、目を輝かせながら顔を上げた。


「でも、今のナイローグの動きはすごかったね! まるで父さんみたいだったよ!」

「……当たり前だ。親父さんに教え込まれたからな。それより、何でまた剣筋を見たいと言い出したんだ?」

「私、実際に切りつけられたのは兄さんからだけなんだよね。でも剣術って色々あるんでしょう? 全然違う流派とかだったら、剣の動かし方も変わってくるんじゃないかなって思ったんだ」

「それで、どうだった?」

「うん、結界を切り裂かれそうな感じはないかな。ただ、勢いと力によってはどうかなって思ったよ。だから、ねぇナイローグ。今度、結界の強度試験に付き合ってよ」

「……シヴィル」


 ナイローグは額に手を当て、ため息をつく。

 その表情をどう解釈したのか、シヴィルは慌てて言葉を続けた。


「あ、もちろんナイローグは危なくはないよ。私にちょっと本気で切り掛かってくれればいいだけだから」

「……お前に本気で切り掛かるなんて、できるか」

「えー、お願い。やってよ」

「だめだ。私はヘインとは違うんだ。お前に剣を向けるなんて、絶対にしないからな」


 額から手を離したナイローグは、その手を伸ばしてぺチリとシヴィルの頭を叩いた。

 痛い!と騒ぐのを無視して、今度はポンと頭に手を置く。

 ふわりと広がる銀髪の感触を楽しむように手をするりと動かし、それから風で顔にかかっていた毛先をそっと指の背で払った。


「そんな馬鹿な事より、まだ食事に行かなくていいのか? ここに来る前に食堂の前を通ってきたが、今日の昼は小芋料理があると料理長が言っていたぞ」

「えっ、本当? 真面目に観察していたからお腹が空いてたんだよね! ナイローグも一緒に行こうよ!」

「わかった。……だがその前に」


 さっそく手を引っ張って食堂へ向かおうとするシヴィルをなだめ、ナイローグはパズラスを振り返る。

 わずかに締められた跡のある喉を撫でながら、ニヤニヤしていた副団長は慌てて姿勢を正しながら目を逸らした。


「パズラス。暴れ足りないのなら、もう少し連中をしごいていいぞ。ただし酒の入っている奴らは、水でもかぶってさっさと眠れ」

「やったね。ではもうちょい遊びますか」

「団長、俺たち、もう疲れたんだよ!」

「だめだ。今からしっかり体を動かしておけ。……近いうちに出撃命令が出るぞ」

「おっ、そういうことなら話は別だな!」


 急にやる気があふれた男たちを残し、ナイローグはシヴィルに向き直る。

 小さな頭の中は、大好物の小芋料理でいっぱいになっているらしい。ナイローグの腕に手を絡ませたまま、ぐいぐい引っ張り続けている。

 その頭を撫で、見上げてきた黄緑色の目のぞき込む。

 真っ直ぐに見返す目には信頼しかない。

 ここまで信頼されるのは悪い気持ちはしない。かといってそれで満足かと問われれば否というしかない。

 近頃特に湧き上がる物足りなさを押し殺し、ナイローグは低いところにある頭をぐいと押した。


「待たせたな。行くか」

「うん!」


 シヴィルはとても嬉しそうに笑い、ナイローグを引っ張りながら食堂へ向かった。

 一方、残されたパズラスはまたニヤニヤしていた。


「いいなぁ、団長。ベタ惚れすぎ。あの顔はすごいね」

「……パズラスの旦那はのん気だな。俺は怖くてたまんねぇよ。ちょっとシヴィルちゃんに近付くだけでピリピリされるんだぜ?」

「そうだよ。この間、お貴族様の使いからお嬢ちゃんへの手紙を押し付けられそうになったけど断ったよ。お駄賃がすごかったから惜しかったなぁ」

「あー、俺も頼まれたけど断ったわ。何かあったらなぶり殺されるもんな」

「まったくだ。理性がブチ切れた団長なんて、絶対に相手にしたくねぇ」


 ぶるぶる震えたり顔をしかめたりしながら言い合った男たちは、最後にはげらげら笑いながら剣技訓練に戻っていった。

 


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