70:それは俺にとって非常にマズいのでは!?
「え? じゃあエヴァンゼリン嬢の兄上なのですか?」
「あぁ。ようやく会えたね。妹の、エヴァの文通相手殿」
ん? なんだろう、この含むような言い方は。
いや、兄としては当然か。
俺だってティファがどこかの令息と手紙のやり取りしているなんて知ったら、心穏やかじゃな……い。
はっ!?
「い、いつもエヴァンゼリン嬢には、お世話になっておりますっ」
「ん?」
「特産品の試作品に的確なアドバイスをしてくださいますし、令嬢方からのご意見もまとめてくださり、大変、大変助けられております。また、辺境のゼナスにはない花の種なども送ってくださいっ」
「くく。くふふふふふふふ」
ん? な、何故笑う? 何かおかしなことでも言っただろうか?
あれ。フィリクス様まで笑っている。
「はははははは。そう畏まらないでくれ。別に妹の文通に関して、咎めようというわけではないのだから」
「そ、そう、なのですか?」
「あぁ。むしろ感謝しているよ。君のおかげであの子が元気になったからね。それに健康にも」
健康……やっぱりどこか体を害していたのだろうか。
でも健康だって言うなら安心だ。
「今日の昼食会。十歳未満も参加できればよかったのだけれどね。妹が君に大変会いたがっていたから」
「い、いやぁ、公爵令嬢にそう思っていただけるとは、とてもありがたいことです」
怒ってない? 本当に怒ってないのか?
妹は嫁にはやらーん! なんてパターンじゃないよな?
そういう関係ではありませんから、お兄様!
ただ純粋に文通をしているだけです! 本当です! やましいことなんてありません!
そりゃ確かに、貴族に生まれてきたからには、いつか俺も家門を守るためにどこぞの令嬢と結婚することになるだろう。できればエヴァンゼリン嬢のような、純粋で優しい子と結婚したいとは思う。
だけどなぁ。こっちは男爵家で、向こうは公爵家だ。しかも王族のご親戚だぞ!
無理無理、絶対無理。
そもそも貴族の結婚なんて、家門同士の利害関係の一致でしかできないんだ。
望んだ相手との結婚なんて、不可能に近いんだよ。
だからまぁ、俺は、結婚に関してはなーんにも考えないようにしている。
父上殿のことだ。悪い相手を見つけたりはしないだろう。
ん? なんだか向こうが騒がしいな。
そう思ったら、騒がしい方角にいたどこかの令息たちが押しのけられ、金髪の少女が現れた。
「誰が、誰に会いたいでちゅって?」
なんだろう。この舌足らずな既視感。
それにこの令嬢。どう見ても……。
「ふんっ。なかなか来ないから、私の方から来てあげちゃわよ」
へ? 誰に言って……俺か!?
え、誰、この子?
「さぁ、口づけちなさい。このクリスティーナ・ローズメインの手に」
「クリス、ティー、ナ……ローズメイン嬢!?」
いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
なんでこの令嬢がここに?
え?
だって君、七歳だろ? この昼食会って、十歳未満の参加禁止だろぉぉ!
「クリスティーナ嬢。何故君がこの場にいるのかな? この昼食会は十歳未満は参加できないはずだが」
「あら、エーリヒ様、ごきげんよう。十歳未満が参加できないなんちぇ、私、ちりませんわ。そんなことより、ディルムット様。私がはるばる来てやっちゃのです。さぁ、遠慮ならさずキスちなさい」
「お断りします」
即答だ即答! してたまるか!
忘れていた。いや、むしろ安心していたのかもしれない。
十歳未満は参加しないというからだ。
まさか王室主催の食事会に、条件無視して乗り込んでくるとは。
「ふふ。爵位の差があるから、遠慮なちゃっているのね。そんなの気にちなくていいのに。かわいい方」
「ひいぃぃっ」
な、なんてポジティブなんだ!?
