11.今の日常
王室からの依頼から1週間も経つとやっと日常に戻ってきたと感じ、画家としてお仕事をする生活を日常だと思っている自分に驚いた。
日本で生活していた時よりも、孤独感は少ないように思う。人との繋がりや人間関係の大切さ(お局や上司のご機嫌取りじゃなくて人間関係ね)を強く感じるからかな。
◇
後日、ゲルハルトさんには謝りに行った。
シュビックさんがお迎えに来た時、ムダに騒いで迷惑をかけてしまったから。
「ゲルハルトさん、今大丈夫ですか?」
「おうナオミちゃん。ちょうど人が空いたところだ。どうした?」
「この前はお騒がせしました。きちんと謝れてなかったので」
「いいんだいいんだ。すごいな。お偉いさんから依頼が来るなんて…ナオミちゃん頑張ったな!」
私以上に喜んでくれるゲルハルトさんに、ちょっと照れくさい気持ちになる。
「ありがとうございます。騎士さんが急に来て、驚いてしまって」
「俺も驚いたよ。怪しい奴かと思ったら、騎士団の制服来てっから。近衛騎士がお偉いさんの依頼を受けて、靴職人とか髪飾りの職人とかの一般人を迎えに来ることがたまぁにあんだよ。今回は芸術職か?」
ニカッと笑ったゲルハルトさんに、私も笑い返した。
「芸術って柄じゃないですけど。突然なんですね」
「依頼者が国の大臣だぁ、外国の来賓だぁ、偉い奴が多いらしくてな。時間があると、技術者がよからぬことを企むんじゃないかって、突然迎えに来て、短期間で仕事させるのがいつもらしいな」
「安全面に配慮してってことですか」
「そうそう。つっても、俺も実際に呼び出された人を見るのは初めてだったから、遅れてお偉いさんの機嫌を損ねたら大変だと思って。悪かったな、説明が足りなかったよな。ナオミちゃんが異国の人間だってつい忘れちまって」
申し訳なさそうに頭をかくゲルハルトさんは、きっとすごく心配してくれたんだと思う。
「心配していただいてありがとうございます」
そう言って頭を下げた。
「いやいや、次の日にはちゃんと帰ってたし、無事に仕事を終えてなによりだ。
ついでに武器屋としては、ナオミちゃんのお迎えや伝言のためにシュビック隊長が何度か来たから『騎士隊長も利用する武器屋』つって話題になって客が増えたから万々歳よ!」
ヒッヒッヒッと悪い笑顔を見せた。あれ、もしかしてこっちを喜んでるのかな。
「高貴な人から依頼を受ける画家がいるって話題になってっから、ナオミちゃんも依頼が増えたんじゃねぇのか?俺ん所に画家さんは不在かって聞きに来る奴が増えてるぞ」
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「いやいや、店が開いてる時だけだし別に迷惑はかかってねぇよ!」
言い方が悪かったと謝るゲルハルトさんに、もう一度頭を下げて部屋に戻った。
この問題、どうにかしないといけないと思ってるんだよね。
電話もなくて、それどころか識字率が高くないこの国では、すれ違いが頻発する。
何時ならいるか書いて扉に掛けておこうかと思ったら「それすら読めない」と指摘を受けて断念。
不在だったら次に来てくれる日に○をつけてもらうのはどうだろう!と言ったら「どうやってそれを周知するんだ?」と聞かれて断念。
日本の識字率ほぼ100%ってすごかったんだな。
話題になってるのはたぶん本当で、おかげで日中も予定が埋まるようになってきたけど、そうなると益々すれ違いが起きて、ゲルハルトさんに聞くお客さんも増える。
自分のスケジュールも把握しきれなくなってきてるから、それもどうにかしたい。
ちょっと行きにくいけど文具店に行って、相談してみようかな。
「こんにちはぁ…」
そっと扉を開けて中を覗くと、片眼鏡の店員さんがこの前と同じように座っている。
「あぁ この前の!いらっしゃいませ」
ん?前と雰囲気が違わないか?
私のことは覚えてるみたいだけど。
「あの、ちょっと、ご相談がありまして」
「はい。なんでしょう」
現状困っていることをあれこれ相談すると、スケジュールボードはすでにあるらしい!
木紙に焼き小手で線や日付が入ってるんだって。そこそこ大きいし一度買うとあまり買い換えるものでもないので、受注注文になっててお店には普段置いてないと。
ちょっと高い買い物だけど、私も1つ注文した。
「ありがとうございます。そういえば、この前はすみませんでした」
「え?」
「いえね、うちの店はあまり女性一人で買いに来るお客さんなんていないんですよ。来ても女社長みたいな人くらい」
「はぁ…」
「ですから、その大きなバッグを持っていらしてたから、何か持って行かれるんじゃないかと心配でね。いやぁ 高名な画家の先生だったんですね!」
ん?この前の居心地悪い対応は、質素な…いやいや、シンプルな服でこっちの人は普通しない外掛け鞄の私を、窃盗犯と疑ってのことだったってこと?
さらっと失礼なこと言われてる気がする…。
「あぁ!でもね、言語も達者でしたし、まだ出たばかりの万年筆もご存じだったでしょう!きっと高貴な人なんだろうなと思ってたんですよ!ええ!」
慌ててフォローされてるけど、絶対そんなこと思ってなかったよね…。まぁ いいんだけどさ。
「木紙に焼き小手で印をつけるって、自分でも出来ますか?」
ちょっと思い付いたことがあるんだよね。
「大きなものは難しいでしょうな。それこそスケジュールボードなんかは、やっぱり出来上がった型の小手で1度につける方が凹凸が少なくてきれいに仕上がりますし」
「小さな物なら、難しくないということですか?」
「ちょっと表札を彫るくらいなら、個人でなさる方もいらっしゃいますよ。ああ!画家さんですから、ご自分で焼かれるのも面白いかもしれませんね」
チャレンジしてみようかな。
焼き小手を買えるお店ややり方を聞いて、大きめの木紙と焼き小手用の金属棒を買って帰った。
ぶっつけ本番は怖いから、少し煮詰めようっと。
意外と重かった木紙と棒を抱えてひぃひぃ言いながら帰っていると、アルフォードさんと会った。
制服じゃないし、プライベートかな?
