愚か者(アリス視点)
グリム様から聞いた真実に、わたしの頭はグチャグチャになりました。わたし達が迫害されている理由。それが、人間達のついた嘘だったなんて……。
兎人族は森でひっそりと生きて来ました。それは人間と同じ場所に住むと、わたし達は捕えれて奴隷にされてしまうからです。
けれど、結局は帝国の兵士が押し寄せて来ました。そして、里は滅んで皆が奴隷になってしまいました。結局は日陰に生きた日々も全て無駄になったのです。
それでも、わたしは仕方がないと思っていました。神様がそう決めたのだから。わたし達は人間に劣り、人間に捕食される側なのだと。
そう思っていたから諦めていたのです。逆らう事なんて出来ない。神様の意思には従うしか無いんだって……。
――けれど、全ては噓だった……!!!
わたしのパパは帝国に連れ去られた! 私のママも王国で捕まった! 知っている人は皆、人間の奴隷にされてしまった!
全ては人間の身勝手で! 自分達が特別で居たいから! だから、獣人は劣っているって嘘までついて!
わたし達の人生は何だったの! 騙されて、搾取されて、それを信じて疑いもせずに!
そんなの馬鹿じゃない! それでも、神様がきっと助けてくれる何て信じ続けて……!
「――ああ、そうか。だからグリム様は、みんな愚かだって言ってたんだ……」
そうだ、わたしは愚かだ。どうしようも無い程の愚か者だ。自分が無知である事すら知りもしなかった。
ずっと騙され続けて、この先もずっと騙され続ける所だった。グリム様に救って頂き、真実を教えて頂かなければ……。
「この世に神なんて居ない……。わたしが信じられるのは、グリム様だけだ……」
グリム様の言葉は正しい。グリム様の言葉こそが真実だ。わたしにとって、グリム様こそが全てなんだ。
もう他の事なんてどうでも良い。グリム様さえ居れば良い。わたしはグリム様の為に生き続けるんだ。
この世に神は居ない。けれど、わたしにとって、グリム様こそが……。
「――ア、アリスちゃん……?」
「……グレーテルさん?」
声を掛けられ、初めて気付きました。わたしのすぐ側に、グレーテルさんが立っている事に。
そして、わたしはキッチンで一人立っていました。きっと、いつもの習慣で、お昼を作ろうとやって来たんだと思います。
グレーテルさんが持っていた荷物が、手から零れ落ちます。けれど、それに構う事無く、グレーテルさんがわたしの両肩を掴みました。
「何があったの! そんな酷い顔して! 誰かがアリスちゃんに、酷い事を言ったの……?!」
「えっ? それは……」
わたしは咄嗟に言葉に詰まります。酷い真実を知らされた。けれど、それはグリム様が酷い事を言った訳ではありません。
何と答えれば良いか困っていると、グレーテルさんは顔をくしゃっと歪め、わたしを強く抱きしめました。
「大丈夫だからね! お姉ちゃんが守るから! グリムさんや、ペローナさんだって守ってくれる! だから、アリスちゃんはそんな顔をしちゃ駄目だよ!」
「――あっ……」
わたしは本当に愚かです。本当に何もわかっていない子供だったのです。
グリム様が全て? グリム様さえ居れば、他の全てはどうでも良い?
こんなに心配してくれる人が居るのに、そんな事すら見えなくなっていたのです。
「お姉ちゃん……。わたしは、わたしは……」
「うん、大丈夫。お姉ちゃんが側に居るから」
グレーテルさんが耳元で優しく囁く。その手がわたしの背中を、ポンポンと優しく叩く。
それはママを思い出させる優しさ。本物の家族の様に、わたしを愛していると伝わるものでした。
「あぁ、わたしは……。うわあぁぁぁん……!!!」
「大丈夫だよ? アリスちゃんは私が守るから……」
わたしは本当に、無知で弱い子供です。何をするにも、いつも間違ってばかりです。
けれど、だからこそ賢くなれる。強くなれるのです。いえ、そうならねばならないのです。
――賢者とは須らく、己を愚かと認める事から始まるのだ!
出会ったばかりの頃、グリム様が教えてくれた言葉。その本当の意味がようやくわかりました。
自分の愚かさを痛感した今のわたしなら、きっとこれまでより賢く、強くなれるはずです。
何故ならば、わたしには守りたいものがある。強くなれねばならない理由があるのですから。
今の弱さと決別しよう。そう心に誓いながら、わたしはグレーテルさんの胸の中で泣き続けるのでした。




