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竜になれない竜姫と王子を強制された王妹は、政略結婚で家族を選び取る  作者: 卯月スズカ


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女帝劇場

「ふふ、絶景絶景。良きかな良きかな」

「この短時間で元首たちが勢揃い。我らが姉上は偉大なりや、ね」


 バルコニーに立ち、正装に身を包んだ双子の巫女姫はくすくすと笑い合う。二人の警護を担う紅蓮隊の面々も、仮面の奥で同意に頷いていた。

 バルコニーからは天窓から降り注ぐ光に照らされた円卓が一望できる。円卓の周囲では、議論を交わすために集められた、国家連盟に属する国々の長たちが浮き足だった空気の中で雑談や情報交換をしているさなか。ウルミアとミラリスが冗談めかして讃えたように、壮観とも言える光景だった。


 国家の指導者たちからすれば、現在のシュトラルが弑逆という禁忌で成り立っていることなど把握していて当たり前。誰もタブーに触れて騒ぎ立てなかったのは、先王よりもクエリの方がよほど為政者に相応しいと判断されたから。

 ──だからこそ、円卓の周りには緊張が張り詰めている。クエリという人物は、目的を遂げるためならどこまでも苛烈で冷徹に動くと知っているから、「天導教への警戒と対策」を議題に呼びかけられたことに、為政者として強い危機感と警戒心を抱いていた。

 いいや、あるいは。この状況に危機感を抱くか否かで、為政者としての資質が推し量れてしまう場面なのかもしれない。


「巫女殿下、ところでお願いしていた映像記録は……」

「ふふふ、もちろん準備は抜かりなく」

「紅蓮隊のみんなには助けられているもの。このくらいお安いご用よ」


 そんな張り詰めた空気とは裏腹に、バルコニーの雰囲気は明るい。ウルミアとミラリスの肯定に、周囲が喜びの陽気に包まれる。紅蓮隊は全員がクエリに心酔している集団だ。クエリの舞台を何度でも見返したいという総意の私欲によって、今回の会議結果を証明する映像記録は紅蓮隊にも渡ることになっていた。


 もちろん公的な記録は残されるのだが、同じものを近衛たちが共同所有する取り決めになっているのはクエリも知らない。いつか姉上が知ったらどんな顔をするのかしら、と双子が楽しげに微笑んでいると、不意に円卓の間から雑音が消えた。

 誰もが視線を向けているのはまだ年若き女王。時間がやってきて、主催者であるクエリが姿を現したのだ。


「みなさま、此度はお集まりいただき、心より感謝申し上げます」


 クエリがたおやかな笑みを浮かべれば、各々が円卓に着く。クエリはそのまま、前置きすることなく本題に入った。その声は堂々としていて、けれど柔らかい。


「さて、先んじてお伝えさせてはいただきましたが、改めて。先日我が国で発生した魔物の襲来に天導教が関与していることが判明しました。国家連盟の盟主としては、みなさま方に現状の共有を。若輩者としては協力を仰ぎたく、この場を設けさせていただきました」


 円卓を照らす太陽の暖かさとは実に対照的な、冷たさすら思わせる緊張感。国王が一人手を挙げれば、いよいよ会議が始まる。


「その情報、信頼性は?」

「まず間違いなく、確実に。私の妹──」


 一息、言葉が立ち止まる。けれどもその空白はただの演出。躊躇いなど一切なく、クエリは言い放った。


「悪魔狩りの破暁であり、シュトラル王室の一員。ネオン・シラ・シュトラルが勝利によってもたらしたものですから」

「────」


 その瞬間、声のないどよめきが空間を満たした。クエリは口出しを許さず、ネオンが生まれてからの十七年間、ひた隠しにされてきたシュトラルの醜聞を言葉にしていく。


「先王の意向によって、ネオンは性別を偽ることを余儀なくされました。……その心労は、幼い子供が背負うにはあまりにも重く、酷なものだったのでしょう。私の即位と同時期にあの子──ネオンは心身を持ち崩して療養に入りました。私には先王の偽りを公表し、謝罪する義務があることは重々承知しておりましたが、ネオンの動揺に繋がりかねないと躊躇い、すべてを欺いていました」


 口を挟む隙は与えない。クエリは声に痛みを滲ませて、過去を言い募っていく。聴衆の思考に負荷をかけていく。


「療養の日々の中で、ネオンも考えていたのでしょう。国を欺いていた己は、どうすれば王族の責務を果たせるのか、と。そうして市井の娘を装って狩人を志し、やがては悪魔狩りを成し遂げた──」


 疾病、飢饉、災害、悪魔。

 悪魔狩りの狩人は、人類に共通する脅威の一つを討伐する英雄だ。この場に破暁の名前を知らない者などいるはずもない。元首と付き人の脳裏には、たった一人でハルピュイアの王、暁のフレアを破った少女の名声が記憶から蘇る。


「私は事実を知りながらも、姉の心を優先して真実を秘めておりました。糾弾はいくらでも、甘んじて受ける所存でございます」


 クエリは深々と頭を下げる。けれど未だに、この空間の主導権はクエリの手中から離れない。むしろますます舞台の準備が整う一方。

 

 狩人のギルドを運営するのは国家連盟だ。シュトラルの王妹が身分を隠し、狩人として活動していたこと、その事実を女王が把握していたのに隠していたこと。どちらもクエリ自身が言う通り、糾弾されるに十分な理由であり、それだけに自ら認められれば許容するしかない。


 なにせシュトラルこそが連盟の盟主。そのうえネオン・シラ・シュトラルは紛うことなき狩人であり、確かな実績を持っている。この状況で、当人が非を認めているのに、これ以上何を非難できようか。

