私は今日、初恋の人をお金で買います。
風俗で初恋の人に巡り会える確率って、一体何パーセントなんだろう。
10%? 50%? あるいは案外高くて、80%くらいはいっちゃうものなのだろうか――?
「――神童さん、今回のコンペ勝ち抜いて受注取れたって本当!?」
オフィスに響き渡る、先輩社員の興奮した声。私は手元の資料からふっと顔を上げ、控えめかつ完璧な角度で笑みを浮かべた。
「はい。先方の抱えていた課題に対して現場目線の運用プランをご提案したところ、無事に評価していただけました。……ですが、それもチームの皆様の的確なフォローがあったからこそです」
「いやいや! 入社一年目で文句なしのトップ成績でしょ? 本当、うちの部署の救世主だよ」
周囲からの称賛と羨望の視線を笑顔で受け流しながら、私はキーボードを滑らかに叩き続ける。
大手総合商社の営業部。激務とプレッシャーで脱落していく新人も多い中、私は持ち前の要領の良さと機転、そして長年培った度胸で、すべての業務を何食わぬ顔で完璧にこなしていた。
端正な顔立ちに加え、スタイルも抜群。意志の強さを感じさせる涼しげな目元も魅力的――そんな評判は社内だけに留まらず、社外にまで飛び交っている。
要領よく仕事をこなし、容姿にも恵まれているとなれば、結果が出るのも必然だ。営業職は、きっと私に向いている仕事なのだと思う。
もちろん、大半は社交辞令だと分かっている。それでも、幼い頃から男女を問わずそう言われ続けてきた事実が、なによりの証明なのだろう。
実家はそこそこ名の知れた合気道の道場で、幼い頃から否応なしに稽古をつけられてきた私は、半ば強制的に師範の資格まで取らされた。けれど、跡を継ぐ気なんてサラサラない。
屈強な肉体を持つ門下生たちから「お嬢」と崇められ、畳と汗の匂いが漂う道場の中で生きていくなんて冗談じゃない。
「神童さんって、彼氏いるのかな?」
「お前も狙ってんの?」
「でもさ、あれだけ美人だったら普通はいるよな?」
男性社員たちが囁き合う声や、遠回しなアプローチは日常茶飯事だ。
(……はぁ。むさ苦しい男たちに囲まれるのは、実家だけでお腹いっぱいなのよ)
心の中で深くため息をつく。表向きはそんなアプローチも完璧にあしらっているけれど、私の恋愛対象は100%女性だ。
というより――高校時代からずっと、ひとりの女の子に囚われ続けている。
帰宅すると、いつものように「お嬢、お勤めご苦労さまです!」と夜稽古に集まる門下生たちから次々と声をかけられる。それを適当に受け流しながら、私は一直線に自室へと向かった。
ようやく静けさの残る部屋へ辿り着き、窮屈なスーツを脱ぎ捨てると、そのままベッドの上へ倒れ込んだ。
――ギシッ、とバネが小さく軋む音が、暗がりの中に虚しく響く。
階下の道場からは、夜稽古が始まったのか男たちの野太い掛け声が微かに届いてくる。
「……はぁ。かわいい女の子の声が聴きたい……」
兄弟は弟が二人。妹の誕生を願っていた私の切実な祈りは叶わず、道場の門下生も見渡すかぎり男ばかり。この広い敷地内に存在する女性は、私と母の二人だけだ。
静まり返った自室に響くのは、己の虚しい溜息と、階下から届く野太い雄叫びだけ。
仰向けになったまま、ゆっくりと天井へ手をかざす。
脳裏をよぎるのは、六年前のあの日――男たちに囲まれていた彼女の手を何気なく取ったときの、神狩結愛の感触。
折れてしまいそうな華奢な腕。色素の薄い、吸い込まれそうな瞳。そして、吐息を零した、小さな唇。
でも、彼女は――。
(……いつまでも、叶わない初恋を引きずってても仕方ないか。社会人一年目も終わるんだし……ちゃんと諦めて、前に進まなきゃ)
人肌恋しさと寂しさに背中を押されるように、私はスマホを取り出した。
以前から密かに気になっていた『女性専用風俗』の文字を検索窓に打ち込み、表示されたサイトの中から何気なく目に留まったひとつをタップする。
(プロの女の子に甘やかされて、この未練を綺麗さっぱり洗い流そう。……それが今の私にとっての最適解に違いない)
自分にそう言い聞かせ、半ばヤケクソで会員登録を済ませると、そのままキャスト一覧のページをスクロールしていった。
――ふと、あるプロフィールで指先が反射的に止まる。
画面に映し出された、一人のキャスト。
透き通るような白い肌。華奢でありながら、出るべきところは出ている魅力的な身体つき。あの頃より少し大人びた雰囲気を纏ってはいるが、見間違えようもない。
「――っ!?」
思わずベッドから飛び起き、スマホの画面に顔を近づける。
何度も目を擦り、画面を拡大し、プロフィールの紹介文を穴が空くほど読み返した。
『新人キャスト:ユア(22歳)』
「――間違いない。神狩、結愛だ……」
疑う余地すらない。
他のキャストの中には薄くモザイクをかけている者もいるというのに、彼女――神狩結愛は、証明写真並みにはっきり写った誤魔化しが一切効かない写真で、溢れんばかりの笑顔を弾けさせている。
「……どうして? なんで神狩さんが、こんなところに――」
頭の中が一瞬で真っ白になる。
……でも、動揺が一周回った脳内で、突如として何かが弾けた。
「……お金さえ払えば、合法的に神狩さんに会えて、あわよくば触れ合えるってこと……?」
諦めるんじゃなかったの?
――うん、そのつもりだった。
でも、神様がくれたとしか思えない千載一遇のチャンスを目の前に突きつけられたら、話は別だ。
予約する? しない?
心の中で自問自答したところで、そんな問いかけは愚問だろう。
答えなんて、彼女を見つけた瞬間に決まっている。
『初恋は叶わないほうがいい。綺麗な思い出のままで終われるから』
どこかで聞いたような綺麗事。だけど、そんなはずはないだろう。諦めきれない恋だってある。
ましてや――私のように、諦めようとした瞬間に巡り会ってしまうことだってあるのだから。
この奇跡を与えてくれた神に惜しみない感謝を捧げ、私は歓喜に震える指先で、迷わず予約ボタンを力強くタップした――。
初めまして!ぬまるる(作者)と申します。 本作を見つけていただき、ありがとうございます!
少しでも「続きが気になる!」と思って下さった方は、【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、作者の心のステータスも上がっていくかと思います。……何卒っ!




