5.故郷への便り
紙とシャーペンは手元に出して、店内の様子を眺める。
こういうお店、好きだなぁ。
心地よい喧騒、あちらこちらで響く笑い声、木のグラス同士が当たるガツッと低い音。ゆったりと食事を楽しむ老人と楽しげにお酒に興じる若者を、同時に包み込む空気。
絵が描きたくなる。日本なら、元の世界なら。らくがき帳やスケッチブックを思う存分に使って、ひたすらにスケッチしているのに。
見えないペンで空中に描くようにゆらゆらと手が動く。
ガタリとすぐ近くでイスの音が鳴った。
ハッとしてそちらを見ると、私と歳の近そうな男性と目が合う。
おぉう、きっと不審者に見られたな。
ごまかすように笑顔を作ると、人懐っこそうな笑顔が返された。
「お嬢さん、何されてるんですか?」
「絵を描いてるんです。あ、いえ。依頼をしてくれる方を待ってるんです」
首をかしげ、空中にペンを動かす真似をされて、慌てて訂正する。恥ずかしい。
「ふぅん。どんな絵を描くの?」
「人ではなく建物ですが、あれは私が描いたものです」
入り口の絵を指差すと、男性もくるりと振り返った。
「え?あれ、君が描いたの?と言うか人間が描いたの?」
「人間?はい、私が描いたものですよ」
ええ!?と言いながら男性が立ち上がり絵の前まで歩いて行った。近くにあったランプをわざわざ手に取り、絵を照らして見ている。
「お嬢さんすごいね。神様が月の光亭を切り取ったみたいだよ」
イスに座り直す男性は感心したような声を出した。
「ありがとうございます」
「それで、今日は何か描くの?」
言いながら男性はエドワードさんに向かって片手を上げた。
エドワードさんも片手を上げ、何かを準備し始めた。
常連さんな感じがしてかっこいいな。
「どなたかからご依頼されれば描くつもりだったのですが、残念ながらまだ依頼がないので、描かないままですかね」
「人も描くの?」
「はい。建物の絵も描きますが、人を描く方が好きですね」
そこへエドワードさんがお酒と料理を持って現れた。
テーブルに置きながら男性に気安く話しかける。
「よう、ジャック。お前もナオミさんに絵を描いてもらうのか?」
「ありがと。あの絵、このお嬢さんが描いたんだろ?すげえよな。誰か他に描いてもらった奴はいるの?」
「昨日リックが描いてもらったぞ。絵の中でも酒飲んでて皆で笑ったが、リックらしくていい絵だった」
「へぇ、俺は絵と言えばこんなのかと思ってたよ」
言いながらオーバーにキリッとした顔を作る。
「ああ、俺もそう思ってた。でも、なんつーか、うーん。なぁルドルフ!昨日のリックの絵、良かったよな!」
「おう!まんまリックが紙に入ったみたいな、いい絵だったぞ!」
応えたのはさっきの口ひげの男性だ。
「へぇ、そう言われると俺も描いてほしくなるな」
期待を込めてにっこり笑ってみせる。
「まぁ、頼んで損はないと思うぜ」
そう言い残してエドワードさんは戻って行った。
「どうされますか?」
「うーん、ちなみにお代は?」
「描き上がりを見てから、お客さんに決めてもらってます」
「え?描くだけ描いてもらって、俺が1カルだって言ったらどうすんの?」
「その時は1カルですかね。それくらいの価値しかない絵を描いたのは私ですし。まぁ実際には、さすがにお渡ししないかもしれませんが」
「お嬢さん欲がないね。100カルで描いてくれって言ったら?」
「ん~先に予算を言われたことはないですが…。そうですね、小さな紙に描きましょうかね」
「ふ~ん。それでも断らないんだね。よし、気に入った!俺も描いてくれる?」
「100カルですか?」
「いや、普通に描いて欲しいな。お手並み拝見ってね」
「ありがとうございます。そう言われると緊張しますね」
私に向かって一度グラスを掲げ、クイッと飲んだ。
話してみるとやっぱり「お任せで」と言われる。
どう描こうか迷いつつ、質問しながら話をする。
ジャックさんは近衛騎士団の騎士さんで、第二騎士隊に所属。
第二騎士隊は王太子付きなんだって。
警護が仕事のはずだけど、実際には訓練も仕事のうちで、第二騎士隊のシュビック隊長はいい人だけど厳しい。
