第六章 月光市場のある騒動
私たちもそれに応えてそれぞれに挨拶して「それにしても、何があったんですか? ただ事じゃないご様子でしたけど」と訊いてみた。
「どうもこもない。あの鼻長のペテン師め。俺から馬をだまし取りやがったんだ」
工藤さんは悔しさが滲み出た目で地面を睨み、体を震わせている。
「俺の所属する雑技団はここから十キロほど離れた原っぱにテントを張って公演しているのだけれど、俺の相棒であるセント・エルモ号の鞍が古くなって安定感がなくなり危なくなったからここへ買いに来たんだ。ところがだ。ここに着くなり長鼻の男が近づいてきて古くなった鞍を褒め始めた。使いこんだ色使いが良いとか、今じゃ滅多にお目にかかれないデザインだとか言われれば悪い気はしないだろう? そしてその鞍は確かに上物だったんだ。長鼻はポンポンと叩きながら『こりゃ立派だ。十万で売って欲しい』と申し出てきた。古い鞍が売れればそれを足しにさらに良い鞍が買えると考えた俺は二つ返事をしてしまって……」
「そうか。その長鼻さんは蔵を褒めちぎりつつ、馬の購入の話にすり替えていたんですね?」
キネムの言葉をきいて工藤さんは頭を抱えた。
「そうなんだ。俺がそれに気づいたのは契約書にサインし終わった後だった」
「もう一度、返してくれるようにお願いしてみたらどうですか?」と提案するも工藤さんは浮かない顔。
「あいつは騙すために近づいて来たんだ。絶対に返してくれないさ」
「だったら周りを味方につけるのはどうでしょう? その長鼻さんが商売しているところへ赴いて、馬の売買のいきさつを周りの人たちにも伝わるように非難するんです。長鼻さんも商売人なら信用に傷がつくことは避けたいはずですから、うまく行けば返してもらえるかも」
「それは良いアイディアかも知れん!」
工藤さんはパッと顔を光らせて私の手とキネムの手を取った。
「よし! 試してみよう! 君たちも一緒に来てくれるな?」
「な、なんで私たちまで?」
「このアイディアの発案者だからだ」
工藤さんは雑技団で相当に鍛えているらしく、私たちは何の抵抗も出来ないままグイグイと市場の中へ連れ戻された。




