第十話 失われた記憶を求めて! その19
「やっぱり投げない~☆」
「むぅ!」
「あ、やっぱり投げちゃおう~☆
「ムムムッ!」
うぐぅ、この年増魔女! 投げるのか、それとも投げないのか、さっさと決めろ! ええい、じれったいなぁ! イライラするから、こっちから攻撃を仕掛けてやる――ああ、下手に攻撃ができないわね。あの爆弾がメーディアの手許から離れて、もしも地面に落っこちたりしたら、即、爆発するんだっけ?
「やっぱり投げる! 死ねィィ! あ、不味っ……きゃあああっ! うげえ、しまったァァ~~!」
手許から離れら最後、〝なにか〟に触れた途端、爆発するという爆弾が、ついにメーディアの手許から離れる――あ、コケた。あの危険極まりない爆弾を投げようとした途端、メーディアが豪快にコケる……ってことは!?
「か、肝心なところでドジっちゃうなんてェェ~~!! うぎゃああああっ!」
真っ赤な閃光と爆風、そして荒れ狂う落雷のような爆音の奔流が、周囲の空間を歪めながら、メーディアを飲み込む。あれじゃ助からないかも……ご愁傷様です。
「うおおおおっ! メーディア様がァァ! メーディア様、メーディア様、メーディア様ァァ!」
「ぐーぐー、五月蠅いなぁ……」
「キャハハ、メーディア様、生きてます?」
「うおー、姐さん……姐さんっ! 姐さん……うがあああ!」
「うぬー、姐さんは無事か!? 生きていたら返事をくれ、姐さん! 姐さん、おいィィ!」
ありゃ、もう気絶から立ち直ったわけ? とばかりに、気絶から立ち直った勇鬼がメーディアの名前を連呼する。ん、いつの間にか同じく気絶から立ち直った鵺とカラス天狗も一緒になってメーディアの名前を連呼しちゃっているわね。
「ああ、返事がない。姐さんは死んでしまった……」
「まあ、あれで良かったんじゃね? メーディア様には。くそみそに仲が悪い姉上がいるし、また一触即発な嫌なイベントを起されちゃ俺らにとっては迷惑もいいところだったし……」
「うむ、あのふたりが今度、遭遇したらなにが起きるか判らない恐怖があったからな」
「メーディア様は死んで良かったかも! 死ぬことで姉妹の確執も解消って感じだし~☆」
「どうでもいいわ。そんなことは……てか、眠いからなにもかもが面倒くさい……」
「おおお、お前らァァ~~!! 私はまだ死んじゃいないィィ~~!! つーか、メチャクチャ言ってたわね! 許さないわ、うがあああー!」
むぅ、メーディアが生きていた! しかも無傷で――どういうこと!? バリアを張っているのか、それとも爆弾は爆発すると同時に瞬間移動したとか? 色々と予想できるけど、あの爆発から生還したなんてチートよ!
「ふ、ふうう、こうなったら、アレを使ってディオニュソスさん、アンタを捕まえるわ!」
「あのぉ~、私はディオニュソスじゃないんだけど……」
「嘘を吐くな! 騙されないわよ!」
「む、むぅ……」
「アハハハ、なんだか勘違いされているね~☆」
あうう、私はディオニュソスじゃないィィ! てか、私の背後から首に手をまわすかたちで抱きついている奴がいるわ! そいつがディオニュソスだァァ!
「さて、コイツでフルボッコよ! あれ、どこだ、どこだ……あった!」
「フィ、フィギュア!? ゴツゴツした無骨な岩石人形? 不気味だなぁ」
ゴソゴソと右手を着こなす真っ赤な派手なドレスのスカートの中に手を突っ込むメーディアの姿は滑稽だ。そして下品である。さて、そんなメーディアがゴツゴツした岩を寄せ集めてつくったような不気味なフィギュアを取り出す。
「コイツの名前は青銅巨人君だ! フン、今に見ていなさいっ……青銅巨人君、巨大化だァァ~~!!」
「ん、岩石人形を頭上に投げた!? う、まぶしっ……うわあああ、岩石人形が巨大化して舞い降りてきた!」
ゴツゴツした無骨な岩石を寄せ集めてつくったフィギュアには、青銅巨人という名前があるのね。んで、それをメーディアが頭上に投げると、カッと眩い閃光を放ちながら、巨大化し、ズドンッと舞い降りてくる! その大きさだけど、軽く四、五十メートルはあるわね、でかすぎ!
「うは、でっかいなぁ……」
「おい、のんびり言っているヒマはないぞ!」
「ま、まあ、確かに……」
「よし、わらわも巨大化だ!」
「巨大化しても、目の前にいる木偶の坊の半分くらいだね、狼姫」
「う、うっさい……うぬ、危ない!」
巨大化したメーディアのフィギュアこと青銅巨人に対抗すべく狼姫もズモモモッと巨大化するけど、大きさは大体十メートルかそこらである……てか、分が悪いな! うわ、その刹那、ゴツゴツした青銅巨人の右足の蹴りが狼姫を襲う!
「ちぃ、青銅巨人君のハンマーキックをかわすとは!」
「ん、そういえば、あの女の姿が見当たらないぞ!?」
なんとか狼姫は回避する。ん、そういえば、メーディアの姿がパッと私の視線の先から消える。どこへ行ったのよ!?