厳しい、きつい、辛いと口にするわりに、仕事が好きで誇りを持っていることが伝わってくる。
お願いすると、立ち上がって敬礼してくれた。
よし、どう描くか決めた。
座ってしまったので、A4用紙にシャーペンで立ち姿のあたりをつけ想像で補いながら細かく書き込んでいく。
着ているのは紺色の上下の制服。黄色で縁取りされた上着はボタンが隠れるようになった前開き、この世界では珍しく襟がある。
左胸には向かい合って冠を支える2匹の獅子が刺繍されている。右肩には飾緒が1本。
ピンと伸びた姿勢に、服の上からでもわかる鍛えられた身体。しっかり上がった腕から伸びた指先はまっすぐ敬礼のポーズを取っている。
短く揃えられた赤髪にセピアの瞳が黒では表現出来ないのが悔しい。
すごく迷って、キリリとした表情に描くことにした。
紙の中で斜め気味に立たせたので、真っ直ぐ前を向けた瞳はそこにある何かを見つめているようだ。
「出来ました」
ふぅ~と息を吐いて、気楽に話ながら待ってくれていたジャックさんに絵を差し出す。
緊張の一瞬だ。
「……………」
真顔で固まって無言になった。恐い。
だめ?いい出来だと思うんだけど。
「す…ごい、ね。」
そう言ったきり、また無言になる。
ああ いやだ。この空気いやだ。
「これは」
「はい?」
なになに!?
指差されたのは右下に書き入れた私の名前だ。癖でサインをいれてしまった。
「私の国の文字で、私の名前です。すみません、消しましょうか?」
「いやそうじゃなくて、君は文字が書けるの?」
「自分の国の文字は書けます。この国の文字は読めますが、書けません」
「ああ、そうか。うん、そうだよね」
残念そうに眉を下げられた。
「どうかされましたか?気に入っていただけなかったですか?」
「ごめん!違う違う。この絵はすごいね。とっても気に入ったよ」
そう言いながらもやっぱり残念そうに絵を眺めている。
かける言葉もなく黙っていると、独り言のようにポツリと呟いた。
「手紙をね。書けたらなと思ったんだよ」
「手紙、ですか」
促すように相槌を打てば、ゆっくり話を進める。
「うん。俺も文字は多少読めるようになったんだけど、書けるのは名前くらいで」
「私が書ければ代わりに、ってことですね」
「そう。隊にも文字を書ける奴はいるんだけど…」
「頼めるほどの仲ではない、と」
「いや…。う~ん…親にね。この絵と一緒に『元気でやってる』と伝えられたら、少しは安心するかなと。でもさ、いつも顔合わす奴に頼むのはなんか気恥ずかしいだろう?だから、お嬢さんが書けたらと思って」
「書けなくてすみません。どなたかに頼めるといいのですが」
「いや、まぁどうせ親は文字は名前くらいしか読めないんだ。村の誰かに読んでもらうのも大変だろうし。この絵を見ても、10年も経てば誰だかわからないかもしれないね」
「………10年?」
「うん。16の時に田舎飛び出して、今年で10年目。その間、初めての給金で1回安もんのプレゼント送ったきり。親からも返事なんて来なかったし」
なにそれ。俄然協力したくなってきた。
ジャックさんは読めるけど書けない。
私も読めるけど書けない。
親御さんは名前は読めるけど書けない。
ああああ!何か!何かないかな!?
ぐるぐるとわかる情報を頭の中で巡らせ、どうにかする方法を考える。
あった!私は書けないけど描ける!
「ジャックさん!手紙、描きましょう!」
「へ?」
私がメモ紙に描いたのは簡単なイラストだった。
「元気」のポーズをとった男性イラストにジャックさんが自分の名前を書き込む。
王冠を被った人を剣と盾を持って「守る」ポーズの男性イラスト。
笑顔でごはんを食べる男性イラスト。
ジャックさんから聞いた親御さんの特徴を入れた男女の、体調が悪そうなイラストには×をつけ、その隣の「元気」のポーズをとった男女に○をつける。書けると言うので、親御さんの名前も書き入れてもらう。
伝えたいのは「元気で騎士として頑張ってます。ごはんも食べてるから安心してね。お父さんとお母さんも体調を壊さず、元気に過ごしてね」だ。
これなら、文字が読めなくても通じるんじゃないだろうか!
