4.街歩き
窓からの光で目が覚めた。昨日の興奮でよく眠れなかったからか、とっくに鐘は鳴ってそうな時間だ。
温石を取りに行くのが面倒で、水で顔を洗う。冷たくて、せめてエレベーターがあれば便利なのにと思うけど、月の光亭は6階まであるみたいだから4階の私はまだましなのかも。
ワンピースに着替え、1階に降りればすでに何人かの人がごはんを食べていた。
テーブルに座ると女の人が「おはようございます」と、すぐに朝ごはんのトレーを持ってきてくれた。昨日は見かけなかった店員さんだ。
今日も美味しそうな朝ごはんのメニューは、大皿に丸パン、ベーコン?、スクランブルエッグ、柑橘の果物。スープはじゃがいもと玉ねぎ?のクリームスープ。
食後は赤茶色のお茶がいいタイミングで出される。
ああ、ごはんが美味しいって幸せだ。
部屋に戻って歯磨きを済ませ、出かける準備をする。
無駄遣いしないために、お財布の中は補充しなかった。残り1000カルも入ってないけど、お昼ごはんくらいは食べられるはずだ。
ワンピースの下に鞄を持とうとして困る。この鞄斜め掛けだから、片腕を袖から抜かないと掛けられない。いやまぁ、掛けるのは部屋でするからいいとしても、これお金出す時はどうするの?
ワンピースたくし上げる……?いや、無理無理。
ガサガサと鞄と服を触っていて気付いた。
ワンピースのポケット、ポケットになってない!
底布が無くて、鞄の高さを調整するとポケット部分から直接鞄に手が入る!
上手く出来てるなぁ、と感心して鞄を調整してもう1つ気付いた。ポケットの幅からはファイルが取り出せない。
メモ帳はなんとかなるけど、ペンケースも出しづらい。
結局ワンピースの上に鞄を掛けた。
無駄な時間を過ごしてしまった。
◇
昨日はほぼ素通りした「紫瞳の猫通り」を歩いてみる。
例えるなら専門店街、かな。
武器屋さんや馬具屋さん?、薬屋さん?、パッと見では判断がつきにくいお店の並びに文具店もあった。
歩いてる女性も少ないし、一人歩きで無地のワンピース着てる小市民なんてたぶん私くらい。どのお店も敷居が高い雰囲気。
入るのに勇気がいるけど、お店の扉をゆっくりと開ける。
あまり広くない店内に文具店らしいインクや紙の匂いがする。
ふっくらとした顔つきに、片眼鏡の男性が座っていた。
少し間があって、にっこりと笑うと
「どうかされましたか?」
と声をかけられた。
「少し商品を見てもいいでしょうか?」
なんとなく居心地の悪さを感じ、遠慮がちに聞いてみる。
男性はちらりと私の鞄に目をやり、その後私のことをもう一度見る。
「ええ、どうぞ」
一応許可は下りたので、店内を見て回る。
木紙や紙が何種類かあって、その並びに羊皮紙もある。
木紙は消すことを前提にしてるからか、表面のざらつきは少なめで黒板みたいだ。
隣の棚には細い木の先に穴が開いてて、木炭を刺せるようになってるペン。紐も売ってて、これで固定するみたい。
その並びにあるナイフはなんだろう。
値段も書いてなくて、わからない道具も気になるけど、男性からの視線が真剣過ぎて聞きづらい。どうしてこんなに見てくるんだろう。
買う気はないし、早くお店から出たい。
見るものだけ見てしまおうと、男性に近付いた。
だってペンが店員さんの真ん前に並んでるんだもの。
羽ペン、木の先がふさふさになった筆タイプ、万年筆型の金属のペン、陶器の入れ物はたぶんインク。
ああ、視線が痛い!
「あの、このペンとインクはおいくらですか?」
「……この羽ペンは150カル、インクは小さいので1000カルですよ」
その間はなに?ちょっと泣きそうなんだけど。
「こちらの万年筆は?」
そこで、店員さんの表情が「おや?」と言いたげにぴくっと動いた。
「それは最新式でして、20000カルです」
20万円!?たっか!
メアリーさんがボールペン断った意味がわかったわ!
「これは1度インクを補充すると、どれくらい書けますか?」
「それは最近入ったもので、インクをよく吸うから浸す回数が少なくて済みます。そうですね、3.28m位でしょうか」
んん?えらく中途半端な長さだな。
「もし、1度補給すれば1km以上かけるペンがあったらいくら位なら買いたいですか?」
「0.91km?ははは。そんなに書けるペンがあったらインクが売れなくなって困るでしょうね」
「いえ、インクはその分必要で_」
あれ?普通に会話が通じたけど、どうして「メートル」が通じたんだろ?
