三種の神器
俺達は地下四階の中間地点に到達した。そこには大きな岩山があり、いつもそこを野営地として活用している。
それと言うのも、ここが絶対的に安全だからだ。沼地に住むリザードマン達は、この高い岩山を登って来れないからである。
『浮遊』の効果で軽々と登頂出来る俺達は、その山頂でテントを張る。そして、昼食を兼ねた休息を取る事にした。
「アリス、食事を取ったら軽く横になれ。慣れない強行軍に、見えない疲れが溜まっている」
「見えない疲れですか? わかりました。グリム様の指示に従います!」
俺はカップを手に取り、魔法で水を注ぐ。それをアリスに手渡した。
アリスはカップを手に取り、ポーチから携帯固形食を取り出す。特に旨くも無いそれを、アリスはポリポリと齧り出した。
この携帯固形食は、申請すると冒険者ギルドからパーティーに支給される物だ。今回は五日の攻略を申請したので、五日分の食料が支給されている。
旨くは無いが腹に溜まる。そして、見た目以上の栄養価を持つので、これだけで何日も健康を維持できる優れものでもある。
これが冒険者ギルドでパーティー登録を行うメリットの一つ。冒険者の実態や行動を把握したいギルドが、冒険者へ提示する支援の一つなのだ。
俺もカップに水を注ぐと、携帯固形食を口にする。これ一つで半日は体が動かせる。味は二の次だが、ダンジョン攻略の効率を考えると、非常に優れた食料だと思って口にする。
俺とアリスが無言で食事を取っていると、ひょいっとペローナが姿を現す。その両手には、武器やら防具やらが抱えられていた。
「グリム、アイテムボックスを使うぞ」
「アルベルトからの依頼か? 相変わらず律儀な奴だな……」
ペローナの持つ武具は、リザードマンのレアドロップ。いずれも魔力を帯びた魔道具である。
C級辺りの冒険者に喜ばれる品で、冒険者ギルドの収入源の一つとなっている。俺やペローナからすると大した報酬は得られない。けれど、ギルド側が喜ぶので、ペローナは出来る限り回収する様にしているのだ。
ペローナは俺のバッグから木箱を取り出す。そして、その中に回収した武具を次々に放り込んで行く。
「……えっ? ええっ?! 何ですか、あの箱は! どんどん中に入ってますよ!」
バッグに入る程なので、木箱はそこまで大きく無い。けれど、その容量を無視して、剣や鎧が次々に飲み込まれていた。
初めて見るアリスが驚くのも無理はない。俺はこの機会にと、アリスへと説明を行う。
「あれもギルド支給のアイテムだ。あの箱に入れた物は、冒険者ギルドの地下倉庫に転送される」
「冒険者ギルドの地下倉庫? そんな所まで送られちゃうんですね……」
不思議そうに木箱を見つめるアリス。初めて見るアイテムボックスに興味を持つのは当然だろうな。
仕組みとしては、対になるアイテムを設置し、そこに空間を繋いでいるらしい。空間は一方通行なので、あちらからアイテムボックスへと何かを送る事は出来ない。
そして、このアイテムボックスはダンジョンの出土品である。人の手では作る事が出来ず、空間操作の仕組みは俺にも解析不能だ。
いずれは解析したいが、貴重品故に今は研究が難しい。個人的に手にれられたら、じっくりと自宅で研究も出来るのだがな……。
俺はやれやれと肩を竦める。ダンジョンは未知に溢れ、俺の好奇心を常に刺激する。ただ、それを全て解き明かすには、いくら時間があっても足りそうにないのだ。
「ふむ、一先ずはこんな所で良いだろう」
ペローナは回収品の転送を終えたらしい。箱をバッグに戻そうとし、整理の為に中からスクロールを取り出した。
俺はそのスクロールを目にして、丁度良いと思いつく。そのスクロールをひょいと取り上げ、アリスにむ向かって差し出した。
「これが『帰還のスクロール』。実物を見るのは初めてだろう?」
「はい、初めてです。これが話に聞いていたアイテム何ですね!」
アリスが受け取ったのは羊皮紙のスクロール。筒状に丸められて、今は中身を見る事が出来ない。
そして、これも空間転送の魔道具である。登録されたパーティーメンバー全員を、同時に倉庫へと送り届ける魔法が発動する。
「携帯固形食。アイテムボックス。そして、帰還のスクロール。この三つがパーティー登録の最大のメリット。冒険者の中では三種の神器と呼ぶ物も居るな」
「三種の神器ですか。そう呼ばれるだけあり、凄い物ばかりですね!」
アリスは目を輝かせて笑みを浮かべる。俺はそれに小さく笑って頷き返した。
実施、これらが無ければ中層以降の攻略は困難を極める。ダンジョン攻略は何日にも及ぶ。まずその日数分の食料を持ち込むのが現実的ではない。
更に貴重品も全ては回収が困難となる。武器や防具を手に入れても、そんな大荷物をいくつも抱えて先へは進めないからだ。
そして、何よりも『帰還のスクロール』こそが重要なのだ。これが有るか無いかで、冒険者の生きて帰れる確率は格段に変わるのだから。
「さて、説明も済んだし、食事も終わったな。ならばそろそろ休んでおけ」
「はい、わかりました! それではテントをお借りしますね!」
アリスはニコリと微笑むと、素直にテントへ向かって行った。あれは俺のお手製なので、快適に眠る事が出来るはずだ。
テントに入って行くアリスを見ていると、不意に俺は視線に気づく。何故だかペローナが、俺へと生暖かい視線を送っていたからだ。
「……何だ、ペローナ。言いたい事があるのか?」
「いや、無い。ただ、私は今のグリムが好きだ」
ペローナの短くも真っ直ぐな言葉に、俺は何故だか怯んでしまう。そして、何を言っても墓穴を掘る気がして、俺は息を吐いて口を噤んだ。
ペローナはそれ以上は何も言わなかった。ただ、機嫌の良さそうな彼女の姿に、俺は何となく居心地の悪さを感じていた。




