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信頼

 アリスは項垂れて研究室を去って行った。それも仕方がない事だ。自分達の迫害される、本当の理由を知ったのだから。


 後はそれをどう受け止め、アリスが前に進むか次第だ。俺の元でやって行くなら、これは避けて通れない道なのだろう。



 ――コンコン……。



 ドアをノックする音がした。そして、それが誰によるものかはわかっている。今この家には、アリス以外はもう一人しか居ないのだから。


「ペローナか。入れ」


 俺の声を聞いたペローナが扉を開く。いつも通りの無表情だが、やや俯き気味で気落ちして見える。


 ペローナはチラリと俺に視線を向ける。けれど、すぐに視線を落としてこう漏らした。


「まさか全部話すとは思ってなかった……」


 どうやら聞き耳を立てていたらしい。だが、それは想定の範囲内なので、特に咎めるつもりは無い。


「何故だ? アリスは真実を知るべきだ」


 ペローナは研究室に入ると扉を閉める。そして、若干の非難を含んだ瞳で俺を見つめる。


「アリスはまだ子供だ。全てを知るには早過ぎる」


「ふん、愚かだな。愚かだぞ、ペローナ」


 俺の言葉にペローナが目を丸くする。俺は構わずに彼女へ続ける。


「いずれは知るべき事実。ならばその痛みは早い方が良い。その痛みがアリスを強くする」


「そうかも、しれないが……。それでもアリスは、まだ子供なんだぞ!」


 珍しくペローナが食い下がって来る。いつもならば、俺の言葉に反論等しない。黙って俺の言う事に従う奴だと言うのにだ。


 だが、俺は不思議とそれを不快に感じなかった。いつもなら有り得ない事だが、ペローナの人らしい反応を好ましくすら感じていた。


「ペローナ、勘違いをするな。俺は誰にでも真実を話したりはしない。俺が誰かに語るのは、それを相手が受け止められると判断した時だけだ」


「――っ……?!」


 実際、この話はペローナに、出会ってすぐにはしていない。慎重に頃合いを見て話している。無論、アリスとペローナ以外には語った事すらない。


「そして、アリスを小さな子供と侮るな。あれは意外と芯がある。この程度で折れるはずが無い」


「信頼、しているのか……?」


 ペローナの漏らした言葉に、俺はポカンと口を開く。それは俺にとって、余りにも意外な言葉だかったからだ。


「くっ、くくく……。そうか、信頼か。ああ、そうだな。俺はアリスを信頼しているらしい」


 俺は誰も信じない。そうやって生きて来たし、今度もそうやって生きて行くだろう。


 そして、ヘンゼルやグレーテルの様に、信用している人はいる。取引相手としてなら信じ、用いても良いと思える相手と言う意味だ。


 しかし、アリスは違う。俺はアリスが裏切らないと信じていた。俺の右腕として頼って良いとすら考え始めていた。


 それはまだまだ小さな範囲。身の回りの世話くらいの物だろう。けれど、まさかこの俺が、誰かを信頼する日が来るとは思ってもいなかった。


「アリスはまだまだ頼りない。まだ右腕と呼べる程ではない。――だが、いずれはそうなると、どうやら俺は信じているらしいな」


「……グリムの右腕は、ずっと私だと思っていた」


 ペローナはむくれて俺を睨む。初めて見せる彼女の態度に、俺は思わず固まってしまう。


 いつも無表情で何を考えているかわからない。それが俺の知るペローナである。


 それだと言うのに、最近のこいつは妙に人間味を帯びて来た気がする……。


「……はぁ。愚かだぞ、ペローナ。アリスと張り合うな。右腕でも左腕でもどちらでも良い。冒険者の相棒パートナーとしてなら、お前の事を誰より信頼している」


「そ、そうか? 私の事も信頼していたのか……」


 ペローナはフッと表情を消す。何故だかいつもの無表情に戻ったが、その尻尾はパタパタと揺れていた。


 恐らくは喜んでいるが、それを俺に知られたくないのだろう。最も彼女は尻尾の動きに気付いていなので、それを隠せてはいないのだが……。


「ああ、そうだ。俺が信頼するのはお前とアリスの二人だけだ。それ以外の連中とは、裏切られる可能性を考慮して付き合っている」


 ヘンゼルとグレーテルは、余程の事が無ければ俺を裏切らないだろう。しかし、互いを人質に取られたり、領主や国の命令だったりすると、俺を裏切る可能性も僅かにあると考えている。


 しかし、アリスとペローナにはそんな心配が無い。俺と天秤に掛けれる物が無い。そして、領主や国に逆らえるだけの力がある。だから、俺は二人だけは信じて良いと思えるのだ。


「わ、私は絶対にグリムを裏切らない! むしろ、グリムの為に死ねるなら本望と思っている!」


 ペローナは何故だか顔を蒸気させている。そして、とんでもない事を口走っていた。


「愚かな発言は止せ。死んだら全て終わりだ。俺の為に死ねる等と言うな」


「私の命よりグリムの命の方が重い! 私にとってはそうだと言う事だ!」


 何故だか今度は怒った表情で食いついて来る。ペローナの情緒はどうなっているのだ?


 人間味が有るのを好ましいと思いはした。しかし、それにも限度が有るなと俺は思い直す。


 俺は小さく息を吐くと、ペローナを研究室から追い出すのだった。

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