第八章 ある夜の物語
キネムの手の感触はここにある。そして足元を支える硬い床もある。ただ光がない。まったくの黒。絶対の暗闇。
「ここ、どこだろうね」
私の声は耳の痛いほどに静かなこの場所で、うるさいくらいに大きかった。
「わからない」
「キネムにも分からないことがあるんだね」
「ここはもう、物語の外だから」
「さっきも言っていたけど物語って?」
手を引っ張られる。
キネムが歩きだしたらしく、真の闇の中、私も足を動かした。
「君が今夜体験した出来事は、ある人物の作りだした物語なのさ」
「うん。途中からなんとなく気づいてた。この世界は私の作りだした夢。現実の世界では今から一か月前、お父さんが事故に遭って、世界が悪い方に一変して苦しかった。悲しかった。ひと月経って、学校でも普通に振る舞って、お母さんの前でも笑顔を見せて、だけど、それでもそれは外面だけで、私の心はやっぱりお父さんが事故に遭ったあの日から絶望が染み込んだままドロドロに腐っていて、そんな私に対してこの世界はあまりにも優しくて、あまりにも美しくて、あまりにも素敵で……。きっと私が自分を慰めるために、逃げ場を作るために用意した秘密の隠れ家」
キネムは黙り、私も黙る。
そして一つ深呼吸。
「でも違った。私の夢なんかじゃなかった。分かったんだよ、気づいたんだよ、キネム」
「何にだい?」
キネムの声は微かに震えていた。
「私は今、お父さんの心の中にいるんだね」
こんな現実離れした話は起こりえないことだけれど、実際に、現実に体験した今、何を疑う事があるだろう。
あの星空も、夢のように素晴らしい出来事も、おばあちゃんの家の近くの風景とか、謎解きに太宰を持ってくるあたりとか、そして私の傍にずっといてくれたキネムから感じる温もり、考えれば考えるほど、それはもうどうしようもなくお父さんだった。




