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13.監視の目

夜告げの鐘がなり、今日は月の光亭に行くことにした。



カランカランとドアベルを鳴らせば、ごはんのいい香りがする。まだ人は多くないけど、後ろからまた人が来たしすぐに込み合うだろうな。

どこに座ろうか、と考えているとルドルフさんが手を上げた。

リックさんも隣に見えて、同じテーブルに座る。


「お2人とも、こんばんは」


「なぁ ナオミちゃん。今入ってきた奴に見覚えがあるか?」


挨拶もそこそこにルドルフさんが小声でそう聞いてきた。

私のすぐ後に入って来た人のことだなと思って、近くに座ったその人をさりげなく確認する。


「いえ、知らない方です」


小声で小さく首を振ると、リックさんと目配せをし、ため息をついた。


「最近、ナオミちゃんが()光亭()に来ると、初めて見る顔の奴が直後に入って来ることがある。なんとなくナオミちゃんのことを気にしている様子で近くに座って、度数が低い酒を頼むんだが、あまり飲んでる風でもない。怖がらせて悪いが、気を付けた方がいいと思って」


「帰りは、誰かに声かけて送らせるから1人で帰ったりするんじゃねぇぞ」


2人の真剣な表情に、もう一度見知らぬ男性をちらりと見てから頷いた。


「俺も気にしとくから、仕事待ちはカウンターの近くでね」


ごはんを運んできてくれたエドワードさんからもそう言われ、少し怖くなる。

ただの偶然であって欲しいな。



「そういえば!エリーゼちゃんの絵を描くんだって?」


不安な空気を打ち消すように、ルドルフさんが声を上げた。


「エリーゼちゃん?」


「あれ?違ったか?トムんところの娘さん。今度結婚する」


「ああ!依頼受けました!まだ詳しくトムさんから聞けてなくて。娘さんエリーゼさんっておっしゃるんですね」


「そうだよ。奥さん似の可愛い子でね」


「嫁ぎ先はカイド王国だったか。向こうの家族にトムも挨拶に行ったとかで『中々遠いな』ってぼやいてたよ」


クイッとお酒を飲みながらリックさんが続ける。


「まぁ 寂しいだろうな。あいつは口には出さんが。俺も娘が嫁に行った時はくるもんがあったもんな。すぐ近くに引っ越すだけだってのに」


「お前は連日飲んだくれて大変だったな。トムは…そんなタイプじゃねぇな。だからこそ娘さんも心配なんだろうし」


ルドルフさんもしんみりとグラスを傾ける。


「……やっぱり、娘さんがお嫁に行くのって嬉しいだけじゃないんですか?」


依頼を受け、絵を描くと決めたけどまだどう描くか決めかねていた。

父一人子一人。お嫁に行くのは寂しさがあるんだろうか。お嫁に出すには寂しさがあるんだろうか。

私にはわからない感情。だから、どう描いていいのか迷っている。


「嬉しいはそりゃ嬉しいんだがな。なんつぅか…な!それにカイド王国とは食も文化も違うしな。トムから土産によ、コーヒーってもんを貰ったんだが、これがまた苦ぇんだよ。粉飲み込んで気持ち悪ぃし」


