第十話 失われた記憶を求めて! その17
「誰がやって来たのよ!」
「メーディアだ! この気配は間違いないィィ!」
ゴゴゴゴゴッ――と、真っ白な全身の毛を逆立てる皇狐が言う。弧狐隊のアジトにやって来たメーディアとは、一体、何者なわけ!?
「メーディアって何者なのさ!」
「酒泉郷を二分する組織のひとつ――獣人などの女性のみで構成された武装集団をマイナスを仕切る存在であり、唯一の人間でもある」
「つまり、マイナスのボスってわけね! でも、なんで、そいつがここに!?」
「私の判るはずがないでしょう!」
とまあ、そんなマイナスのボスことメーディア自らが、弧狐隊のアジトへやって来たみたいだけど、何故、やって来たのか? その理由までは流石に皇狐にも判るはずもないか――。
「アハハ、きっと自らの手で、この私を捕まえようなんて考えているのかもしれない。人気者は辛いなぁ~テヘ☆」
「よ、喜ぶべきことじゃないと思う! 迂闊に外に出て捕まったりしたら大変な目に遭わされそうだよ!」
「え、そう? んじゃ、身ぐるみを剥されて口には出せないようことをされちゃったりするのかな? うーん、物好きだなぁ~☆」
「むぅ、そういう目に遭うならマシな方かと思うわよ。下手をしたら、それ以上の……」
「わああ、怖いなぁ! 痛いのはダメは勘弁してね!」
「ん、待てよ? その前に、ディオニュソスがここにいることがなんで判ったのかしら!?」
もしもし、ディオニュソスさん? アンタ、この状況を楽しんでない? 冗談じゃない! なんだかんだと、酒泉郷を二分化して争っている武装集団のひとつであるマイナスのボスことメーディアが自らやって来たわけだし――ん、その前に、敵対する武装集団のプラスの本拠地ではなくお仲間(?)の弧狐隊のアジトにディオニュソスがここにいることが、何故、判ったのかしら!?
「スパイがいるじゃ?」
「え、スパイ? じゃ、じゃあ、ここのどこかに、そんなスパイが潜んでいるのかも! んで、そいつがメーディアに連絡を!? う、うわ、なにをお尻で下敷きにしちゃったかも……」
スパイが潜んでいる!? その可能性は高いと思う。しかし、どこに潜んでいるのかしら――ん、花柄のシーツが敷いてあるベッドに勢いよく座ったら、グシャッとなにかを下敷きにした感触がお尻のあたりに……うわ、ベッドの中のなにが潜んでいるわ!
「あ、小さなトカゲをベッドの中の潜んでいたようだわ! コイツがスパイなのかも!?」
「可能性は高いねぇ。だけど、すでに事切れちゃっているね」
「アハハ、沙希のお尻は殺人兵器だー!」
「う、うっさい!! と、とにかく、マイナスのボスことメーディアが、いつここへ攻め込んでくるか判らない状況ね。外の様子が知りたいかも――」
「あ、それなら私が!」
「うわああ、鳴神姫!? ど、どこに潜んでいたわけ?」
「あ、はい、沙希さんの身体の中に……テヘ☆」
「うえ~、なにやってんのよ、まったく! だけど、まあ、偵察は必要ね。お願いするわ!」
「は~い、早速、行ってくるね!」
うわあああ、私の身体から半透明のモノが飛び出してくる! 私のス○ン○か! とまあ、そんな冗談はさておき、ニュッと突然、現れた幽霊の鳴神姫が、自分が偵察役として外に出てみると言い出す。つーか、憑かれているのに気づかなかったわ、不覚っ!
「ぬ、鵺だァァ~~!! ついでに烏天狗が派手な格好をしたオネーサンと一緒だァァ~~!!」
ん、鳴神姫ったら、もう戻ってきたわけ? 鵺と烏天狗が派手な格好をしたオネーサンと一緒にいる? さて、派手な格好をしたオネーサンというのがメーディアなのかな!?
