97:天は二物を与える。
「そこだ! グリューネス隊長、行け!! やれ!!」
ドームに覗き穴を作って、外の様子を見た。
王国騎士団とうちの騎士団、合わせると四十人ぐらいが駆けつけ、傭兵たちを蹂躙していく。
さっきまで多勢に無勢の「無勢」はこっちだったんだけど、完全に逆転している。
そのうえ、個々の技能も完全に騎士たちの方が上だ。
当然だ。
蛮族が襲ってくるかもしれない国境なんだから、精鋭の騎士たちで部隊編成されているだろうしね。
蛮族が来なくても、モンスターは襲ってくる。
何にしても、名ばかり騎士はひとりもいない。
くくくく。最強じゃん、ゼナス騎士団!
「ディルムット様。お出になっていただいて結構ですよ」
「ロバート卿」
「怪我人がいらっしゃるようで。奥様がすぐに到着されます」
グスタフはちゃんと状況説明をしたようだな。感心だ。
錬金魔法でドームを崩し、外へ出る。
傭兵はもちろん、オズワルズと魔術師も既にお縄になっていた。といっても、傭兵の七割ぐらいは地面に倒れて動いていない。死んでいるんだろう。
やるからには、やられる覚悟もしとけってことだ。
「クソ! てめぇ、オズワルズ伯爵。話が違うじゃねえか!」
「王国騎士団がいるなんて、聞いてねぇぞっ」
「だだ、だ、黙れ! この無能どもめがっ」
まぁ王国騎士団が到着したのは、つい最近だしな。
というか、そのつい最近を知らなかったってことは、こいつらも一日二日前にここへ来たのか。
もしかして子爵を追って?
おっと。子爵の様子を見ないとな。
馬車の所でグスタフが泣きじゃくっている。
もしかして手遅れだったのか?
「ディル。子爵様はどちらに?」
「母上! 馬車の脇にいらっしゃいます」
果たして母上は間に合ったのか。
「兄上……またあなたですか!」
父上殿も一緒か。
さて、あのバカをどうしてくれようか。まぁとりあえず殴っておくかな。前回、そう宣言してやったんだし。
はぁーっ。
拳骨に息を吐きかけ、それから縄で縛られたオズワルズの顔面を殴った。
「んぐわっ」
「ディ、ディルムット殿!?」
「すみません、グリューネス隊長。以前この男が来た時に、言ったんです。次、また来たらぶっ飛ばすって。有言実行なんです」
「……気は晴れましたかな?」
「んー、あんまりですね」
そう答えると、グリューネス隊長が苦笑いを浮かべた。
「ク、クソッ。俺様をバカにしやがって」
「え? 何当たり前のことを言っているんですか? もしかして自分は賢くて高貴だとか思ってます? ぷふ」
「くぬああぁぁぁっ。サウル! 貴様の躾が悪いからこうなるのだぞ!」
「兄上。そっくりそのままお返しします」
うんうん。躾の悪さならランドファスの方が上だろう。
「き、貴様までバカにするのか! こうなったら決闘だ! 貴様を倒し、どちらが格上か教えてやる! そのうえで、勝った者がゼナスの領主となるのだ!!」
何を言っているんだ、この男は。
ゼナスの領地は国王陛下から与えられた土地だぞ。それを賭けの対象にしようなんて……あ、グリューネス隊長の顔が怖い……。
まぁもちろん、そんなバカな勝負を父上殿が受けるわけもなく。
「では、あなたが負けた場合は、国王陛下の前で大人しく真実を話すと誓いますか?」
「ち、父上?」
「ふんっ。真実だと? ディルムットが侯爵のネックレスを盗んだこと以外に、何の真実があるというのだ。あ?」
ダメだこりゃ。
「……兄上。教えてください」
「ふんっ」
「あなたは、ディルムットも殺めるつもりだったのですか?」
ふぉ……な、なんだ、この背中がぞくぞくする感じは。
「ディルムット様。少しお下がりください」
「ロ、ロバート卿?」
見上げると、ロバート卿の額に汗が。
ロバート卿だけじゃない。うちの、そして王国騎士団の面々も一歩、また一歩と下がっている。
な、何が起ころうとしている?
「ふんっ。だったらなんだというのだ! 俺様を裏切ったグランシュを片付けるのに、一緒にいたのだからついでだ、ついで」
「そうですか」
ぶわんっと風が舞う。
いや、風じゃない。こ、これ……魔力の渦!?