にっこりと笑って話しかけられた。
愛想笑い出来るんじゃないか。依頼の時もせめてその愛想笑いをしてくれてれば…。
「こんにちは。えらく重そうですね」
「こんにちは。大きめの木紙を買ったら、思ったより重たくて」
「お家まで運びますよ?」
「え?いえ、大丈夫ですよ。持てない程ではないですし」
なになに?なんでそんなこと言われてるんだろ?
怪訝な表情にならないように笑顔を作る。
「お持ちしますよ」
ひょいっと荷物をもたれ、強く断れずにお願いすることにした。
「ずいぶん大きな木紙ですね。どなたからかご依頼ですか?」
歩きながらアルフォードさんからそう聞かれる。
は!わかった!
他言しないように見張るって言ってた、あれだ!
偶然を装ってさらっと探りをいれたりするわけか。
はぁ~騎士さんも大変だ。
「いえ、不在表を作りたくてですね」
依頼じゃないのよ。依頼でもペラペラ喋ったりもしないのよ。
「ふざいひょう?」
不在表、通じなかったか。
どう説明したものか。
「私が不在の時にアトリエを訪れた方がいたら、それがわかるようにする、伝言板という感じですかね」
「ほう。それは便利でしょうね」
「そうでしょう?出来れば、次にいつ来るかもわかるようにしたいんですよね」
肯定されてちょっと嬉しくなる。
上手く作れれば、便利だと思うんだ~!
「ナオミさんは色々なことを考え付きますね」
「そうですかね?そうだといいんですけど」
他愛のない話をするうちに部屋に着いて、お礼を行って別れた。
お茶とかくらい出したほうがよかったのかも知れないけど、イケメンとお茶なんて緊張するし。
◇
マリアさんからの保留になっていた依頼を受け、約束の日に伺った。
今日は旦那さんとマリアさんの2人を先に描くため、並んでソファに座ってもらっている。
旦那さんは優しそうなイケメンだ。
シャーペンを動かしていて気になることがある。
マリアさんの雰囲気が変わった気がする。
ん~ちょっと体つきが女性らしくなった?
顔が優しくなった?
「何かいいことがありましたか?」
「はい?」
「なんだか、雰囲気が嬉しそうなので。いいことがあったのかなと」
2人は顔を見合わせた。
あ、気になってつい聞いたけど、ダメだった?
「ふふふ。やはり高名な方にはすぐにわかってしまいますのね、実は私、今お腹に」
そう言ってマリアさんはお腹に手を当て、幸せそうに笑った。
お腹に…?
「赤ちゃんですか!?」
「ええ。最近ようやくつわりが治まりまして。メアリー達にもつい最近言いましたの」
隣の旦那さんも嬉しそうだ。
あ、2人ともこの顔いいな。
「それは、おめでとうございます!」
「うふふ。ありがとうございます」
「わぁ!産まれたら、私にもぜひ見せてください」
「産まれるまでシュリシュにいらっしゃるんですか?」
「あぁ ええ。長くいることになりそうで」
「でしたら、次はぜひ赤ちゃんも一緒に、7人で描いていただきたいですわ」
「はい、もちろん!喜んで」
幸せをお裾分けしてもらって、嬉しい気持ちで帰路についた。
別の日にご両親4人を描き足して渡しに行くと、メアリーさんもいて女子会になった。
「マリア、お腹が大きくなってきたんじゃない?」
「ふふふ。この前初めてお腹を蹴られたの」
「これから痛いくらい蹴られるようになるわよ」
「覚悟しておくわ」
「それにしても、その絵。さすがナオミさんね!」
「私、こんな顔してるのね。ナオミさんから何かいいことがあったのかと聞かれた意味がわかったわ」
穏やかなやり取りに、心が落ち着く。
最近知り合う人からは「有名画家の人」っていう態度を取られるから、変わらない付き合いをしてくれる人が嬉しい。
まぁ、この2人は「元から高名な画家さんなのは知ってますが『お忍び』でしょう?私達、わかってますから!」という感じが相変わらず出てるけど。
月の光亭の常連さんやマーサさんご夫婦も相変わらず気安く話しかけてくれ、ありがたく思う。
リックさんは「ここら辺で1番に絵を描いてもらったのは俺なんだぜ!」と自慢してたらしいけど、変わらずお酒をご馳走してくれたりする。
「ねぇ ナオミさん、今日は何かお話をしてくださらないのですか?」
メアリーさんの声に現実に戻る。
「帰ってジュリアに話して聞かせるととても喜ぶんですよ」
「私も、この子が女の子ならそうなるのかしら」
「では、産まれるのが男の子でも話せるように、今日は魔法の学校に通う男の子の話でも」
前から度々誘ってくれる2人に、私の国について聞かれてたんだけど、テレビだとか冷蔵庫だとかの話は出来ないし。
それで、ふとおとぎ話をしてみたんだよね。家電とか出てこないし。
そしたら、これが2人に受けて。今では日本で読んでた小説だとかの長編も嬉々として聞いてくれるんだよね。
楽しい時間を過ごして、マリアさんからの依頼はようやく達成した。
依頼してくれたのは1番だったのに遅くなっちゃったけど。
次は赤ちゃんが産まれたら、だな。




