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第51話:在るべき場所へ

「四人で暮らせないか?」

太郎は美香へ想いを伝える。

だが真美の狂気はもっと危険な方向へ進み始めていた。

真美から送られてきた写真を見た夜、太郎はほとんど眠れなかった。


頭の中には、いくつもの顔が浮かんでいた。


陽菜。

そして——翔太。


会ったことのない息子。

制服姿で歩く翔太の写真が、何度も頭の中に浮かぶ。


美香が言った言葉。


「太郎に似てる」


あの目。


写真の中の少年の目を、太郎は何度も見返した。

確かにどこか、自分に似ている気がした。


胸が苦しくなる。


17年間。


父親として、何もしてこなかった。


その事実が、重くのしかかる。


そして同時に、陽菜の顔も浮かぶ。


あの自殺未遂の夜。


病院のベッドで泣いていた娘。

壊れていく家庭の中で、ずっと苦しんできた。


太郎は暗い部屋の中で天井を見つめながら思った。


「このままでいいのか」


答えは、すぐに出た。


よくない。

何もかも壊れている。


真美との関係も。

家庭も。

子どもたちも。


そして——

美香。


太郎は目を閉じた。


もし、すべてやり直せるなら。

もし、もう一度人生を選べるなら。


その時、ある考えが頭に浮かんだ。


最初は、ありえないと思った。


でも。


何度も考えるうちに、その思いは強くなっていく。


「…一緒に暮らせないか」


太郎は小さくつぶやいた。


陽菜。

翔太。

美香。

四人で。


壊れた人生を、もう一度作り直す。

もちろん簡単じゃない。


むしろ不可能に近い。


でも。

それでも。

今のままよりは、ずっといい。


太郎は朝になるとすぐ、美香に連絡した。


昼過ぎ。


二人はまた会った。


昨日と同じカフェ。


美香は少し疲れた顔をしていた。


「大丈夫?」


太郎が聞く。


美香は苦笑した。


「翔太に心配された」


太郎の胸がざわつく。


「なんて言ってた?」


「最近元気ないって」


太郎は何も言えなかった。


美香は太郎を見た。


「太郎も寝てないでしょ」


「まあな」


少し沈黙が流れる。


太郎は覚悟を決めて言った。


「美香」


「うん?」


太郎はまっすぐ美香を見た。


「考えたんだ」


「何を?」


太郎は深く息を吸った。


「俺たちのこれから」


美香の表情が少し固くなる。


太郎は続けた。


「俺、もうこのままじゃダメだ」


「…」


「陽菜も壊れてる」


美香は静かにうなずいた。


太郎は言った。


「翔太のことも知った」


その言葉に、美香の目が揺れる。


「だから思った」


太郎はゆっくり言った。


「やり直したい」


美香は驚いたように見た。


「やり直す?」


太郎はうなずいた。


「俺の人生」


そして、少し間を置いて言った。


「四人で暮らせないか?」


空気が止まった。


美香は完全に固まっていた。


「……え?」


太郎は続けた。


「陽菜と」

「翔太と」

「美香と」

「俺」


美香は言葉を失っていた。


「そんな…」


太郎は真剣だった。


「陽菜は今、この家じゃダメだ」


真美の狂気。

家庭の崩壊。

あの家はもう安全な場所じゃない。


「翔太も」


太郎は言った。


「真美に狙われるかもしれない」


美香の顔が青くなる。


太郎は続けた。


「俺が守る」


その言葉は重かった。


「二人とも」


「…」


「父親として」


美香の目から涙がこぼれた。


「太郎…」


「もちろん簡単じゃない」


太郎は言った。


「離婚もある」

「翔太のことも説明しなきゃいけない」

「世間もある」

「全部大変だ」


でも。


太郎は言った。


「それでも」

「このままよりいい」


美香は泣きながら笑った。


「太郎…」


「うん」


「そんな簡単な話じゃないよ」


「わかってる」


「翔太だって…」


美香は言葉を詰まらせた。


「急に父親が現れて」


太郎は静かに言った。


「嫌われるかもしれない」


「…」


「それでもいい」


美香は驚いた。


太郎は続けた。


「俺は逃げない」


17年前。


逃げた。


でももう逃げない。


太郎は言った。


「俺、父親になる」


その言葉を聞いたとき。


美香の涙は止まらなかった。


だが——

その時だった。


太郎のスマホが震えた。


画面を見る。


送り主は——

陽菜


太郎はすぐ電話に出た。


「陽菜?」


だが。

聞こえてきた声は震えていた。


「お父さん…」


太郎の胸がざわつく。


「どうした」


陽菜は泣きながら言った。


「お母さんが…」


太郎の心臓が止まりそうになる。


「何?」


陽菜の声は震えていた。


「知らない男と家にいる」


太郎の背筋が凍った。


そして陽菜は続けた。


「しかも…」


言葉が途切れる。


「どうした」


陽菜は泣きながら言った。


「私の部屋…勝手に入ってる」


太郎は立ち上がった。


真美の狂気は——


まだ終わっていなかった。


むしろ。


もっと危険な方向へ、進み始めていた。

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