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【番外編:side of Jack】黒髪の画家

ドサッと座り込み、空気を求めるように空を仰いだ。

無理矢理に深呼吸しても中々呼吸が整わない。


「あっつ…!」


訓練場に入った時には肌寒いと感じていたのに、今は額から汗が流れている。

汗を拭うために腕を上げるのすら億劫で、立てた片足の膝にグイッと擦り付けた。

目の前では次の組が体術訓練に入り、筋肉達磨同士のぶつかり合いが益々暑苦しさを煽る。



「おい!あっちでシュビック隊長がバスクール副隊長と打ち合ってるぞ!」


「マジか!どこだ!?」


「第二訓練場だ!」


バタバタと響いた足音がそう告げれば、俺と同じようにへたり込んでた奴らも何人か立ち上がって走り出した。

疲れたし休んでいたいが、隊長同士の打ち合いなんて滅多に見れるものじゃない。


「ジャック、お前も行こうぜ!」


かけられた声に立ち上がり、第二訓練場に急ぐ。




訓練場の囲いの前で、植えられた木に隠れるように人が集まっている。

その中に自分も隠れ、葉の隙間から中を覗く。



ギャン!


キン!カチカチカチカチ…


金属同士の甲高い音を響かせ、2人の男が剣を重ね押し合っている。

少しの間の後、バッと2人の体が離れる。

じりじりと足を動かしながら、睨み合い隙を探る様子に、見ているこちらまで手に汗を握る。


「なぁ、どっちが勝つと思う?」


「「「シュビック隊長!」」」


「「「バスクール副隊長!」」」


小声で誰かが投げかけた質問に、真っ二つに意見が割れる。

俺が答えたのはもちろんシュビック隊長。

仕事や訓練には厳しいが、隊員に言う以上の努力をしている人だ。仕事以外では気さくなところもあり、下っぱ隊員の意見も柔軟に取り入れる。

なんと言うか、見かけも男前なら、中身も男前。しかも俺達だと5人相手でも勝てないくらい強いすごい人ってこと。

バスクール副隊長と答えたのは、第一騎士隊に所属する騎士達だ。

自分達の副隊長が負けるわけがない、という自信はまぁ当然だろう。

勝つのはシュビック隊長だけど。



場内では目の離せない打ち合い、探り合いが続く。

構えた2本の剣が触れるか触れないかの刹那、バスクール副隊長が一瞬で間を詰め、首元に真っ直ぐ剣を伸ばした。

それを予想していたかのように剣先でいなし、逆にそのまま鍔を叩けば、鈍い音がしてバスクール副隊長の剣が飛んだ。

シュビック隊長の切っ先がバスクール副隊長の喉でピタリと止まった。



流石シュビック隊長!!

叫びだしたい衝動をグッと抑え、拳を握り締めた。

ちらりと見れば、第一の奴らは悔しそうに顔を歪めている。



「で、そこの十…五人。訓練はどうした?」


シュビック隊長の声に、俺と同じようにどや顔をしていた第二を含め全員がビクッと肩を揺らした。


「あれ?14人じゃないかな。逃げようとしてるのは4人」


続いたバスクール副隊長の声に、そろりと逃げようとした奴らの足が止まった。


「…15だろ」


「14人だよ。ほら」


近付いてきたバスクール副隊長が囲いから上半身を覗かせて、俺達を見下ろした。

シュビック隊長も視線だけで人数を数えたのか、チッと小さく舌を打った。


「第一騎士隊員は外周20周ね」


「第二は25周走ってこい」


人数当てに負けた悔しさか、5周も多い罰走を言い渡されたが、もちろん誰も反論出来ない。体術訓練中に脱け出してきたのは事実だ。





あ~疲れた~腹減った~

20周だったらギリ間に合ったかもしれない寮の夕飯も、25周じゃ余裕でアウト。

仕方なく食べに行くことにして、いつも行く酒場に向かった。


扉を開ければドアベルが響き、旨そうな香りが空腹の鼻を刺激する。

空いてる席を探して店内を見れば、女の子が1人テーブルにもつかず隅で座っていた。

酒場に女1人って言うのも珍しいけど、それよりも珍しいのは真っ直ぐに伸びた黒い髪だ。

暗闇に溶け込み、白い肌だけが浮かび上がって、ゆらゆらと空をさ迷うその手が幻想的ですらある。


その近くに空席を見つけ、腰かけた。

驚いたように顔を上げ、手を下ろした女の子は俺よりちょっと年下に見える。

目があった俺ににっこりと笑いかける顔は、少し幼さを残しながらも女性的な優しさがある可愛らしい顔立ちだ。


「お嬢さん、何されてるんですか?」


にっこりと笑って気になっていたことを聞いてみる。


「絵を描いてるんです」


紙もインクも持ってないのに絵?

