71:思い出したぞ、こいつ。
誰かあの令嬢を娶ってくれ!!
そんなことを思いながら、昼食会を終え、翌日のお披露目会も終え。
「ずっと怯えて過ごしたせいで、一昨日の昼食会も昨夜のお披露目会も、何も覚えてない」
「坊ちゃま、おかわいそうに」
「ほんとだよ。僕かわいそう」
なんていうと、マーガレットやフィッチャー、ロバート卿まで笑い出す。
でも笑いごとじゃない。
相手は侯爵家だ。
爵位が上なぶん、万が一婚約の申し入れなんかあった日には、こちらから断りにくくなってしまう。
それを避けるために別の家門の令嬢と婚約でもしようもんなら、クリスティーナ嬢のことだ。どんな嫌がらせを、お相手の令嬢にするかわかったもんじゃない。
はぁ……。
フェリクス様の妹君、ルシェット嬢とは顔も知っているし……あ、この二年で忘れられたりしていないかな?
でも同じ侯爵家だ、ルシェット嬢なら嫌がらせを回避できる。かもしれない。
それにお二人の家門とは家族付き合いもあるし、爵位の差はあれどお許しいただけるかも。
だがしかし、ルシェット嬢はどうしてもダメな理由があるんだよな。
だってルシェット嬢とうちのジークが、とぉっても仲良しだから。
この二年の間、なんと二人は俺と同じで手紙のやり取りをしていたんだ。
憎いねぇ、我が弟よ。
二人が恋愛結婚できることを、兄は祈っているよ。
「はぁぁぁ……」
「ま、まぁまぁ、そないふか~い溜息なんか吐かんと。今日はぱぁっと買い物でもしましょう。ね?」
「今日はっていうか、今日しかないんだけどね」
「せやから、はよ出かけんと。お土産買って帰れませんよ」
フィッチャーの言うとおりだ。
明日の朝には王都を出発する。それまでに買い物を済ませないと。
「じゃ、町へ繰り出しますか」
離宮を出るために玄関ホールへ。
どこかの窓が開いていたのか、外へ出る直前、強い風が吹いた。
その風に乗って、白いハンカチが飛んでくる。
「あっ」
上の方から、女の子の声がした。
ハンカチの持ち主だな。持って行ってやろう。
「ちょっと待ってて」
三人にそう声を掛け、ホールの階段を上って二階へ。
あぁ、吹き抜けになっているここの窓が全部、開いているんだな。
廊下の先にメイドを連れた、少しふくよかな令嬢がいた。
頭からショールを被ってるな。
あぁ、今日は少し日差しが強いもんね。女の子ってのは、どこの世界でも日焼けを気にするもんだ。
「このハンカチは、令嬢のものでしょうか?」
背を向けたままの令嬢に声を掛けた。が、振り向かない。
違ったかな?
いや、隣のメイドは会釈をして「そうです」と。
な、なんで振り向いてくれないんだろう。
ま、まぁいいか。
みだりに異性と口を聞いてはいけないと教育されている令嬢もいるっていうし。
メイドの方がやって来て、ハンカチを受け取ってくれた。
その時、また風が吹く。
「きゃーっ」
「うわっ」
カーテンが舞い、視界が遮られる。
「お嬢様、御髪が。部屋へ戻ったら、整えましょう」
「え、えぇ。お願い」
風が止んで、ようやくカーテンが落ち着く。
令嬢は髪がぼさぼさになったようだ。まぁショールで見えないけど。
髪……そうだ。
「マーガレット。竹の髪飾り持ってる?」
「え? はい、持っております。エヴァンゼリン嬢へ贈られる髪飾りですよね」
「え、わたっ」
ん? 何かを言いかけた令嬢の方へ振り向くと、彼女は慌てて顔をそむけた。
はは。めちゃくちゃ警戒されてるみたいだな。
マーガレットがやって来て、渡してある髪飾りを取り出した。
ゼナスにはかわいい包装紙なんてものがない。それで、町に行った時に買うつもりでいた。
公爵様にそれをエヴァンゼリン嬢へ渡していただこうと思って。
贈り物兼、令嬢たちの間で流行るかろうか、改善すべき点があるかどうか、それを聞こうと思ってね。
マーガレットが持ってきた髪飾りのうち、色のついていない方を令嬢のメイドに渡す。
「髪、乱れて大変でしたら、これを使ってください」
「え、しかし……」
「あ、あの。そ、それは、その……エ、エヴァンゼリン嬢への、その……おく、贈り物、なの、ですよね?」
令嬢が背を向けたまま、少し緊張した方に話す。
「はい。ですが髪飾りは二本ありまして。日ごろのお礼と、それから商品になるかどうかのアドバイスをいただこうと思って」
「お、お礼、ですか」
「あ、でも大丈夫ですよ。エヴァンゼリン嬢は優しい方ですので、髪が乱れてお困りの令嬢がいたから一本お渡ししたと伝えれば、絶対に納得してくださいますから」
でも、できればこっちのシンプルデザインの意見も聞きたいし、ゼナスに戻ったら新しく錬金して贈ろうっと。
あちらの令嬢がメイドに何かを伝えると、メイドが俺の手から髪飾りを受け取ってくれた。
「お嬢様が大変感謝しております。こちらの髪飾りの感想に関しては、お嬢様からエヴァンゼリン嬢へお伝えするとおっしゃっています」
「本当ですか!? 助かりますっ」
「で、では、ごきげんよう」
「はい」
いやぁ、よかったなぁ。
あの子はエヴァンゼリン嬢とご友人だろうか?
身長はティファと似たようなものだし、そのティファはエヴァンゼリン嬢と同じ年齢だ。彼女も七、八歳ぐらいかもしれないな。
「ディルムット様、早く行きますよぉ」
「はーい。今行くよ」
三人が待つ一階へと下り、玄関ホールを出た。
そこから馬車に乗って城下町へ。
母上とティファとジークと父上殿と。それから親方にも何か買って帰ろう。それとも新しい掘削機を錬金する方がいいかな?
ふふふ。大きな物も錬金できるようになったし、トンネル掘削機なんかいいなぁ。全手動になるけど。
村の人たちにも何か買いたいな。生活に役立つもの。
ぐふふ。岩塩で一儲けといわず二儲けも三儲けもさせてもらっているからね。
市場を見て、商店街を見て、装飾品店を、宝石店を見て。
「じゃ、荷物はフィレリクス商会に頼んます」
「はいはい。お任せください。またぜひ、御贔屓に」
母上とティファに、アクセサリーのセットをいくつか買った。あと、宝石店の片隅にあった安物のブレスレット。間違えて大量注文したうえに、粗悪品だったということでお店の人も頭を抱えていた、というので、全部買い取った。
少し安くしてくれ、たぶん店側の利益はほとんどないと思う。それでもマイナスになるよりはマシだしね。凄く感謝されたよ。
これはいつも頑張ってくれている、村の女性たちに贈ろう。
男性陣は、アレでいいよね。
一日がかりで買い物を済ませ、城に戻ったのは夕刻。
部屋の前までやって来ると、そこに少年がひとり立っていた。
誰だっけ? 見覚えはあるんだけど。
うぅーん。
「はぁ……あっ。ディ、ディルムットくんっ」
向こうも俺のことを知っている。
誰だっけかなぁ。年取ると忘れやすくなるんだよなぁ。今世では十歳だけど。
えぇーっと、あぁーっと……あ。
思い出したぞ、こいつ。
「グスタフ・グランシュ……くん」
こいつ、ランドファスの腰巾着じゃないか。