「メーディア様は青銅巨人の頭の中かな?」
「ちょ、コックピットがあるわけ!?」
「まあ、そんなところかなぁ……」
「てか、アンタはどこにいるわけ!?」
亜鬼が青銅巨人の頭の中にメーディアがいる――と、説明するわけだが、彼女の姿も見受けられないわ。
「青銅巨人の左足の下敷き……苦しい……あうあう……」
「下敷き!? でも、なんだかんだと元気そうね」
ああ、亜鬼は青銅巨人の巨大左足に踏みつぶされている状態のようだ。しかし、そんな状態で生きているとか、どんだけカッチカチな身体なのよ!
「あ、私以外は再起不能っぽい……グ~グ~……」
「ちょ、眠るな!」
亜鬼以外は再起不能のようだ。勇鬼と真鬼、それに鵺と烏天狗も、グシャッと亜鬼と一緒に青銅巨人の巨大な左足の下敷きってわけね。ありゃりゃ、ご愁傷様ですって言いたいわね。
「わお、勇鬼達を踏んづけてしまったわ、テヘ~☆ まあいいや、今はディオニュソスさんを捕まえることに集中しよう」
「だ~か~ら~! 私はディオニュソスじゃないっつーの! く、捕まってたまるか!」
いい加減にしろ、私はディオニュソスじゃない! そして捕まってたまるもんか! グオオオッと私を捕らえようと襲いかかる青銅巨人の巨大な右手を私は回避しつつ熊ファントム、熊マグナムを仕掛けるわけだ――うげ、まったく効果なし!
「わらわの体当たりをくらえ……ぎゃんっ!」
むう、十メートルほど巨大化した狼姫の猛烈な体当たりでもビクともしないわ。
「バルザイの偃月刀! うりゃあああっ!」
今度はバルザイの偃月刀の破壊エネルギーで――ムムム、青銅巨人のゴツゴツした岩石ボディを少し砕く程度か! 一応、熊ファントム、熊マグナムよりは威力があるはずなんだが……。
「ギャハハハッ! 無駄無駄無駄無駄ァァ~~!! 青銅巨人君の身体は無敵、不死身……そして最強! 故に傷をつけることなんて無理ィィ!」
メーディアの不快な笑い声が聞こえる。さて、どうしたものか――。
「へなちょこ攻撃はもうお仕舞? なら、こっちの番よ! 青銅巨人君……焦熱拳だ!」
轟々ッ! と、青銅巨人の右手が振りあげる。ん、そんな右手が赤く変色する……う、炎が噴出する! 炎をまとった拳を叩きつけてくる気ね!
「ホッホッホ~、わしなら~、あの~木偶の坊を~転ばせる~ことが~できるぞ~」
「ああ、老師ラビエル、なにをっ!」
ちょ、こんな状況でなにか!? 気づけば、老師ラビエルが巨大な青銅巨人の右足のところに! 下手したら踏みつぶされてしまう!
「ウフフ、お馬鹿な兎ちゃんねぇ。踏みつぶしちゃおうかなぁ~☆」
「と~こ~ろ~で、この~パイプは~なにかのう?」
「わ、わああ、それを弄っちゃらめェェ~!」
老師ラビエルが青銅巨人のゴツゴツした右足から赤いゴムのパイプのようなモノを引っ張り出している。なんだろう、一体……ん、メーディアが焦った声を張りあげたぞ!? ちなみに、五十メートルはある巨躯のわりにか細い血管だわ。太さは十センチかそこらだし――。
「ふむ、まさかギリシャ神話と同じとはねぇ」
「うむ、ならば、あれは弱点だな」
「え、どういうこと? あれが弱点ってことは――」
「そう、あの赤いパイプを引き千切ってしまえばいいってわけ!」
そういえば、ギリシャ神話のアルゴー探検隊の話の中にも青銅巨人が出てきたわね。詳しいことは判らないけど、青銅巨人の身体には神血が流れる一本の血管があり、そんな血管を射抜かれて死んだ気がする。さて、ヘルメスやアポロンの言うとおりなら、目の前の青銅巨人も、ギリシャ神話の青銅巨人と同じ弱点のようね。
「な~るほ~ど、や~は~り~、こいつは~弱点なのか~」
「ヒ、ヒギィィ! ちょ、やめ……やめやめ……やめろォォ!」
「だが~、断る~……ムンッ!」
一瞬、筋骨隆々な身体に変身した!? とにかく、老師ラビエルは青銅巨人の弱点である右足の血管を引き千切る! さて、青銅巨人の弱点を見極めていたのね。兎とはいえすごい!
「ギャアアアッ! ホントに引き千切った! ななな、なんてことを……ヒ、ヒギィィ! 青銅巨人のコックピットがある脳みそは膨張し始めたっ……押し潰されりゅ……ギ、ギギギッ!」
老師ラビエルが青銅巨人の弱点である右足の血管を引き千切ると同時に、メーディアの悲鳴が響きわたる。コックピットがある脳みそが膨張し、彼女の身体を押し潰そうとしているのかも!?
「う、血管から神血とやらが噴き出してきた!」
「で、出られない……ギギッ……出して……出して……くだしゃ……い」
ブシャーッ! と、老師ラビエルが引き千切った赤いパイプこと青銅巨人の血管から、大量の血が噴出する。それと同時に、ガクンと青銅巨人は立ったまま鎮座する。もう動くことはないだろう、恐らく――あ、メーディアは死んではいないようね。まったく、しぶといんだから! だけど、しばらく、青銅巨人の脳みその中で大人しくしてもらいたいわ。とりあえず、ディオニュソスに遼丹をつくってもらうまでは――。




