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初心者ダンジョンを掃除してたら、ドローンが親になりました  作者: ギズモ


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1/2

第1話 安全祈願をしただけなんですが

 今日は何も起きませんように。


 最近、ダンジョンへ入る前にはそう思うことが増えた。


 俺――佐倉直人は探索者だ。


 ただし、モンスターを倒したり、宝箱を探したりするのが仕事ではない。


 持っているスキルは《浄化》。


 汚れや、軽い魔力残滓なんかを取り除く生活系スキルだ。


 だから普段は、初心者ダンジョンの清掃依頼を受けている。


 ゴミを拾う。


 血痕を消す。


 スライムの粘液を片付ける。


 それだけ。


 本当に。


 それだけでいい。


 今日は、そのいつもの清掃依頼へ向かう途中だった。


「……こっちで合ってるよな」


 スマホの地図を見る。


 いつも使っている道が工事で通れず、一本裏の道へ入っていた。


 住宅地を抜け。


 少し細い道へ。


 その途中で。


「あれ?」


 道の脇。


 木々に半分隠れるように、小さな祠があった。


 石造り。


 俺の腰くらいまでしかない。


 かなり古そうだ。


 周囲には落ち葉。


 空き缶。


 菓子の袋。


 祠そのものにも、土埃や苔がついている。


「…………」


 別に。


 俺の仕事ではない。


 今日の清掃場所はここじゃない。


 時間もある程度決まっている。


 そのまま通り過ぎてもいい。


 ただ。


 これからダンジョンへ入る。


 最近の俺は。


 ダンジョンで床が抜けたり。


 帰り道が消えたり。


 コアに逃げられたりしている。


「……安全祈願くらいしとくか」


 立ち止まった。


 まず空き缶を拾う。


 袋も拾う。


 落ち葉を端へ寄せる。


 祠の表面についた泥を軽く払う。


 ここまで来ると。


 汚れが気になる。


「ついでに」


 右手を向ける。


「《浄化》」


 淡い白い光。


 祠を覆っていた黒ずみや苔が薄れていく。


 石本来の色が戻った。


「よし」


 綺麗になった。


 俺は祠の前で手を合わせる。


「今日も何も起きませんように」


 数秒。


 頭を下げる。


 顔を上げた。


 ゴゴッ。


「…………」


 聞こえなかったことにしたい。


 ゴゴゴゴゴ――。


「…………」


 足元が震えた。


 頭上を飛んでいた中継ドローンが急停止する。


『周辺に異常振動を検出』


「知ってる」


 祠を見る。


 さっきまで。


 ただ石の祠があった場所。


 その奥。


 影が。


 伸びている。


「……え?」


 祠の背後にあった土壁が、ゆっくり奥へ沈んでいく。


 崩れているわけじゃない。


 穴が開いているわけでもない。


 空間そのものが。


 奥へ。


 奥へ。


 広がっていく。


 やがて。


 人が一人通れるほどの暗い入口が現れた。


 中継ドローンが向きを変える。


 ライトが暗闇を照らす。


『未知の地下空間を確認』


「…………」


『魔力反応を検出』


「…………」


『ダンジョン反応と一致』


 俺は。


 今綺麗になった祠を見る。


 その奥にできたダンジョン入口を見る。


 もう一度。


 祠を見る。


「安全祈願したんですけど」


 答えはなかった。


     ◇


 中継ドローンが自動で協会へ通報した。


 数十秒後。


『佐倉さん』


「はい」


 聞き慣れた声。


 探索者協会の、いつもの男性職員だった。


『その場から動かないでください』


「帰っても?」


『いけません』


「ですよね」


 最近。


 このやり取りにも慣れてきた。


『現在、中継ドローンを通して現地状況を確認しています』


「俺、何もしてないですよ」


『そこは後ほど確認します』


「祠を掃除しただけです」


『それも後ほど確認します』


「《浄化》はしました」


 沈黙。


「…………」


『その件も後ほど詳しく伺います』


「言わなきゃよかった」


『記録されています』


「ですよね」


 全部。


 ドローンが見ている。


『佐倉さんはその場で待機してください。ドローンのみ内部へ進入させます』


「俺は入らなくていいんですね?」


『はい』


「よかった」


 本気で。


 ドローンが俺の頭上から離れる。


 祠の奥。


 今できたばかりの入口へ、ゆっくり進入していった。


 俺は外。


 素晴らしい。


 やがて、ドローンの姿が暗闇の向こうへ消えた。


 少しして。


 手元のスマホが震える。


 画面を開く。


 中継ドローンが撮影している内部映像が表示された。


