深層用装備
アリスに真実を伝えた翌日。アリスはすっかり立ち直っていた。その表情はどこか、以前よりも大人びて見えた。
もう問題は無い。そう判断した俺は、朝食の後にアリスへと新装備を渡す事にした。
「アリス、これをお前に渡す。次からダンジョンではこれを身に付けろ」
「これは、新しい魔道具でしょうか……?」
今の俺達はダイニングに居る。テーブルに並べたそれらを、アリスとペローナは興味深そうに眺めていた。
俺はその中の一つ。二本一対の武器を手に取り、アリスへと説明を始めた。
「これはククリ刀と呼ばれる武器をベースにしている。湾曲した刀身は独特だが、すぐに使い慣れるはずだ。そして何より、斧の様に取り廻せるのが強みだな」
「ククリ刀……?」
俺は鞘から抜いた一本をアリスに手渡す。それを彼女はしげしげと眺めていた。
ククリ刀はグルカナイフと呼ばれる事もある。サバイバルに適した形の短刀と呼ぶべき刃物である。
小柄なアリスに長い剣は不向き。かと言ってナイフだけでは、大型の魔物への決め手に欠ける。
しかし、大型ナイフであり、刃先が重いこの武器。これなら扱いやすく、手斧の様に威力を出す事も出来る。
この武器こそが小柄なアリスに対する最適解。彼女は双剣士として、手数と威力を両立する事になるだろう。
「当然ながらこれにも魔法を仕込んである。一つは重力の魔法だ。手に持って『グラヴィティ』と唱えれば、前方一キロに強力な重力を発生させる。レッドキャップ相手に俺が使った魔法と同じだと思え」
「深層で、レッドキャップの足止めに使った……?」
アリスが俺の持つククリ刀を見つめ、ゴクリと喉を鳴らした。重力魔法の強さを、アリスはある程度理解しているのだろう。
重力魔法は大地が放つ重力に干渉する魔法。どんな相手にも効果が有り、相手の骨格次第では圧死させる事すら出来る。
しかも、重力の概念が難しく、扱える魔法使いはほぼ皆無。これに対抗出来る魔法使いは、世界でも数人程度だろう。
「そして、もう一つは氷の魔法だ。『フリーズ』と唱えろ。そうすれば、前方一キロの敵を凍結させることが出来る」
「待て、グリム。どちらも前方一キロだと? 余りにも威力が強過ぎないか?」
それまで黙って聞いていたペローナが、困惑した様子で聞いて来る。その反応を見て、アリスもコクコクと頷いていた。
しかし、俺は小さく息を吐く。俺は二本のククリ刀をアリスに押し付け、二人に対して淡々と告げる。
「これは深層用の武器だ。そして、前衛であるアリスは敵へと切り込む事になる。これだけの威力が無ければ、逆にアリスの身が危険なのだ」
「それは、確かに……。なるほどな……」
アリスはギョッと目を見開くが、ペローナは理解した表情で頷く。深層の魔物の恐ろしさを、ペローナは理解していると言うのもあるのだろう。
俺はアリスに視線を移す。そして、恐ろしそうに息のむ彼女に、低い声で俺は告げた。
「レッドキャップ相手ですら、このレベルの武器が必要となる。そして、レッドキャップは深層では最も弱い魔物なのだ。残り二階層を戦い抜くなら、アリスはこの武器を使いこなす必要がある」
「レ、レッドキャップが、最も弱い……?」
アリスは顔を青くする。彼女には恐ろしく思えた相手。それすら、深層では雑魚でしかないのだ。
けれど、アリスは深く深呼吸をして意識を切り替える。キリッとした表情で大きく頷いた。
「わかりました! すぐ使いこなせる様になります!」
「ああ、期待している。アリスならば問題無いだろう」
俺の言葉にアリスは顔を輝かせる。彼女は嬉しそうにはにかみ、ペローナはそれを優しく見つめる。
無論、この俺が無責任な言葉を吐く事は無い。信じる根拠はしっかりとあるのだ。
これらの武具はアリス用に調整した物。むしろ、アリス以外には使いこなすのが難しい代物である。
更にこれらは大魔石から精製した魔晶石を使用している。魔法の威力は世界でもトップクラスであり、王都のA級冒険者ですら喉から手が出る程に欲しがる品々だ。
以前にも伝えた通り、俺には主人としての責務がある。アリスを万全の状態で使うと言う義務がある。だから俺は用意したのだ……。
――世界でも最高峰の、王国軍すら壊滅可能な最強装備をな……!!!
「残りはガントレットにグリーブだな。これらは身体強化と身の守りに重点を置いている。残りはダンジョン内で改めて説明するとしよう」
「はい、わかりました! 素晴らしい品々をご用意頂き、本当にありがとうございます!」
アリスは嬉しそうにニコニコと笑っている。そして、俺の意図を察したらしいペローナは、アリスに見えない角度でニヤリと笑っていた。
最早これで恐れるものはない。これらの魔道具を使いこなした時、アリスは間違い無く世界屈指の実力者へと育っているはずなのだから。