「はぁぁぁ すごいね。こんな絵の描き方もあるんだ。初めて知った。確かに俺に見えてくるし、父さんと母さんに見えるよ」
キラキラした目で「手紙」を見つめるジャックさんは、とても嬉しそうで、私も嬉しくなる。
「送るなら、あまり表面が擦れないようにしてくださいね。水にも弱いです」
「わかった。木紙に挟んで、配達も丁寧に扱ってくれるところに頼むことにするよ」
「郵便って高いですか?」
「俺の村は離れてるから、それなりにかかるね」
「村から、王都に送るのも高いですか?」
「村からだと業者がそもそも少ないから、こっちに来る予定のある商人とかにお金を渡して頼むことの方が多いかな?どうして?」
ジャックさんだって、きっと親御さんの様子は気になってるんだと思う。返事が来なかったって言った時寂しそうだっだし。
でも、文字も書けず、配達料が高いなら、単に親御さんは返事を書けないだけなんじゃないかな。
ということで、私はジャックさんに木紙と木炭ペンを買ってきてくれるように頼んだ。
挟んでいく木紙に元気ポーズの人や、ベットに横になる人、お金に困る人のイラストを描いて、木炭ペンと一緒に持って行ってもらう。
向こうについたら、親御さんに○や×を書いてもらうように配達の人に伝言を頼み、書いた木紙を持って帰ってジャックさんに届けてもらう。
うん、我ながらいい考え!
ジャックさんに伝えてみると、二つ返事で明日持って来てくれるという。
お代は、払いたい額が財布袋に入ってないので明日払いたいと言われ、絵は一旦預り明日渡すことになった。
まだ飲むというジャックさんにまた明日と告げ、ルドルフさんとエドワードさんにお礼を言って部屋に戻る。
お風呂にもなんとか入り、ベットに横になるとすぐに眠気がきて、ニヤニヤしながら眠りについた。
◇
朝洗濯をして、日が真上に昇る頃、水場のある広場に行くとすでにジャックさんが待っていた。
木紙に木炭ペンでいくつかのイラストを描く。木炭紙ともキャンバスとも描き心地が違うからちょっと慣れないけど、伝わるだろうと思えるくらいには描けた。
似顔絵とメモ手紙も渡すと、お代にと布袋を貰ったけど、思ったより重い。中を確認すると15000カルも入っていた。慌てて少し返そうとするけど、お礼だからと譲らず
「間違いなくその価値がある絵を俺は描いてもらった。それに、近衛騎士団ってなかなか高給取りなんだよ」
といい笑顔で言われたので、ありがとうございますとありがたく受け取ることにした。
「本当はお昼を一緒にと誘いたかったんだけど、急に仕事になっちゃったから、また改めて誘うね」
と社交辞令を残して、ジャックさんは爽やかに帰って行った。
女慣れしてるなぁ。
私はパンを買い、今日は部屋に帰ることにした。
やっぱり少し疲れが溜まってる感じがあるし、体調を壊したりしたら診てもらえる医者がいるのかすらわからない。
1階でお茶を買えたので、そのお茶とパンでお昼ごはんを済ませベッドに潜り込んだ。
【閑話】
洗濯をするために1階の裏庭に出た。
建物のから伸びた筒から水が流れ続け、下に置いてあるたらいに溜まってキラキラしている。
よし、と気合いを入れて、日用品店で聞いたことを思い出す。筒から外したたらいの中で石鹸を擦って溶かし、石鹸水を作った。ブラウスやワンピースを浸し、土汚れが付いたところだけ揉んで洗う。目立った汚れがなければ、ごしごししなくても石鹸水で落ちるんだそうだ。真冬でも頑張れそうな工程でよかった。
少し待ってから引き上げ、きれいな水に入れ換えて濯ぐ。ギューッと押して水分を絞れば出来上がり!
部屋の窓際に皺を伸ばして干せば、部屋全体に石鹸の爽やかな香りが広がった。いい天気だし、よく乾きそう。
さあ、そろそろ約束の時間になるな。出掛けよう。