 同時に、協会との通信もスマホへ切り替わる。


『映像受信良好』


 今度はスマホから、職員の声が聞こえた。


『通路幅、約二メートル。内部照明を確認』


 画面を見る。


 石造りの通路。


 その先には、淡い光が等間隔で並んでいる。


「もう照明あるんですか?」


『魔石と思われる発光体が一定間隔で存在します』


 画面の中で、ドローンがさらに進む。


 灰色の石壁。


 石造りの床。


 見た感じ。


「普通のダンジョンですね」


『現時点では』


「その言い方やめません?」


 ドローンが進む。


 分岐。


 一つ。


 また通路。


『モンスター反応なし』


「いないんですか?」


『現時点では確認されていません』


 罠もない。


 大きな魔力異常もない。


 構造も単純。


 そして。


「……汚いですね」


 思わず言った。


 映像に映る床。


 土。


 埃。


 石粉。


 壁際には枯れ葉まで入り込んでいる。


「今できたんですよね?」


『そのはずです』


「なんでこんな汚れてるんです?」


『不明です』


 また不明。


 嫌な言葉だ。


 ただ。


 不気味というより。


 本当に。


「掃除したいなあ」


『…………』


「今の忘れてください」


『記録されています』


「ですよね」


 ドローンはさらに奥へ。


 数分後。


 少し広い部屋へ出た。


 中央。


 青白い結晶。


 人の胴体ほどの大きさ。


 台座の上に浮いている。


 俺は。


 スマホの画面越しなのに、少し身構えた。


「普通の方ですよね?」


『外見上は、従来確認されている攻略核と同種です』


「よかった」


 巨大じゃない。


 逃げそうでもない。


 黒い何かもついてない。


『内部走査を完了します』


 俺はほっとした。


「じゃあ帰っていいですか?」


『現地調査班が到着するまで待機してください』


「まだ?」


『当然です』


「ですよね」


     ◇


 内部調査を終えた中継ドローンが、祠の入口から戻ってきた。


 通信もいつものドローン経由に戻る。


 協会の現地調査班が来たのは、それから三十分ほど後だった。


 祠の周囲が規制される。


 測定器。


 追加ドローン。


 簡易柵。


 次々に設置されていく。


 俺は少し離れたところで待っていた。


「なんでこうなったんだろう」


 祠を掃除した。


 ダンジョンができた。


 それだけ並べると。


 完全に俺が悪い気がする。


 でも。


「偶然ですよね?」


『現時点では因果関係を確認できていません』


「ですよね」


 よかった。


『ただし、祠への《浄化》直後に空間形成が開始されています』


「…………」


 よくなかった。


 調査は続いた。


 一時間ほど。


 結果。


 暫定的には。


 小規模な初心者級ダンジョン。


 内部一階層。


 モンスター反応なし。


 罠なし。


 攻略核と思われる物体あり。


 危険な魔力変動なし。


 協会の調査員も実際に内部へ入り、安全確認を終えた。


 ようやく。


「じゃあ今度こそ、元の清掃依頼に――」


「佐倉さん」


 現地へ来ていた協会職員が声をかける。


「はい」


「一つお願いがあります」


「嫌です」


「まだ内容を言っていません」


「だいたい分かります」


 俺は入口を見る。


 汚れている。


 非常に。


「清掃をお願いできますか?」


「ほら」


 やっぱり。


「新生ダンジョンの初期状態を確認する意味もあります」


「俺、別のダンジョン掃除しに行く途中だったんですけど」


「そちらには事情を説明してあります」


「早いですね」


「清掃報酬も別途支給します」


「やります」


 我ながら。


 現金だと思う。


     ◇


 安全確認済み。


 一般探索者は当然まだ入場禁止。


 追加ドローンによる監視付き。


 何か異常があれば即退出。


 その条件で。


 俺は新しくできたダンジョンへ入った。


 頭上には、戻ってきた俺の中継ドローン。


「……本当にできてる」


 改めて見ると。


 変な気分だった。


 一時間ちょっと前まで。


 ここには何もなかった。


「まあ」


 俺は清掃道具を持ち直す。


「掃除するか」


 床の土埃。


 ブラシ。


 回収。


 壁の汚れ。


「《浄化》」


 消える。


『活動値変化なし』


「よし」


 少し先。


 泥。


「《浄化》」


『変化なし』


「よし」


 さらに先。


 石粉。


 掃き集める。


 袋へ。


「…………」


 何も起きない。


 素晴らしい。


「こういうのでいいんですよ」


『引き続き観測します』


「ずっとそれでお願いします」