つ、つまり、今この場で、悪寒を感じているのは、魔力の流れを見れる者だけ。
その悪寒の源が……父上殿!?
そして、オズワルズは気づいていない。
これほど鋭利で冷たい魔力を父上殿は放っている。そのことにオズワルズは気づいていないんだ。
「サウル。魔法はなしだ。正々堂々と剣で勝負しろ!」
「いいですよ」
そう答える父上殿の顔に、いつもの柔和な笑みは浮かんでいなかった。
「よ、よろしいのですか、辺境伯様」
「隊長殿。ご迷惑をおかけしますが、審判をお願いします」
「そ、それはもちろん……」
「おい。勝負の決着方法だが、相手に膝をつかせて参ったと言わせるか、物言わぬ骸にした方が勝ちだ。いいな?」
なっ。正気なのか、オズワルズ。
それは完全に、死刑宣告を自分にするようなものだぞ?
「グリューネス隊長、わたしはそれで構いません」
父上殿がそう言うのならと、隊長は部下に剣をオズワルズに渡すよう命じる。
それを受け取ったオズワルズの顔には、暗い笑みが浮かんでいた。
「で、では……互いに正々堂々と――おい!」
決闘の合図を待たずして、オズワルズは飛び出す。
「ロバート卿。オズワルズは知らないのだろうか」
「おそらく知らないのでしょう。あの方はどこまでも、サウル様のことを知ろうとしませんでしたから。少しでも、ほんの僅かでも弟君のことを知る努力をしていれば、お二人の関係は違ったのかもしれません」
そうかもしれない。
少なくとも父上殿は、あいつのことを兄として見ていた。
奴は父上殿のことを、弟だとは思ってはいなかったようだけど。
だから知らなかったのだろう。知ろうとしなかったのだろう。
父上殿は……強い。
それは魔法に限らずにだ。
飛び出したオズワルズは、その手に握った剣をあっさり叩き落とされ、勢い余って顔から地面に倒れ込んだ。
慌てて立ち上がろうとしたが、その眼前に剣先が突きつけられる。
「わたしの勝ちです。兄上」
「きさ、貴様!? いったい何をした! 卑怯な真似をっ」
「何もしていませんよ、兄上」
「う、嘘を言うな! 貴様が得意なのは魔術であって、剣術ではないだろうっ。魔術師は体力もなく、剣に優れているはずがない!」
勝手な思い込みだ。天は二物を与える。
剣にも、そして魔術にも優れた人間をお作りになるのだ。
それが、お前の目の前にいる人物だよ。半分はお前と同じ血の流れた弟だ。
「降参なさってください。あなたがわたしに勝てる見込みは、万に一つもないのですから」
「ぐっ。くそっくそっくそっ」
見苦しい奴だ。ここで切り捨てられないだけ、感謝しろってん……あ。
奴が砂を掴んだ!
「くそぉぉぉ!」
「くっ」
オズワルズは掴んだ砂を父上殿に投げつける。
その隙に地面に落ちた剣を拾おうとしている。
「そうはさせるか!」
十二年半。この世界に転生してきて十二年半だ。
今日、初めて、明確に人を殺そうと思った。
躊躇いはない。むしろ今までよく俺は我慢したなと、自分を褒めてやりたい。
剣を抜き、奴の首を――突くその瞬間、大きな手が包んだ。
その手は父上殿のもので。
「ありがとう、ディルムット。だけどこれは、わたしがやらねばならないことなんだよ」
見上げた父上殿の顔は、どこか悲し気だった。
「死ね、サウルゥゥゥゥ」
剣を拾って振り向きざま、オズワルズが叫ぶ。
猪突猛進。そんな言葉が似あうだろうか。
鬼気迫るオズワルズの行動は、だけど父上殿にとって何の障害にもならなかった。
ひらりと風が舞う。
父上殿の鋭い斬撃が一振り。たった一振りだった。
首から鮮血をほとばらせ、どうっと倒れたのはオズワルズの方で。
奴はうめき声ひとつあげずに絶命した。
痛みを長引かせないようにしたのは、せめてもの父上殿の優しさだったのだろうな。
最後まであいつは、父上殿の優しさを知らずに逝ったのか。
それはそれで、なんだか腹立たしく感じた。