「ああ、俺も貰ったんだが、飲みやすいもんではなかったな」


あ!ケントさんからもらったコーヒー、トムさんのだったんだ。

2人にカフェオレの入れ方を説明すると、試してみると言っていた。


食べ終わってからカウンターの近くで依頼待ちをさせてもらったけど、今日は依頼が来ず。

いつもより早めに帰ることにして、ちょうど帰るお客さんに送ってもらった。

さっきの男性はついてきたりしてなくてほっとする。




寝そべるように湯船に浸かり、トムさんの絵をどうするか考える。

1枚は、花嫁さんと花婿さんの絵だよね。服とかを先に描かせてもらえるとありがたいな。

1枚は、うーん トムさんと2人…花婿さんも入れて3人かな…

残り1枚どうしようかな。


結婚は幸せなものばかりだと思っていた。好きな人と一緒になるわけだし。

親は寂しい。娘も寂しい。

今回は国を離れるからかな、と考えてたけど、リックさんの言い方だとそれだけではないのか。

ああ どう描こう。





「なぁ ナオミちゃん。どんな絵にするかもう決まってんのか?」


宝箱で常連さんからそう聞かれた。ご祝儀を出した1人だと聞いているし、別に依頼を受けたことは隠してないので、興味があるのは当然だと思う。


「まだ決まってないんですよね。トムさんとも話をしたいのですが、中々会えなくて」


そう。会えてないのも、どう描くか決まらない理由なんだ。


「そうかぁ。準備も色々大変だろうし、宝箱にもそんなに来てないんだよな。娘さんと過ごしてんのかな」


「下書きしたいし、娘さんにもお会いしておきたいんですけどね」


「お、それならトムの家に行ってみるか?場所なら教えられるぞ」


「本当ですか?教えて欲しいです!」


娘さんに会わせてもらって、顔の当たりぐらい書いておかないとお披露目の間に3枚も描くなんてムリだし。よし、直接行ってみよう。

…でも、日中に行こう。変な人いたらやだし。


「ナオミちゃん、難しい顔してるね。トムのことで悩ませてる?悪いね」


「違うんですよ、ケントさ~ん。聞いてもらえます?」


心に引っ掛かっている月の光亭での話をすると、ケントさんが難しい顔になった。


「不安にさせたら悪いと思って黙っていたけど、初めて朝ごはんを食べた日覚えてるか?

あの時、ナオミちゃんの後に入ってきた男がいたんだけど、夜にお店で見たことがない奴だったんだよ。朝は看板を出してないから一見さんが来ることはないし、紹介で入ってくる人は「開いてますか」と聞く場合がほとんどだし…。

うちの店に来たときは誰かに送らせるようにするから、気を付けた方がいいよ」


その話を聞いてピンと来た。

宝箱で初めて朝ごはんを食べたのは、王室の依頼を受けた次の日だ。

「信用できるまで見張ってます」と警告するアルフォードさんが思い出される。

他言しないって言ったのにな。

騎士さんって暇なのかな。


周りの心配をよそに、私は逆に安心していた。打ち明けられないのが心苦しいけど、騎士さんに見張られてるって、犯罪に巻き込まれそうにないよね。警察がついて回ってる感じでしょう?

そう思って、気にせずいつも通りの生活を続けた。




教えられて向かったトムさんの家は、普通の3階建のお家だった。

ノックをするとトムさんが出て来て、少し驚いた顔をした。


「ナオミちゃん?どうした?」


「突然すみません。ケントさんから依頼を受けて、どんな絵にするかを相談したくて」


「あ~娘の結婚のね。聞いてるよ。手間取らせて悪いな。とりあえず中に入るか?散らかってるが」



家に入れてもらい、トムさんと話をしてみたけど「適当でいいよ適当で」と言われ、やっぱりどう描くか決まらなかった。

娘さんがいる時にまた伺うことを約束して、今日は帰ることにした。




悩んだまま広場で腰掛けぼーっとしてると、肩をポンと叩かれた。


「やっぱりナオミちゃん!今日もお仕事?」


人懐っこい笑顔で話しかけてきたのはジャックさんだ。


「こんにちは。お仕事と言えばお仕事でしょうか」


「ん?どうかしたの?」


隠してる依頼出もなかったので、名前は出さずにどう描くか悩んでることを話す。


「なるほど~外国に嫁ぐ娘さんね。まぁ親は寂しいよね」


「やっぱり、そうですか」


「ナオミちゃんだって、結婚じゃなくても外国に来るの反対されたり、寂しがられたりしたでしょ?」


私が、外国に行くのを、父親が、寂しがる?


「あれ?難しい顔してるけど、それで親と喧嘩でもした?うちもそうだったしね」


黙った私に、そう言葉を続けるジャックさんも、遠いところからシュリシュナに出て来たと言っていたことを思い出す。


「ジャックさんのご家族は反対されたんですか?」


「そりゃあ大反対!『都会に出たからって、そんなに上手くいかない。この村のどこが嫌なんだ』って端から話を聞いてくれなくて。俺も幼かったんだよね。『こんな田舎(むら)出てってやる!』って飛び出したんだ」


