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電子音がする。

 定期的に、高い音を刻む。

 音の間隔は、次第に長くなっていく。

 終息に向かっていく間隔。

 うすく、眼を開けてみる。

 白い部屋。

 白いベッド。

 ベッドに寝かされた、俺。

 俺の身体から、いくつものチューブが伸びている。

 こう言うのを、なんて言ったっけ。

 ああ、思い出した。

 スパゲッティ・シンドローム。

 モンスターバンドのアルバムに、似たようなタイトルがあったな。

 意味は、全然違うが。

 俺は、俺を見下ろしていた。

 俺の身体は、ベッドに乗っているのに、俺はそれを見下ろしている。

 俺は、何なんだろう。酷く、ふわふわして心もとない。

「お迎えに上がりましたよ、葛木さん」

 白い部屋に、黒い男が現れた。

 死神―。

 俺は、また死んだのか?

「また、と言うのは違うんすけどねぇ。元々、アナタ死んでたんだし」

 でも、俺はやり直したはずの人生で、また死んでいこうとしている。

「アナタ頑張りすぎちゃったんすよ、ホント。そのせいで、アナタの運命にちょっと歪みが生じたんす」

 歪みって?

「元々、アナタの人生は、頑張らないまま、終わっていくはずだった。それが、アタシの予想以上に頑張ってしまった。アナタが頑張ったおかげで、アナタの過去に関った人の人生にまで影響し始めた」

 過去に、関った人。

「そう。アナタと関ったおかげで、本来の運命が少しだけ、変わった人達が出てきた。そこで、あなたの人生は二つに分かれてしまった。根の暗い無気力な飲み屋の親父で終わる人生と、賞賛の中で人生を終えるギタリスト。そのどちらも、アナタの人生です」

 どちらも、俺の人生だったと言うのか?

「どちらも、アナタが作り出した人生すよ」

 俺は、二つの人生を送ったと言うのか。

「アナタの頑張りは、現実世界に多少の影響を及ぼした。そのせいで、本来のアナタの人生と、後に残された人達に用意される運命が微妙に歪んでしまった」

だが、俺は何故今死ななければならない?

「歪みが生じたものは、どこかで修正しなければいけません」

 今、じゃ無くてもいいだろうに。

「アナタの息子が、言ったでしょ?」

 ああ、父親は事故で死んだ。

 憧れのギタリスト。

「それが、アナタが作り出したもう一つの人生すよ」

 俺は、本当に死ぬのか?

 全てが、うまく行くと思っていたのに。

「言ったでしょ?運命は変えられないんすよ。アナタの運命は、ね」

 扉が開いて、人々が俺のいるベッドを取り囲む。

 木綿子がいる。

 祐輔、コウイチ、亮太。

 木綿子がベッドの傍で泣き崩れる。

 祐輔が、俺に向かって何か叫んでいる。

 皆が、泣いている。

「アナタは、死ぬ運命だった。それは変えられない。アナタだって、心の底ではわかっていたはずだ。遅かれ早かれ迎える死を、どんな形で迎えるのか、アナタが残した想いは、自分(・・)が(・)望んだ(・・・)人生(・・)の(・)()で(・)迎える(・・・)()、だ」

 俺が、望んだ人生。

「アナタは、自分が望んだ人生の中で死んでいく事を強く思っていた。アナタは、無気力でいながら、無気力なまま何も残さずに死んでいく事を良しとはしていなかった。未練は無いと言いながら、もっと違う死を迎えたかったと思っていた。その思いは、アナタを死後、現世に縛り付けてしまうほど、強かった」

 俺は、アイツと、違う出会い方をしたかった。

 そして、木綿子を幸せにしたかった。

「彼女は、これから先、アナタの思い出と共に幸せな人生を送れますよ」

 俺がいなくても?

「彼女に用意されている運命は、アナタと共に歩む運命じゃなかったんすよ」

 他のヤツが、彼女を幸せにしてくれるのか。

「幸せの形は人それぞれって言うでしょ。アナタは彼女の幸せを望んだ。彼女も、彼女の息子も、アナタが望むように幸せな人生を送る」

 そうか。

 幸せな人生を送ってくれるなら、それで良い。

「アナタが思いを残した原因は、アナタのこの時間だった。だから、アタシはアナタをこの時間へ戻した。アナタが心置きなく死を迎えられるようにね」

 死神、お前は冷徹だな。

「だって、アタシ、死者の番人ですもん。人間の感情なんて知りませんよ」

 俺は、お前のその笑い方が嫌いだ。

「そう言われてもねぇ。地顔ですもん。しょうがないでしょ」

 俺は、何かを残せたのかな。

「若くして死んだ、ギタリスト。名は残せるでしょう」

 そうか。

 だけど、そうじゃない。

 もっと違うもの、名前なんかどうでも良いんだ。

 泣き崩れた木綿子を、祐輔がかばうように抱きしめる。

 電子音の間隔が、無くなって行く。

 祐輔は、木綿子を幸せにしてくれるだろうか。

 生まれてくるアイツを、幸せにしてくれるだろうか。

「アナタがこれから行く世界で、いずれ会うことが出来ますよ」

 その時は、どんな人生を送ったのか、ゆっくり話を聞こう。

 幸せな人生だった、と木綿子は笑うに違いない。

 祐輔は、いいヤツだから。

 後の事は、あいつに任せて、俺は行くとするか。

「行きましょうか」

 視界が白くなっていく。

 眼を閉じれば、瞼の裏側は真っ白な世界。

 光が俺を包んでいる。

 眩しい光。

 遠くから、音楽が聞こえる。

 俺は、光に溶けていく―。





end

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