「ぬ、鵺!? それに烏天狗ですって?」
「わお、妖怪じゃん!」
「皇狐さん、アンタも妖怪じゃん」
「ち、違う! 私は妖怪なんかじゃない。可愛い子狐よ!」
「「…………」」
私は妖怪ではなく可愛い子狐!? バアアアンと言い放つ皇狐だけどさ。九尾の狐は妖怪の一緒に分類されている。古代中国の奇書――山海経にも、その存在が載っているくらいだしね。
「妖怪か、面白そうだね。見に行ってみようじゃないか、沙希!」
「うげ、今度はヘルメス! アンタは一体どこに隠れていたのさ!」
「ハハハ、沙希は鈍感だなぁ。さっきからずっと君の上着のポケットの中にいたじゃないか~☆」
「え、えええーっ! 気づかなかったわ!」
「み、右に同じく……」
ヘ、ヘルメス! アンタ、いつの間に上着のポケットの中に潜んでいたのよ! うーん、アポロンも今まで気づかないわけだし、ついでに小妖精の姿をしているし、そんな小さなナリのせいで余計、気づかなかった……またしても不覚!
「さ、連中の姿を拝みに行ってみる?」
「う、うん、そうしよう。追い払う対策が思い浮かぶかもしれないしね」
さ、様子だけでも窺いに行ってみよう。メーディアのことも気になるけど、一緒にいる鵺と烏天狗のことは尚更、気になるしね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「姐さん、マジでここにいるんですかね? 件の拉致の対象であるディオニュソスさんって御方は?」
「つーかよぉ、俺の鼻がイヤ~なニオイか嗅ぎ取ったぜ、姐さん。あん中にゃ魔王クラスの悪魔がいるんじゃねぇか?」
「お黙りっ! 今更、怖気づいたわけ?」
真っ赤な派手なドレスを着こなす長身痩躯の美女は、耳障りな金切り声を張りあげ、ガッと地面を右足で蹴飛ばす。
「フン、何百年も無駄に生きているクセに、案外、気弱なのねぇ」
「むぅ、それを言われちゃ立つ瀬がないですよぅ、姐さん!」
さて、そんな美女の左右には、二体の異形の生物が控えている。一体は猿の頭、狸の胴体、虎の手足、そして尾は蛇という異形の四足獣、もう一体は山伏装束を着こなすカラス頭の小柄な鳥人だ。
「ところで姐さん、聞いてなかったんですけど、ディオニュソスさんを拉致してなにをするんです?」
「フッフッフ、それははね……偵察なんて野暮な真似はやめて素直に出ていらっしゃい! オラァァ!」
「うわ、バレた! はわわ、導火線に火がついたダイナマイトを投げてきた!」
うく、美女の射抜くような視線が、ギンッと私とヘルメスに対し、向けられる。おかしいなぁ、弧狐隊のアジトの外へ出る際、穏行の術を行使し、姿を見えなくしたはずなんだけど――おはわわっ! その刹那、美女は着こなす真っ赤な派手なドレスのスカートの中に隠し持っていたダイナマイトをシャッと右手で取り出し、私とヘルメス目がけて投げてきたわ!
「あ、危ないっ! 沙希、どうするんだい?」
「むぅー、こういう場合は……透かさず打ち返す! 自作の木刀――バルザイの偃月刀があるしね!」
私って強運の持ち主なのかしら? さて、死霊秘法に載っていた作法に則ってつくった自作の木刀――バルザイの偃月刀を持ってきていて良かった~♪ コイツのダイナマイトを打ち返してやる! 自慢じゃないけど、中学生の頃、女子野球部に所属し、四番バッターを務めたこともある! そんなわけでダイナマイトを野球の硬球に見立てて打ち返すなんて、私にとってはお茶の子さいさいってわけだ~☆
「お、おわああ、ダイナマイトを跳ね返ってきましたよ、姐さん! だ、誰の仕業だァァ~~!」
「そそそ、そんなことはどうでもいいわ! 今は導火線の火を消すことが先決よ! つーか、消せェェー!」
「むう、姐さん、自分は投げたんだし、最後まで責任を……あ、もう手遅れじゃね?」
「ノ、ノオオオオオッ!」
異形の四足獣とカラス頭の小柄な鳥人こと妖怪の鵺とカラス天狗には、どうやら私とヘルメスの姿が見えていないようだわ。んで、何故、ダイナマイトが跳ね返ってきたのか不思議そうに考え込んじゃっているし……あ、そうこうしている間に私がバルザイの偃月刀で打ち返したダイナマイトが、カッと眩い光を放つ!