 新しい通路も生えない。


 壁も動かない。


 モンスターも出ない。


 活動値も変わらない。


 コアも逃げない。


 順調。


 本当に順調。


「今日いけるな」


『何がですか』


「普通に終われそうです」


『現時点では』


「だからそれやめません?」


 そのまま。


 難なく最深部へ着いた。


     ◇


 コアルーム。


 中央に青白い結晶。


 普通。


 大きさも普通。


 光り方も普通。


「普通ですね」


『異常反応なし』


「その言い方好きです」


 コアそのものには近づかない。


 まして触らない。


 俺が掃除するのは周囲だけ。


 床。


 壁。


 台座から十分離れた場所。


 この辺はもう身体が覚えている。


「《浄化》」


 薄い汚れが消える。


『変化なし』


「よし」


 最後。


 入口側の床。


 ここを終えれば終了。


 右手を向ける。


「《浄化》」


 白い光。


 汚れが消えた。


「終了」


 道具を片付ける。


 帰る。


 今日は。


 本当に。


 それだけだった。


 ピッ。


「…………」


 ドローンが鳴った。


「何です?」


『攻略核に魔力変動を確認』


「何もしてませんよ」


『確認しています』


 コアを見る。


 青白い結晶。


 淡く。


 光っている。


「俺、触ってないですよね?」


『接触記録なし』


「《浄化》も当ててないですよね?」


『対象への直接使用なし』


「じゃあ俺じゃないですね」


 光が強くなった。


「…………」


『魔力反応上昇』


「帰っていいです?」


『その場で待機してください』


「それ絶対帰れないやつじゃないですか」


 結晶の前。


 光が集まる。


 小さな塊。


 形になっていく。


「何か出てません?」


『生命反応を確認』


「モンスター?」


 俺は後ろへ下がる。


 さらに。


 もう一歩。


 光が消えた。


 そこに。


 小さな何かがいた。


「…………」


 蝙蝠。


 いや。


 人?


 黒っぽい翼。


 小さな手。


 小さな足。


 大きな耳。


 顔は。


 どことなく人っぽい。


 でも蝙蝠っぽい。


 大きさは。


 ドローンの上に座れそうなくらい。


「……蝙蝠男?」


『未登録モンスター個体を確認』


 小さな蝙蝠男が。


 俺を見る。


「…………」


 俺も見る。


「…………」


 何もしない。


 次に。


 蝙蝠男の視線が。


 俺の横へ移った。


 中継ドローン。


「ん?」


 ドローンが少し右へ移動する。


 蝙蝠男の顔も右へ。


 左へ。


 左を見る。


「…………」


 俺じゃない。


 蝙蝠男が翼を広げた。


 飛ぶ。


 俺は身構える。


 でも。


 こっちには来ない。


 そのまま。


 ドローンの上へ。


 ぽすっ。


『機体上部への接触を確認』


「見れば分かります」


 蝙蝠男は。


 ドローンの上に座った。


 そして。


 満足そうに。


 ニィッ。


 笑った。


「…………」


 牙。


 細い目。


 ものすごく怖い顔。


「今、笑ったんですよね?」


『敵対反応は確認されていません』


「いや、顔が」


 蝙蝠男。


「キィ!」


 もう一度。


 ニィッ。


「笑わない方が可愛いなあ」


『佐倉さん』


 いつもの職員の声。


「はい」


『その個体へ触れないでください』


「触る気ないです」


『ドローンから離れてください』


「俺が?」


『念のためです』


「はい」


 一歩離れる。


 蝙蝠男。


 無反応。


 俺がさらに離れる。


 無反応。


 ドローンだけが少し動く。


 蝙蝠男も。


 上に乗ったまま動く。


「…………」


 俺を見る気配すらない。


「俺じゃないんだ」


『そのようです』


「ちょっとくらいこっち見てもよくないです?」


『安全上は好都合です』


「そうなんですけど」


 なんとなく。


 納得いかなかった。


     ◇


 翌朝。


 スマホが鳴った。


 探索者協会。


「…………」


 知ってた。


 通話に出る。


「はい、佐倉です」


『昨日確認された個体について、追加検査の結果が出ました』


「そうですか」


『本日、協会までお越しいただけますか』


「やっぱり」


 電話を切る。


 目の前。


 中継ドローンが浮いている。


 その上。


 昨日生まれた小さな蝙蝠男。


「キィ」


 ニィッ。


「……呼び出されると思ってたよ」


 蝙蝠男は。


 やっぱり怖い顔で笑っていた。

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