「1km書けるペンはないってことですか?」
「0.91kmなんてペンがあるわけないでしょう。でも、そのペンは先が金属で出来てるから、一度買えば羽ペンと違って買い換えはほとんど必要なくなりますよ」
やっぱり通じてる。でも、中途半端な長さに変換されてる?
「あの、1kmと正確に言っていただけませんか?」
「はい?1kmですか?ほぼ0.91kmでしょう」
相手と差があるな。
私は0.91kmの方が中途半端に感じるけど、男性は1kmが中途半端に感じてる。
長さの単位が違うのに、勝手に変更してくれてるのかな?
文字も自然に読めたし、すごく便利だな!
「あの、買われるんですかね?」
あ、やばいちょっとイライラされてる。
買わないとか言いにくくなったな…。
言葉に詰まったその時、キィィィと扉の音がした。
「いらっしゃいませ」
振り返ると新しいお客さんが入ってきたところだった。
助かった!
店員さんの意識が向こうにいっている隙に、このままこっそりお店を出よう。
「こちらで消しゴムは買えますか?」
「え?」
「消、し、ゴ、ム。買、い、た、い」
「えっと~困ったな。も、もう一度お願いします」
店員さんがなぜか笑顔をひきつらせて指を1本立てた。
「消、し、ゴ、ム。羊皮紙を削る」
「あ~なんだろうな。わからんな」
「え?消しゴムが欲しいらしいですよ?羊皮紙を削る?消しゴム」
扉にこっそり向かっていたのについ口を挟むと、店員さんが驚いた顔で私を見た。
「あんた言葉がわかるのか?」
え?私と散々会話したじゃないか。
「そりゃあ、わかりますよ」
「ちょっと、ほんのちょっとだけでいいので通訳してもらえませんか?」
????
通訳?
「えーこの人は羊皮紙用の消しゴムが欲しいんですか?」
「え?はい。そう言ってますよね」
店員さんが立ち上がって、お客さんに向かってナイフを持ち上げた。
用途不明のあのナイフだ。
「『こちらの品はどうですか?』と、言ってもらえないですか?」
よくわからないけど、お客さんに向かって話しかける。
「『これはどうですか?』と言っています」
するとお客さんもちょっと驚いた顔をして、店員さんではなく私に話しかけてくる。
客「細かく削れる物がいいのですが、それは削りやすいですか?」
私「細かく削れる物がいいそうです。削りやすいかと聞いています」
店「細かく削るなら、こちらの方が使いやすいと思います」
私「細かく削りやすいのはこれだと」
客「では、それを1つ。いくらでしょうか?」
私「それはいくらですか?」
店「200カルです」
私「200カルだそうです」
この状態は一体なんなんだろう。私を介さなくても話せるでしょう。
お客さんは頷くと服の下から財布袋を取り出し、支払いを始めた。
出ていくタイミングを失い、私は所在なく立っている。
「ありがとうお嬢さん。助かりました」
いい笑顔を残して、 お客さんが出ていった。
「いやぁ ありがとうございました!言語が達者なんですね!」
さっきのイライラが消えたかのように店員さんも笑顔だ。
言語が達者?通訳って言ってたし、もしかして違う国の言葉だったのかな。
「いやぁまぁ。どちらの国の方だったんでしょうね」
「う~ん言葉はカイド語でしたよね。南のカイド王国か東のヒスリヤ国かと思いますが」
カイド語なんて話したつもりはなかった。
ということは、自動翻訳されてたってこと?
チートだ!こういうのきっとチートって言うんだ!
日本に戻ってもこの能力消えないといいのに!
機嫌が直った店員さんに笑顔で見送られ、お店を後にした。
日が真上に昇ってる。そろそろごはんにしよう。
サラク通りまで出て、どこで食べようかお店を探す。
どのお店も込み合ってるな。
迷って入ったお店は小さな喫茶店、といった雰囲気のお店。
人は多いけどすぐに座れた。
目立つところに掛けられた木紙にメニューと思われる言葉が3つ並んでいる。
ステアウ、グリャンテ、ピララド。
読める。読めるけどわからない。
該当する名詞がないのはカタカナなままなのかな。
サラクも、花の名前らしいけどサラクのままだもんな。
諦めて店員さんにオススメでお願いした。
「ピララド」が出て来て、パンの上に野菜や薄切り肉を乗せて、チーズをかけて焼いたのだった。
何かわからないソースととろとろのチーズが本当に美味しい。
満腹になった私は、ヒキラ公園を目指して歩いた。
ダメな気はするけど、それでも試さなきゃいけないことがある。
公園に着くと、子ども達が遊んでいて木陰に大人が座って見守っていた。
目立たないように隅に移動する。
ここに来たときに座り込んでいた場所。
空を見上げて、目を瞑り前向きに倒れ込んだ。
ベシャっと膝と手に触るのは土の感触で、目を開けてもここは公園のまま。
立ち上がって今度は後ろ向きに転けてみる。
ドサッと尻餅をついて目を開けてもやっぱりここは公園のまま。
…ダメか…。
座り込んだままため息をつく。
下げた目線の先にキラリと光を反射したものがある。
草の陰に隠れるように落ちていたのは、文房具屋さんの名前入りのブロックメモだ。
そういえば「入れときますね」と言われて、今日じゃなくても。と思った覚えがある。
500枚綴りらしい。貰っておいてよかった!