「クリス!」
さらに令息をかき分け現れたのは、金髪の少年だった。
クリスティーナ嬢と顔は似ているけど、こちらは気弱そうな印象だ。歳は俺よりひとつか二つ上ってところかな?
「レドニアス。妹に振り回されて大変だな」
「エ、エーリヒ様!? も、申し訳ございません、妹が大変ご迷惑をおかけしました」
「早く連れて行きたまえ。そろそろ陛下がいらっしゃる頃だ」
「は、はいっ。さぁ、行くよクリスティーナ」
あの二人が、兄妹?
まぁ顔は似ているけど、エーリヒ様との会話を聞く限り、礼儀正しいように見える。
エーリヒ様やフィリクス様の様子からしても、それほど険悪な仲でもないようだし。
ちなみにクリスティーナ嬢が登場した時、このお二人はゴミを見るような視線を向けていた。
それに比べ、兄の方を見る目はどこか……いや、完全に同情するような視線だ。
やや強引に妹の手を引こうとした兄だったが、妹の肘鉄が炸裂。
ひぃ!
「うるさいでちゅわ、お兄様。私とディルムット様の恋路を邪魔ちないで」
「いやだぁぁぁぁぁ。してない、してない。ぜんっぜんしてない!」
「うふふふ。照れ屋さんなんだから」
「照れてないし。怯えているだけですから!」
思わず俺は逃げた。どこに逃げるか。もちろん、エーリヒ小公爵様の後ろだ。
なんたって相手も侯爵だ。同じ『こうしゃく』でも、エーリヒ様の方が爵位は高い。逃げ場としては最適だ。
周りに野次馬まで集まりだしたし、この状況はマズいかもしれない。
変な既成事実を作られたら、どうしよう。
「何事であるか!」
その時、喧騒を一瞬にして沈める声が響く。
同時に、シャンっという錫杖を鳴らす音もした。
「陛下っ」
「こ、国王陛下にご挨拶申し上げます」
「「陛下にご挨拶申し上げます」」
一斉にみんなが頭を垂れる。
女はドレスを摘み、優雅に。男は片膝をつき、騎士のように。
「うむ。みな、息災で何より。と言いたいところであるが、何故ローズメイン嬢がここへ来ておる。汝はまだ十歳に満たぬであろう」
「でも私はディルムット様に」
「ローズメイン! ローズメインはおらぬのかっ」
あ、王様、激オコだ。
ま、そりゃそうか。条件付き王室主催の昼食会だってのに、個人的な感情で突入してきたのだし。
できればその個人的理由は、俺じゃなく、他の令息に向けてほしかった。
「陛下。ローズメインここ……クリスティーナ!?」
「お父様! 私、ディルムット様と」
「今すぐ連れ出せ! そなたの娘は、余の主催した昼食会を台無しにするつもりのようだ。そなたの娘には、今後三年、王都への出入りを禁ずる!」
「へ、陛下っ。子供のいたしたことです。どうか寛大なご処置を」
「これが寛大でなくて、何を寛大と言うのだ。言ってみろ、ローズメイン侯爵」
どんな育て方したら、ここまでわがままに育つんだ。兄の方は普通だってのに。
それに、たかが三年、王都への出入りができなくなった程度で……あぁ、そうか。
上級貴族は、特に令嬢は早いうちから婚約者を探す。より条件のいい家門に嫁入りするためだ。
七歳、八歳で婚約するなんてのも、珍しくないのだろう。
三年も王都に通えなければ、その間にいい家門の令息が次々に他の家門に取られてしまう。
そんなところかな。
「わかったのなら、さっさと娘を連れて行け!」
「くっ……申し訳、ございません」
ん? ローズメイン侯爵……なんだか悪そうな顔をしていたな。
よっぽど娘が出禁になったことに、不満があるのか。
まぁ自業自得だ。
人気の家門の令息が、次々と売り切れになるのを、指を咥えて見ているといい。
最後には売れ残った家門しか……あ。
それは俺にとって非常にマズいのでは!?