よくわからず女の子の真似をして空中に手を動かすと、恥ずかしそうに訂正された。


「あ、いえ。依頼をしてくれる方を待ってるんです」


絵描きさんか。


「ふぅん。どんな絵を描くの?」


「人ではなく建物ですが、あれは私が描いたものです」


女の子の指差す方向を振り向けば、入り口近くの壁に額縁に入った絵が掛けられている。

それは、外から月の光亭を見ているような、鏡に映ったような…とても人が描いたものに見えない。


「え?あれ、君が描いたの?と言うか人間が描いたの?」


「人間?はい、私が描いたものですよ」


事も無げにそう言われ、ええ!?と思わず声を上げ、その絵を間近で見るために立ち上がった。

暗がりで見にくく、近くにあったランプを取って照らしてよく見ても、やっぱり人が描いたなんて信じられない。

色がない、黒一色で描かれたのであろうその絵は、不思議な力で景色を切り取ったようにリアルだった。

こんなの初めて見た。



「お嬢さんすごいね。神様が月の光亭を切り取ったみたいだよ」


素直にそう言葉にすると、嬉しそうに女の子が微笑んだ。


「ありがとうございます」


「それで、今日は何か描くの?」


話ながらも、空腹に堪えられずエドワード(店主)に向かって片手を上げた。

エドワードも気付いて片手を上げたから、直ぐに運ばれてくるだろう。


「どなたかからご依頼されれば描くつもりだったのですが、残念ながらまだ依頼がないので、描かないままですかね」


「人も描くの?」


「はい。建物の絵も描きますが、人を描く方が好きですね」


あれだけの絵を描くのに、人を描く方が好きだと言うこの子に興味が湧いた。

そこへエドワードがいつもの酒と料理を持って現れた。


「よう、ジャック。お前もナオミさんに絵を描いてもらうのか?」


ああ、この子ナオミちゃんっていうのか。

目の前には今日のおすすめだろう焼き魚や、つまみにするソーセージ、フライドポテトが置かれ短くお礼を言う。


「ありがと。あの絵、このお嬢さんが描いたんだろ?すげえよな。誰か他に描いてもらった奴はいるの?」


「昨日リックが描いてもらったぞ。絵の中でも酒飲んでて皆で笑ったが、リックらしくていい絵だった」


今日はいないが、ここの常連でレーベル水運の社長であるリックは、仕事は出来るし口が悪いことを除けば人のいいおっさんだが、かなりの飲んだくれだ。

奥さんとは朝飯を一緒に食えばいいと言い切って、夜はもっぱらここで飲んでいる。

そのリックらしい、と言われれば、真面目な顔ではないんだろうなと予想がついた。


「へぇ、俺は絵と言えばこんなのかと思ってたよ」


言いながらオーバーにキリッとした顔を作ると、クスッとナオミちゃんが笑った。


「ああ、俺もそう思ってた。でも、なんつーか、うーん。なぁルドルフ!昨日のリックの絵、良かったよな!」


「おう!まんまリックが紙に入ったみたいな、いい絵だったぞ!」


エドワードに声をかけられ、ルドルフ(常連の1人)がそう答えた。

ルドルフは言いづらいこともきっぱり言える人柄だ。そのルドルフが文句なしに褒めるということは、かなりいい絵だったということだ。


「へぇ、そう言われると俺も描いてほしくなるな」


ナオミちゃんを見れば、自信があるのか余裕な笑顔だ。

まぁ あれだけの絵を描けるんだから、彼女の国ではかなり有名な絵描きなんだろう。

庶民的なシュリシュの服の割に、髪や肌の艶を見ても生活に困ってる風はないし、力試しにシュリシュに来た、ってところか?