 すべてはクエリの思惑通り。長く権力闘争を生き抜き、国を守り続けてきた老人たちですら、観客席から舞台に上がる機会を見出せていなかった。

 クエリは頭を上げると、そのまま話を再開する。


「さて。天導教の件について、改めてお話させていただきます。強大な魔物──それこそ悪魔のような存在が人語を解するのは、皆様がご承知のところ。先日、シュトラルを襲った魔物にも、我々の言葉を操る個体がありました。そしてそれを退けたネオンは、裏に天導教がいることを聞き出した」


 クエリは一度、目を閉じて深い息継ぎをする。

 これから口にする言葉は世界の均衡を崩すもの。クエリは目を閉じた暗闇の中でその事実を俯瞰して、迷うことなく言い放った。


「これは天導教からの宣戦布告に等しい。たとえ天導教から宣告がなかろうと、害意は明らか。ならば私は、それ相応の対応をするまで。明朝、私はシュトラルの玉座を預かる者として、宣戦布告を行います」


 その宣言。その言葉が持つ重みに反して、どよめきは小さかった。円卓での静かな譲り合いの末に、老王が声を発する。


「それは、連盟への参戦要求と受け取っても?」

「いいえ。確かに助力は欲していますが、無理強いをするつもりはありません。現時点で天導教からの攻撃を受けたのはシュトラルのみですから」


 クエリは問いかけに対して、言葉では明確に否定する。けれど、否定を額面通りに受け止めることなど出来はしない。問いかけた老王は風向きの悪さを──自分の思考すらクエリに誘導されたものであることを重々承知のうえで、さらに問いを重ねた。


「一国で天導教と争うと? いくらシュトラルが大国といえ、勝機があるとお思いか?」


 そもそも連盟の発端が、天導教への対抗にあるのだ。指摘は正しく、だからクエリは頷いた。


「ええ、確かにシュトラルだけではすり潰されるのみ。だからこそ──」

「盟約に基づき、我々が手を貸す。ならば問題ないだろう?」


 唐突に響いた男性の声。クエリの隣に現れた、頭部に竜の角を持つ白銀髪の男。今度こそ、円卓に動揺のざわめきが走る。

 クエリは傍らの男──竜帝エンラに微笑みを向けて、穏やかな表情のまま円卓を睥睨した。


「この通り、竜帝の協力を得られました。ならば戦況は拮抗する、そうでしょう?」


 にこやかで、たおやかで、温和な女性の顔。微笑みを向けられる指導者たちの背筋には冷たい痺れが走る。

 会議の体を装った女王の独壇場。その光景を俯瞰していたバルコニーで、紅蓮隊の一人が呟いた。


「──さすが、我らが女帝陛下」


 敬服が込められた、崇拝にも近い慕情。弑虐の女王に魅せられ、陶酔し、人生と命を捧げる紅蓮隊の総意を代弁する言葉だった。

 そして、女王の妹たちはくすくすと笑う。愉快、痛快。そんな心を隠すことなく、紅蓮隊に頷いた。


「まったく、私たちの姉上は恐ろしいお人だこと」

「こんな演出をされて、誰が反対できるのかしら。ふふ、悪魔とは姉上のことね」


 そもそも、人と竜の同盟は不可侵条約にも等しかった。天導教という共通の敵を持つ間柄だから成立した、互いに干渉しないという、ただそれだけの取り決め。竜帝の娘がシュトラルに嫁いだという話も、国家連盟の者だからこそ実態は伴っていないと判断して、天導教を牽制するアピールだと認識していたはずだ。

 クエリとエンラが役割の関係にとどまらない、個人的な知己だと知っていたのはごくわずか。いわんや国外の人間に、竜帝が自らやってくる展開を予想できる手がかりはない。


 竜の力は悪魔に比肩しうる。統率された竜が参戦するとなれば、クエリが主張するように戦いが成立するのだ。

 シュトラルは連盟からの助力を必須としていない。すべての国が争いを避けようと、天導教と事を構えられる。竜帝が協力を続ける限り、勝利を収める可能性は高い。国家連盟の敵である天導教を破るかもしれない。


 その可能性を前にした元首たちが理解したのは、参戦しないリスク。

 もとより盟主であるシュトラルだけが戦い、天導教を破れば、もはやその権勢は誰も抑えられない。少なくともクエリが生きている間は、連盟の国々はシュトラルに従属するも同然。

 けれど戦いに加われば、今と同じ力関係を保てるだろう。そして、参戦しなかった国への優位が生まれる。


 円卓に選択肢はない。異議を唱える余地は、会議が始まった時点で潰されていた。やがてざわめきが徐々に静まっていくと、異口同音にシュトラルが仕掛ける宣戦布告への賛成を伝えていく。

 エンラは一連の流れを目の当たりにすると、隣に立つクエリにだけ聞こえる声量で話しかけた。


「……恐ろしい。恐ろしい人だよ、君は」

「あら、エンラ殿にそう言ってもらえるなんて」


 クエリは柔和な表情でエンラの言葉を肯定する。直後に続けられた言葉は、知己だからこぼした彼女の本音だった。


「妹たちと国を守るのに必要なもの。私はそのすべてを利用して、消費して、使い潰します。……もう二度と、同じ轍は踏まない」


 円卓の誰も気付く余裕はない。バルコニーの観客たちには見えない。クエリの微笑みに隠された、泥土のような憎悪。いくら時が流れても消えない怒りを、エンラだけが見ていた。 

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