台車から落ちてたんだな。
いそいそと鞄にしまった。
「おねえちゃんだいじょうぶ?あれ?おねえちゃん、またこけたの?」
「あ!メアリーさんの娘さん!」
「ん?ママもいるよ。ちょっとまっててね!」
「あ、いや、別に大丈ぶ…」
娘さんはテテテテーと走って行ってしまった。
いるなら挨拶だけでもしておこうと、同じ方向に歩いた。
「こんにちは」
「あらナオミさん。こんにちは」
「おねえちゃん、またこけてたんだよ」
「ジュリア、お姉さんは転けてたんじゃなくて、きっとしゃがんで景色を見てたのよ」
メアリーさんの膝に両手を置き、くふくふと報告をしたジュリアちゃんをメアリーさんが嗜める。
いや、転けてたんです。そんな「より良い角度を求めて」みたいな崇高なものじゃないんです。
「あはははは~転けてたね~」
笑ってごまかしたら「私、わかってますよ」な目線が向けられた。
イメージ良すぎません!?
「今日はどこかに行かれるんですか?」
「午前に用事が終わったので、もう特に決めてないんです。どこを見て回ろうかなと思ってて。メアリーさん、どこかお勧めの場所がありますか?」
そう尋ねると、メアリーさんも暇なのでジュリアちゃんと一緒に街を案内してくれることになった。
遠くに見えたいた大きな建物は王宮だそうで。
今シュリシュ国には王夫婦、王太子夫婦、その姫が1人いて、お姫様はジュリアちゃんと同じ5歳。
女の子でもお婿さんをとって女王にはなれるらしいけど、王子を望む声がやっぱりあるとのこと。どの国も同じだなぁ。
街の中には公園や広場がいくつかあって、それぞれに雰囲気が違いきれいだった。
美味しいごはん屋さんやおしゃれな雑貨屋さんを教えて貰った頃には、ジュリアちゃんが疲れて飽きてきた様子だったので、また今度案内してもらう約束をして解散となった。
宿に帰るとエドワードさんがカウンターから声をかけてくれた。
「おかえりなさい。今日はちょっと早いですが、もうごはん準備出来てますよ」
「ただいま戻りました。じゃあ、もう食べたいです。お願いしていいですか?」
よかった。朝は和らいでたけど、また足が痛い。ふくらはぎがパンパンだ。お風呂に入るのに温石がいるし、何度も階段を往復したくない。
私はカウンターに荷物を置いて足をぐぐっと伸ばした。
「ちょっと待ってくださいね」
そう言って入り口の外に看板を出して、カウンターの奥からトレーを運んできてくれた。
夕飯は香ばしい焼き色のお魚に、酸味のあるソースがかかったものでフライドポテトが添えてある。
表面はカリカリで身はふわふわ。
ポトフみたいな具だくさんスープはしっとりした人参?が甘い。
もちろんバケットも安定の美味しさ。
はぁ ここが異世界じゃなかったら、また旅行に来たくなるよ。
半分も食べないうちに、お客さんが次々に入ってきた。
すごい人気店なんだろうな、
「お!ねぇちゃん、今日も絵を描くのかい?」
座った席から手を上げてくれたのは、確か昨日リックさんと話してた男性だ。
ひょろりと身長が高く口ひげがある中年男性で、洋服には刺繍が施されている。
「こんばんは。ええ。どなたかが頼んで下さるなら、喜んで描かせてもらおうと思ってます」
「そうかいそうかい。俺は絵なんてがらじゃねぇけど、すげえ絵を描くねぇちゃんがいるって宣伝して回ってやったからな!きっと誰かに頼まれると思うぜ」
「ホントですか?ありがとうございます。楽しみに待っておくことにしますね」
うんうんと満足気に頷いた男性は運ばれてきたお酒をぐいっと飲んだ。
そうだ。今日も頼まれるかも知れない。
食べれる時に食べておこう。
なんて思ったけど、そうそう依頼は来ず。
食べ終わった私はのんびりお茶まで飲み、込み合った店内で邪魔にならないよう、丸イスを借りて隅に座った。
昨日が運が良かっただけか。
【閑話】
ちなみにトイレは洋式の簡易水洗になってて、上のタンクに水が貯まってる。紐を引けば、引いてる間だけトイレの底が開いてお水が流れる。離せばお水が止まって底も閉じる。
下水道がどうなってるかはわからないけど、箱にするとかではなくて心底安堵したのは言うまでもない。