「今はそんなこと思ってませんよね?」


「うん…。今は、て言うか後悔は早かったよ。運よくすぐに騎士団に入れたけど、入るまでの短期間ですでに田舎が恋しくて堪らなかった」


ははは!っとジャックさんが笑った。


「夜ベッドに入って目を閉じると、田舎の景色が思い浮かぶんだよね。畑ばかりで、古い家がポツポツあるだけの寂れた村の景色が」


「今でも思い出しますか?」


「うーん…思い出さないわけじゃないけど、10年も経つとさ、段々細かいことを思い出せなくなって来るんだよね。家も、親の顔ですら…。何となくは覚えてるんだけど、ぼんやりしてるというか」


うん、それはわかるかもしれない。

写真とか、思い出す(よすが)がないと長年はっきり覚えておくのは難しいものだ。


「ジャックさん!ありがとうございます。とってもいいヒントがもらえました!」


「ん?そう?よくわからないけど、何かの役に立てたならよかったよ」





次の日早速トムさんの家に向かった。

といってもトムさんには会わず、むしろバレないようにこそこそと1枚目の絵を描き上げた。

よし、あと2枚だ。




夜になって宝箱に行くと、トムさんがいて、なにやら怒っているように見える。


「トムさん、どうかしたんですか?」


こっそりとケントさんに聞くと、肩をすくめ言いにくそうに説明してくれた。


「エリーゼちゃんがねぇ…」


娘さんのお披露目のために、トムさんはドレスをオーダーしていた。結婚式はカイド王国の衣装でするため、せめてお披露目ではシュリシュのドレスを、とトムさんは考えたんだそうだ。

それで、出来上がる予定だった今日、ドレスを取りに行くと「娘さんからキャンセルの連絡が来たから作ってない」と言われたらしい。お披露目はあと7日後で、今からじゃ到底作れない。娘さんにどうしてそんなことをしたんだと聞いたら「ドレスなんて必要ない」としか言わず、話にならない。



「全く!俺がせっっかく親としてやれることをやってやろうって言ってんのに、なんなんだあのバカ娘は!!!ケント!同じもの!」


すでに酔っているのに、トムさんはまだ飲む気なのか、グラスを高々と持ち上げた。


「やめとけ、飲み過ぎだよ」


「ここは酒場だろうよ!飲みてぇ客に酒も出さねぇってどういうこった!」


珍しく大きな声を上げるトムさんを周りの人もまぁまぁと諌めている。


「お!ナオミちゃん!絵はもういいよ!ナオミちゃんの絵なんてバカ娘にはもったいねぇからな!」


私に気付いてそう言うと、トムさんは盛大にため息をついた。


「わぁ!誉めてもらってありがとうございます!」


たぶん周りからも娘さんの話ばかりされて、引くに引けなくなってるだけじゃないかと思うんだけど。どうだろう。


「ん?あ、ああ!ナオミちゃんの絵はいい絵だからな!」


よし。このまま話題を変えてしまおう。



それから絵の話をして、美人なお姉さんの話をして、いい男は髪があるかどうかじゃ決まらないという話をして、気分が変わったところで「仕事なくなったら困ります」と娘さんに会う日を無理矢理決めた。

もうお披露目まで日数もないから、せめてデッサンしておきたいからね。






娘さんは午後にはいると言っていたので、午前はとりあえず広場でサンプルを広げていた。

若いお兄さんが依頼してきたので、似顔絵を描く。

なんとなく柄のよくなさそうな見かけではあるんだけど、お仕事だからね。

描いてる間、ずーっと、しつこく、昼間だと放送出来ないような質問を繰り返され、うんざりしつつ愛想笑いで絵を描き終えた。


「こちらでどうでしょう?」


「これ、俺が値段決めていいってマジ?」


「…一応今まではそうしてきてますね」


「じゃあ10カルね。俺、こんなに不細工じゃねぇし。絡まれて嫌々描いたんだろ?10カルね。10カル」


ほら、と10カルを床に落とされ、絵をとられそうになって思わず腕を引いた。


「10カルしか価値のない絵を描いてしまい申し訳ありません。価値のない絵をお手元に置いておかれるのは不快でしょうから、こちらは買い取っていただかなくて結構です。勉強させていただきありがとうございました」


丁寧な言葉ではっきりと拒否して、頭を下げた。

本当に少数だけど、たまにこういう人がいるんだよね。

でも、それを許してたらお仕事にならない。この対応をすると、大体はばつが悪そうに相応な値段を払って買っていくか、捨て台詞を吐いて去っていくかだ。


「はぁ!?俺には絵を売りたくねぇってことか!?」


「いえ、価値のない絵をお渡しするのは心苦しいだけです」


「バカにしやがって!ふざけんなよ!!!」


血走った目で拳を握りしめる男を見て焦る。

これヤバイやつかな…!?