「「「うぎゃあああー!」」」
ダイナマイトが美女&鵺とカラス天狗の悲鳴をかき消すかのように爆発する! それと同時に発生した大音量の爆発音と衝撃波、そして紅蓮の炎と眩い光が、派手な赤いドレス姿美女&鵺とカラス天狗を、その奔流の中に飲み込む。
「自爆するなんてアホね」
「うん、だけど、まだ死んじゃいないようだ」
「あらら、しぶといのね。つーか、よく生きていたわね! ビックリだわ!」
ヒュー、ダイナマイトの爆発の奔流に巻き込まれたのに無事だなんて、どんだけ頑丈なのよ! あ、バリアを張ったとか? でも、美女の髪の毛の所々がチリチリになっていたり、着こなす真っ赤な派手なドレスのあちこちが焼け焦げちゃっているわね。しかし、素肌には一切、傷がない。流石はマイナスのボス――メーディアさんってところかな!? ちなみに、鵺とカラス天狗は真っ黒焦げになって仰向けに倒れてはいるけど、どうやら死んじゃいないようだ。時期になにもなかったかのように目を覚ましそうね。妖怪だし、あの程度じゃ死なないでしょ、やっぱり?
「ああ、ヒロキ、タカヒロ! ぐぬぬぬ、ディオニュソスさん、やってくれたわね! それに加えて私の大事なお洋服を傷物のしてくれたわね! 礼をたっぷりとさせてもらいますわよ、ムキキキーッ!」
「沙希、八つ当たりされちゃっているね」
「うん、ダイナマイトなんて危ないモノを投げてきたクセに! 自業自得よ、まったく!」
むぅ、まるで私が悪いみたいな物言いだわ。やれやれ、自業自得ってことに気づかないのかしらね?
「どうでもいいけど、私はディオニュソスじゃないわよ」
「え、違うの? 嘘だぁ、ディオニュソスさんは女装男子って話よ。アンタの胸は真っ平だし、男のコだじゃん」
「が、があああ! 単に私は貧乳なだけよーっ!」
むぅ、あの女の前では、最早、穏行術が無意味かもしれない。そんなわけでスッと穏行の術を解除する私とヘルメス。さて、メーディアも私がディオニュソスだと思っているっぽいわね、まったく! つーか、貧乳だからって男のコに間違えんなァァ~~!!
「ん、そういえば、アンタの容姿をどこかで見たことが……あああっ! アウストラロピテクス……じゃなかった! アウストリア・ネフレンカス!!」
忘れはしない! あのはた迷惑な年増魔女のことを! むぅ、あのアウストリア・ネフレンカスと容姿が瓜二つなのよね、メーディアの容姿は――。
「ムムム、その名を知っているとは! だが、これだけは言いたい……愚かな姉と一緒にしないでほしいですわっ! それに私の方が姉よりスタイルがいいし、おまけに高学歴ィィ!」
「なるほど、アンタはあの迷惑極まりない年増魔女の妹なわけね?」
「そうよ! 認めたくはないけど、あの愚か者の妹よ! ちなみに、本名は佐藤加奈子――そ、そんなことはどうでいいわ! 今からアンタ達をフルボッコにしてやるんだからーっ!」
「むぅ、赤い肌の鬼と青い肌の鬼を召喚したわね! 鬼を使役できるのね、アンタ!」
あの年増魔女の本名は佐藤弘子だったわね。んで、メーディアの本名は佐藤加奈子――わわ、メーディアがガッと左足で地面を蹴ると、ズギュウウウンと地面に黄色い光を放つ魔法陣のようなモノが!? ん、そこから赤い肌の鬼と青い肌の鬼が出現する! ちなみに、前者の赤い肌の鬼が長身痩躯のイケメン男子な鬼だ。んで、後者の青い肌の鬼は背の低い小柄な眼鏡をかけた女のコの姿をしている。
「ム、女性のみで構成されているというマイナスのボスが妖怪の鬼とはいえ、男を連れているなんて場違のような気がするんですけど!」
「た、確かに、場違いな気がする!」
「フン、私は偉いからいいのよ!」
「むぅ、理由になってない気がする」
「うっさい! 勇鬼、亜鬼、アイツらをフルボッコにしちゃいなさい!」
「面倒くさいなぁ。まあ、仕方ないかぁ……」
「眠いし、面倒……だから適当に……」
メーディアが召喚した男女の鬼は、勇鬼と亜鬼という名前らしいわね――つーか、面倒くさがってない? むぅ、だけど、襲いかかってきた以上、叩き潰すのみ! とりあえず私は両手ホッキョクグマのモノに、そして両足を恐竜のモノに変化させた合成獣形態で、二体の鬼を迎え撃つ!