「まぁ、頼んで損はないと思うぜ」


そう言い残してエドワードは戻って行った。


「どうされますか?」


「うーん、ちなみにお代は?」


描いた後に吹っ掛けられたら困る。


「描き上がりを見てから、お客さんに決めてもらってます」


「え?描くだけ描いてもらって、俺が1カルだって言ったらどうすんの?」


なんだそれ。そんなの聞いたことない。


「その時は1カルですかね。それくらいの価値しかない絵を描いたのは私ですし。まぁ実際には、さすがにお渡ししないかもしれませんが」


「お嬢さん欲がないね。100カルで描いてくれって言ったら?」


「ん~先に予算を言われたことはないですが…。そうですね、小さな紙に描きましょうかね」


金に困ってはなさそうだと思ったけど、本当に力試しがしたいだけなのか?

リックと比べて俺は金持ってるようにみられてないだろうし、適当に描かれるかな。

う~ん。でも興味はあるしな。まぁ、ぼったくられる事がないなら試してみるのも面白いか。


「ふ~ん。それでも断らないんだね。よし、気に入った!俺も描いてくれる?」


「100カルですか?」


「いや、普通に描いて欲しいな。お手並み拝見ってね」


グラスを乾杯するように一度持ち上げて、喉を潤した。


「ありがとうございます。そう言われると緊張しますね」


飯をつまみながら話してみると「どう描きますか」と聞かれたが、絵なんて王太子殿下の居室でチラッと見たことがあるくらいの俺には答えようがない。

描き慣れてるだろうこの子に任せる方が恥をかかずに済む。

「お任せで」と丸投げすると、色々質問された。


疲れたところに酒も回って、最近あったことや仕事の話をする。

近衛騎士団すら知らなかった様子で、王室の警備が仕事だと言えばすごいと返され、訓練がきついと言えば日々鍛えているから体つきがしっかりしてるんですねと感心してくれ、段々気持ちよくなってくる。

シュビック隊長のかっこよさを語れば、「部下であるジャックさんが褒めるということが、その方の上司としての何よりの評価ですよ」と嫌な顔一つせずに同意してくれ、調子に乗って立ち上がり敬礼まで披露してしまった。

