79:辺境の小さな町、ゼナスだ。
「にゅうぅぅぅぅ」
「ふぅ。防壁はこんなもんかな。だいたい四倍に広げたけど」
元々あったゼナスを1としたら、北に1、西と東にそれぞれ0.5ずつ壁を伸ばした。
結果、村の面積は四倍になった。
端の方の住宅は水場まで遠くなったな。水路も作らなきゃ。
「ふんぬぅぅぅぅぅ」
でも優先すべきは住宅だ。移住希望者が到着したときに、家が間に合ってないなんて状況は避けたいからね。
「にゃあぁぁぁぁっ」
「なんですか、キャロ。さっきから変な声を出して」
ずっと俺の後ろをついてきていたキャロは、何が不満なのかずっとこの調子だ。
「オルマンさぁ~ん」
「お嬢はディルムット様に婚約者ができたと聞いて、不貞腐れているのだ」
「にゃああぁぁぁぁ!? オ、オル、オルマンッ。ななな、な、何を言ってるにゃ! う、うちは別に不貞腐れてないにぁ。そもそもディルみたいな子供、趣味じゃないにゃ。そう、うちは子供に興味ないにゃ」
「だそうなので、ディルムット様、安心してご結婚ください」
「ふにゃあぁぁぁぁ」
キャット・ルー族の方にまで婚約の件が伝わっているのか。
安心して結婚しろと言われてもなぁ。一応これはフリみたいなものだし。
「ディ、ディル……本当に婚約、したのかにゃ……」
「したのではなく、婚約者候補です。ですから、正確にはまだ婚約はしていません」
「本当!? じゃ、じゃ、ディルはどんな子は好みにゃ?」
「謙虚な子」
即答すると、キャロは静かになった。
「すみません」
「にゃ。なんで、なんで謝るにゃ」
「僕は、この国の貴族で、男爵家の嫡男です。家を、男爵家を守らなければなりません。そのためにも、結婚相手は同じ貴族から選ばなければならないのです」
「ディル……誰かを好きになることもできにゃいの?」
誰かを、好きに……。それっていいことなんだろうか。
俺にとって、それはあまり、いいことのように思えない。
前世の、クソみたいな両親は、あれでも一応恋愛結婚だったようだ。
母親はそれなりの美人で、父親もまぁそれなり?
お互い、顔にだけ惹かれあったんだ。それで付き合って、すぐ妊娠して、結婚して、俺が生まれた。
俺が生まれた途端、父親は浮気して家を空ける日が多くなった。
そして夫がいないのをいいことに、母親も男を家に連れ込んで……。
育児放棄ってやつだ。
三日ぐらいだったらしい。まともにミルクも飲まされず、俺はただただ泣き続けていたようだ。
ピタリと鳴き声が止んで、怖くなった近所の人が警察に連絡をして、俺は保護された。
餓死寸前だったとか。
そのことを知ったのは、父親が刑務所に入ったときだった。
担当していた刑事さんが、赤ん坊だった俺を保護した人だったんだ。
誰かを好きになるって、そういう危険性があるってことだ。
裏切られる危険性。
裏切られたことによる、裏切り行為をする危険性。
誰かを殺しかねない危険性。
「僕は……誰かを好きにはなりません」
「へ?」
お互い、愛し合って結婚した今の両親のように、上手くやれる自信が俺にはない。
でも結婚はしなきゃいけないんだ。貴族だから。
だったら政略結婚で十分だ。
必要な、形式的な結婚。家を守るため、子を残すだけの関係。
でもその方がきっと、俺は上手くやれると思う。
別に奥さんになる人を無下にするつもりはない。大切にするさ。
大切にすることと、愛することは別物だと思う。
でもきっと、友達にはなれるさ。
「あ、えっと……十歳の僕には、まだ人を好きになるとかいうのはわからなくって。クソ伯父みたいな奴は大っ嫌いですけどね」
「あぁ、二年前に来た奴にゃね」
「王都から帰って来る時にも会ったんですよ。というか待ち伏せしていました」
「にゃ!? 懲りない奴にゃねぇ。それで、どうしたにゃ?」
ふっ。俺の最高傑作、ロボット・ゴーレムで追いかけまわしてやったさ。
そう話すと、キャロはケタケタと笑った。
「あっはっは。うちもその様子、見たかったにゃ~。それにしても、あんな大きな物を錬金魔法で動かすなんて……ディルは変態にゃ」
「へ、変態!?」
「動かしたからって、何かあるわけにゃいのにさ~」
ロボットは男のロマンなんだぞ!
ふ。女の子にはわからないよなぁ。あの胸が高鳴りは。
「貴族は大変にゃね」
「あはは、そうですね。煩わしいこともありますが、僕は両親の子供に生まれてきて幸せです」
「そう、かにゃ……。うん、わかったにゃ。まぁうちはぁ、ディルみたいなおこちゃまなんか、好みじゃないしぃ。関係にゃいにゃ~」
「あ、あはは。はは」
「でも。これからも隣人として、ずっ友にゃ」
ず、ずっ友?
こっちの世界にも、そんな言葉あったんだ。
十年目にして初めて聞いたよ。
「はい。ずっ友です。これからもよろしくお願いします」
「うにゃ。ところでディル。こんなに壁の内側を広くして、どうするにゃ」
「あぁ、実はですね」
元の男爵領にいた人たちが、また父上の元で働きたい。
そう言っていると、王都で陛下から聞いたことをキャロに話した。
「もしかして、その人たちのための家にゃか?」
「はい。人手が増えれば、やれることも増えます。ただ一度にたくさんの人に来られても、また食料不足問題になってしまいますので。段階的に、移住希望者を受け入れることにしたんです」
その件は既に、父上殿の方で陛下に手紙を出している。来月、二十家族ぐらいを受け入れる、と。
だからそれまでに家を二十軒、錬金しなければならない。
でも二十軒建てると、村の敷地がミッチミチになるなぁと思って、慌てて壁の拡張を先にした。
「ふぅん。でももっと建てるにゃ? そしたらもう、村じゃなくて町にゃね」
「町……そうですね。今だって、ここには七十軒ほどの家が建ち並んでいますし」
そこに二十軒追加すれば、住宅は九十軒だ。
はは、立派な町じゃないか。
あ、いや、小さな町か。
うん。辺境の小さな町、ゼナスだ。
「よぉし。町づくりに向けて、頑張るぞ~」
「頑張るにゃ、ディル。うちが応援してやるにゃ!」
……応援だけ、なの?