周りの目が多い場所だから、すぐに警ら団の人は来てくれると思うけど…!

逃げるにもすぐに追い付かれるだろうし…

あ、ヤバイな。としか考えられなくなった時、後ろから地を這うような低い声が響いた。



「何をしようとしている?」


「お前には関係ねぇだろ!?引っ込んでろ!」


少しだけ振り返ると鬼の形相でアルフォードさんが立っていた。


「…近衛騎士団第二騎士隊長のアルフォード・シュビックだ。街の治安維持も仕事だから、このままお前を捕らえて警ら団に引き渡してもいいが?」


「近衛…きし、きし…」


男は明らかに動揺し、目がさ迷っている。


「警告で済ませたかったが、仕方ない…」


アルフォードさんがため息をついて一歩踏み出した。


「ヒッ!ちがっ、俺は、いや、買う。買います!ちゃんとした値段で、あの、買います…から」


「お前なんかにこの人の絵はもったいない。次にこの人に絡んでみろ、無傷で牢屋には入れないからな。失せろ」


「ヒッ!」


唸るような声に、小さな悲鳴をあげて男は転がるように走り去って行った。


「あの、ありがとうございます」


さっきのは危なかったな。

騎士さんが見張ってくれてて助かった。


「お怪我などは?」


「大丈夫です」


「代金を払うと言っていたのにすみません、私が払いますよ」


別人のような笑顔でそう言うと、自然な様子で私の手から絵を取った。


「いえ、どうせ売る気はなかったので」


「とてもよく描けてるのに。悪いのは元の顔だけで」


アルフォードさんのその言い方に思わず笑ってしまう。


「ちょっと、それひどくないですか?」


「え?顔が?」


「!?あはははは!ひどい。私、そんなこと言ってないのに!」


堪えきれず吹き出してしまった。

それを見たアルフォードさんも笑った。



道具を片付けてアルフォードさんと並んで座る。


「大変でしたね」


「たまぁにあるんですよね。10カルとか1カルとか。まぁ暴力にはしる人は初めてですけど」


「気を付けてくださいね。いつでも助けられるといいですが、そういう訳にはいかないので」


「すみません。気を付けます」


私も怖い思いはしたくないからね。




「そう、これを」


差し出されたのは両手に収まるくらいの布袋。


「…なんですか?」


「……どうぞ」


中身を言わないアルフォードさんに警戒しつつも、押しに負けて布袋を受け取り、中を見る。

前に高そうなアクセサリーを渡されそうになったんだよね。報酬は十分いただきましたって言ったら「私個人からです」とか訳のわからない言い訳をされて。

これ以上の報酬はあまりに貰いすぎだと思う。


「え?これ…」


それは、見覚えがあった。


「女性に人気なんだそうですよ」


うん、人気だろうね。私ですら見たことあるし。

中に入っていたのは、洗顔石鹸と口紅だった。見たことあるだけ、高すぎて買えなかった高級品。

「王太子殿下からの依頼を受けて有名になったんだから、身なりに気を使え」ってことかな。お風呂には毎日入って、清潔にはしてるんだから、それで勘弁してください。


「お風呂には毎日入ってますし、清潔にはしてるんですよ?化粧っけがないのは、この国の方はどなたもそうですし」


そっと布袋の口を閉じて、アルフォードさんの膝に戻す。


「え?いや、そんな失礼な意味ではなくてですね…!」


少し慌てたアルフォードさんが色々言っているけど、そろそろごはん食べてトムさんの所に行かなきゃ。


「身なりには気を付けるようにします。今日はこの後行くところがあるので、失礼しますね」


「あ、いえ…なんか、すみません…。あ、お送りしますよ」


「いえ、大丈夫ですよ。助けていただいて、ありがとうございました」



さぁ、娘さんに会えるかな。





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