はぁ 聞き上手な子だなと思いながらイスに座ると、インクもないままペンを動かし始め、急にナオミちゃんの目付きが変わった。


会話の柔らかな声はそのままに、ものすごい早さでペンが動き、吸い込まれるような黒い瞳に見つめられる度にドキリとする。

邪魔にならない程度に他愛ない話をしながら酒を飲み、つまみの追加を頼むか迷い始めたくらいに、時々手を止めたり、紙と俺を見比べたり、少しペンの早さが落ち着いてきた。


それから少しして、ふ~っと息をついた。


「出来ました」


差し出された絵をひょいっと受け取って見た俺は、驚いて声も出なかった。


そこには、国王に向かって整列敬礼する俺を抜き取ったかのような姿が描かれていた。

どなたかを正面に見据える真剣な視線の先には、確かに守るべき方が居るようにみえる。


「す…ごい、ね」


それだけをやっと口にする。

絵を見て、ふと思い浮かんだのは親の顔だった。

少年っぽさもなくなったこの絵の中の俺を見て、親は面影を見つけてくれるんだろうか。

帰れないまでも、手紙くらいと思い続けて…でも、字が書けないことを言い訳に中々連絡も出来ていない。


「これは」


右下に文字のようなものが書き入れられていて、この子は字が描けるのかなとちょっと期待する。


「はい?」


覗き込んだナオミちゃんは、眉を下げた。


「私の国の文字で、私の名前です。すみません、消しましょうか?」


やっぱり文字だった。


「いやそうじゃなくて、君は文字が書けるの?」


「自分の国の文字は書けます。この国の文字は読めますが、書けません」


「ああ、そうか。うん、そうだよね」


そうだよな~この字がシュリシュ語でないのはわかるし、シュリシュ人でもなさそうだしな。


「どうかされましたか?気に入っていただけなかったですか?」


「ごめん!違う違う。この絵はすごいね。とっても気に入ったよ」


困った様子のナオミちゃんに気付き、慌てて否定する。

う~ん。手紙がなくても、名前だけ書けば元気でやってると伝わる気はするんだけどな。

でも、一言添えられる方がいいとは思うんだよな。う~ん。

俺の言葉を待っているのか、ナオミちゃんは余計なことは言ってこない。

言うのも恥ずかしいけど、無言も失礼だよなぁ。


仕方なく親に手紙を書きたいけど、代筆を頼むのも恥ずかしいことを話した。

この子も文字は書けないらしいし、手紙は諦めて、絵だけでも送ろうかな。

ぼんやりそう考えていると、目を輝かせたナオミちゃんが力強く顔を上げた。


「ジャックさん!手紙、描きましょう!」


「へ?」


文字が書けないと言っているのに、何を言い出すのかと思えば、小さな紙を出して、またペンを走らせ始めた。


書けると答えた俺の名前を言われるがままに書き込み、親がどんな容姿か聞かれ、遠い記憶を思い浮かべながら答える。

手元を覗けば、小さな人間の絵が描かれ、それが文字が読めなくても内容が伝わるような姿で描かれているのがわかる。


俺を小さくした人間は、元気、国王を守る、飯を食う、と言ったところか。

上手く親の特徴を入れた男女の人間は、沈んだ様子のものに×がつけられ、元気な姿に○がつけられている。

それが親だと気付き、名前なら書けると口に出せばナオミちゃんはそれならぜひ名前を書いてくださいと笑顔で言ってくれた。

少し緊張で手が震えてしまったのはバレたかな。

はい、と渡された『手紙』は、すごいものだった。


「はぁぁぁ すごいね。こんな絵の描き方もあるんだ。初めて知った。確かに俺に見えてくるし、父さんと母さんに見えるよ」


「送るなら、あまり表面が擦れないようにしてくださいね。水にも弱いです」


「わかった。木紙に挟んで、配達も丁寧に扱ってくれるところに頼むことにするよ」


こんないい絵が雑に扱われるなんて、許されないと思う。


「郵便って高いですか?」


「俺の村は離れてるから、それなりにかかるね」


「村から、王都に送るのも高いですか?」


ん?やけに詳しく聞いてくるけど、どうかしたのかな。


「村からだと業者がそもそも少ないから、こっちに来る予定のある商人とかにお金を渡して頼むことの方が多いかな?どうして?」


その後された提案に、二つ返事でお願いする。

なんと、挟んでいく木紙と木炭ペンをナオミちゃんに預けたら、親から返事がもらえるようにしてくれると言う。


元気な人、寝込む人、金に困る人なんかを描いてくれるから、それを木炭ペンと一緒に配達を頼み、向こうで親にその場で返事を書かせる。

○や×を書くだけで返事が出来上がるんだから、配達人も待ってくれるだろう。

それで、そのままその木紙を俺に配達してもらえば、最低限の向こうの様子がわかるだろう。ということだ。

同じ配達人に頼むんだから、配達料も俺が払えるし親に負担かからない。


すごい発想をする人だと感心して、明日には買ってくると約束した。

3つの絵の代金を払おうと思ったけど、飯を食うだけのつもりだったから、持ち合わせがないことに気付く。

払いたい額が財布袋に入ってないから、支払いは明日にして欲しいと頼み、描いてもらった絵は明日受けとることにした。


機嫌がよくなり、もう1杯飲んで帰ることにすると、ナオミちゃんはまた明日と、ここに泊まっているのか部屋に戻っていった。

その隙にリックがいくら払ったのかこっそり聞いておいた。





次の日。

昼前に待ち合わせしたし、昼飯くらい一緒に食べないかなと期待して多めに財布袋に金を入れる。

ナオミちゃんに渡す分はしっかりきれいな布袋に入れた。

気分よく仕度していると、同僚から声がかかった。

嫌な予感がする…。



広場について、ベンチに座ると直ぐにナオミちゃんが来た。

木紙と木炭ペンを渡すと、すらすらと絵を描き上げ、昨日の似顔絵と手紙も出してくれた。

お代が入った布袋を渡すと、怪訝そうな顔で中を確認し、慌てて返そうとしてきた。


「間違いなくその価値がある絵を俺は描いてもらった。それに、近衛騎士団ってなかなか高給取りなんだよ」


足りないと言われても仕方ないくらいの絵なのに、欲がない子だな。

ありがとうございますとわざわざ言ってくれる笑顔に、ああ一緒に飯くらい行きたかったなと思う。


「本当はお昼を一緒にと誘いたかったんだけど、急に仕事になっちゃったから、また改めて誘うね」


くそ。朝同僚に仕事を押し付けられなきゃ、絶対に誘って行ったのに。









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