第二十八話 決戦の序曲
虚骸兵の一体を撃破した歓声は、戦場にわずかな光をもたらした。
だが安堵の空気が広がるより早く、残る四体の虚骸兵が同時に咆哮を上げた。
黒水晶の身体から奔流のような波動が溢れ、荒野全体を揺らす。
兵士たちは耳を塞ぎ、倒れ込む者も少なくなかった。
「全員、気を緩めるな! ここからが本番だ!」
蓮は声を張り上げ、剣に光を宿す。
◆ ◆ ◆
帝国軍本陣。
宰相シェルドンは高台からその光景を冷静に見つめていた。
「ほう……一体倒したか。さすが異世界の勇者。だが、残りは四体。数で押し潰せばそれまでだ」
将軍の一人が口を開く。
「ですが閣下、兵の士気は……虚骸兵の存在すら恐ろしいものです。もし敗れるようなことがあれば……」
「心配はいらぬ。虚骸兵はただの兵器ではない。敗れることがあったとしても、その戦いの中で“調整”が進む。いずれ完璧な兵となる」
シェルドンの目は冷たく輝き、戦場の混乱すら計算に入れているかのようだった。
◆ ◆ ◆
一方、黎明国軍の陣地。
ミストが解析を続けながら叫ぶ。
「やはり弱点は“赤い光”! でも次は簡単には狙わせてくれないわ!」
リーナが剣を構える。
「だったら私が前に出て隙を作る!」
「無茶するなよ、リーナ!」
カイエンが雷撃を準備しつつ声をかける。
「無茶じゃない、作戦よ!」
リーナはにっと笑みを浮かべて走り出す。
彼女の剣撃が虚骸兵の一体を引きつけ、巨腕の一撃を受け止めた。
衝撃で地面が裂け、リーナの身体が後方へ吹き飛ばされる。
「リーナ!」
シャムが飛び出し、彼女を抱きとめた。
「大丈夫か!」
「……平気、まだ戦える!」
汗に濡れた顔を上げるリーナの目は、強い光を宿していた。
◆ ◆ ◆
その間にも虚骸兵は三方向から襲いかかる。
「ネフェリス!」
「任せて!」
澄んだ歌声が響き渡る。
兵士たちの恐怖が和らぎ、身体の動きが軽くなる。
音波の加護は仲間たちの力を引き出していた。
「今だ、カイエン!」
蓮の合図で、カイエンが雷を叩き込む。
だが虚骸兵は腕で受け止め、結晶の表面に稲妻を吸収してしまった。
「ちっ……効きにくいか!」
ミストが叫ぶ。
「属性を変えて! 雷は吸収されるけど、光属性なら干渉できる!」
「なら俺が!」
ノアが両手を広げ、光の矢を生成した。
「蓮、誘導する!」
矢は虚骸兵の周囲を旋回し、赤い光の核を狙って突き刺さる。
結晶がひび割れ、巨体が一瞬膝をついた。
「今だ!」
蓮は全力で駆け、剣に光を収束させる。
「斬り裂け――!」
剣閃が虚骸兵の胸を貫き、二体目が崩れ落ちた。
◆ ◆ ◆
しかし残る三体が同時に動き出し、空気が震える。
結晶の身体から黒い霧が溢れ、周囲の兵士を蝕んでいった。
「うわあああっ!」
悲鳴が響く。
ミストが蒼白な顔で告げる。
「これは……存在そのものを侵食する“虚無波動”! 受け続ければ消滅する!」
「結界を強化する!」
ノアが防御魔法を重ね、必死に兵士たちを守る。
蓮は剣を握り直し、仲間たちを振り返った。
「ここが正念場だ! 三体同時に相手をするぞ!」
「おうよ!」
「やってやろうじゃない!」
「歌で後押しするから、絶対に負けないで!」
仲間たちの声が重なり、士気は揺るがなかった。
黒い霧と光の刃が交錯し、戦場は混沌の渦と化す。
虚骸兵三体との死闘――それが、黎明国にとって真の決戦の序曲だった。




