第49話:美香の秘密
「私の子供、太郎との子供なの」
美香が打ち明けた真実。
太郎の胸の奥で、何かが大きく崩れていく。
真美に美香との関係を知られた夜から、太郎の胸には嫌な予感が張りついて離れなかった。
真美の目。
あの狂ったような笑い。
「壊してやるから」
その言葉が何度も頭の中で繰り返される。
翌朝、家の中は異様に静かだった。
真美の姿はない。
陽菜の部屋のドアも閉まったままだった。
太郎は仕事へ向かったが、まったく集中できなかった。
昼過ぎ。
スマホが震えた。
画面を見ると——
美香
太郎の胸が跳ねた。
電話に出る。
「もしもし」
だが、いつもと違った。
美香の声が震えている。
「太郎…」
「どうした?」
短い沈黙。
そして美香が言った。
「真美から連絡がきた」
太郎の背筋が凍った。
「……何て?」
美香は少し息を吸った。
「全部知ってるって」
太郎は目を閉じた。
やはり来た。
「大丈夫か?」
「うん…」
でも声は明らかに動揺している。
美香は続けた。
「会える?」
太郎はすぐに答えた。
「今から行く」
その日の夜。
太郎は美香と会った。
場所は、以前と同じ静かなカフェだった。
だが、空気はまったく違った。
美香の顔色は悪い。
手も少し震えている。
太郎は椅子に座りながら言った。
「ごめん」
それしか言葉が出なかった。
美香は首を横に振った。
「太郎のせいじゃない」
でも目はどこか遠くを見ていた。
「真美、なんて言ってた」
太郎が聞くと、美香はゆっくり言った。
「最初は普通だった」
「…普通?」
「太郎とまだ関係あるの?って」
太郎は黙って聞いていた。
「でも途中から変わった」
美香の声が少し震える。
「あなたの家庭壊した女って言われた」
太郎は拳を握った。
「違う」
「うん」
美香は静かに言った。
「でもね」
そこで言葉が止まる。
太郎は顔を上げた。
「どうした」
美香はしばらく黙っていた。
そして——
「太郎」
ゆっくり言った。
「ずっと言えなかったことがある」
太郎の胸がざわつく。
「何?」
美香は深く息を吸った。
そして言った。
「私の子ども」
太郎は一瞬、意味がわからなかった。
「…うん」
「太郎との子どもなの」
時間が止まった。
太郎の頭が真っ白になる。
「……え?」
声がかすれる。
「何言って…」
美香はまっすぐ太郎を見た。
「本当」
太郎の心臓が激しく鳴り始めた。
「だって…美香の子ども…旦那の…」
美香は静かに首を振った。
「違う」
太郎は息が止まりそうだった。
美香はゆっくり話し始めた。
「あの頃」
太郎と美香が付き合っていた最後の頃。
太郎はすでに真美と関係を持っていた。
そして美香に浮気がバレた。
「別れたあと、気づいた」
美香の声は静かだった。
「妊娠してた」
太郎の頭の中で、過去の記憶がよみがえる。
あの頃。
最後に会った夜。
そのあとすぐ、すべてが壊れた。
「なんで言わなかった」
太郎の声は震えていた。
美香は苦しく笑った。
「言えなかった」
「どうして?」
「だって」
美香の目に涙が浮かんだ。
「太郎、真美と結婚するって言ったから」
太郎の胸が締め付けられる。
美香は続けた。
「壊したくなかった」
「…」
「太郎の人生」
その言葉が重くのしかかる。
「それで?」
太郎は聞いた。
美香は言った。
「そのあと、今の旦那と付き合った」
太郎は黙っている。
「全部話した」
「え?」
美香はうなずいた。
「子どもがいること」
「太郎の子どもだって」
太郎は信じられなかった。
「それで結婚したのか」
「うん」
美香は静かに言った。
「この子は俺の子として育てるって」
太郎は言葉を失った。
胸の奥から何かが込み上げてくる。
「なんで今言った」
やっと絞り出した言葉だった。
美香は目を伏せた。
「真美が言ったから」
太郎の背筋が冷える。
「何て?」
美香はゆっくり言った。
「もし太郎とまた関係あるなら」
「…」
「子どものこと全部バラすって」
太郎の頭の中が真っ白になった。
真美はそこまで調べていたのか。
美香は涙をこぼした。
「ごめん」
「なんで謝るの?」
「だって」
美香は震える声で言った。
「太郎の人生、また壊すかもしれない」
太郎は何も言えなかった。
目の前にいる美香。
そして——
自分の知らなかった子ども。
存在すら知らなかった。
太郎の胸の奥で、何かが大きく崩れていく。
そして同時に。
真美の狂気が、さらに恐ろしい形で迫っていることを、太郎はまだ完全には理解していなかった。




