つけ狙う者(アリス視点)
赤いフードの少女はダンジョンの中へと駆け込んで行きました。立っている門番の兵士は、わたし達を気にもしない。まるで見えていないかの様でした。
その事に戸惑いつつ、わたしもダンジョンへと駆け込みます。取られたポーチや短剣もあります。けれど、あんな小さな子が魔物に襲われては一大事です。
ただ、不思議な事にダンジョン内に魔物の気配が感じられません。わたしは少女の背中を追い掛けながら、無人のダンジョンを走り続けました。
「――あれ? あの子が消えた……」
少女を追ってやって来た場所。それは大きく開かれた一つの部屋です。部屋といっても洞窟内なので、岩の壁に覆われただけの場所ですが。
そして、行き止まりのその場所に、女の子の姿はありません。ただ、部屋の奥の床には、わたしの取られた物が転がっていました。
「良かった……。一先ず取り戻せました……」
わたしは駆け寄って、取られた一式を手に取ります。ポーチは肩から掛け、短剣は左右のベルトに刺します。
地下一階のゴブリンであれば、私の蹴りでも倒せるでしょう。それでも武器が有るのでは、安心感が全然違いますからね。
「……先ほどの女の子は何処でしょう?」
首を傾げますが、少女の気配は何処にもありません。わたしは首を傾げますが、ここに居ても仕方がないでしょう。取り合えず、来た道を戻ろうと振り返りました。
「えっ……?」
気配も何も在りませんでした。それなのに、来た道を塞ぐ様に、一人の人物がそこに立っています。
長くて黒い髪の大人の女性。赤いマントの下には、黒のタンクトップにデニムのショートパンツ。
すらりと背が高く、くびれた腰が大人の魅力を感じさせます。更には肩には外された赤いフードも確認出来ました。
どことなく、先ほどの少女と似た雰囲気を感じます。その女性に鋭く睨み付けられ、わたしの首筋がピリピリと痛みを感じていました。
「貴様さえ……。貴様さえ居なければ……」
女性は両手をクロスさせ、左右の腰に手を伸ばします。そして、腰に刺された黒い棒の様な物を引き抜きました。
刃物ではありません。けれど、わたしはその武器に見覚えがあります。わたしの故郷を焼き払った、帝国の兵士が使っていたその武器は……。
――ゾクリ……
背筋を駆け抜けた悪寒に、わたしの体が反応します。跳ねるように右へ飛ぶと、わたしの居た場所を黒い何かが通り過ぎたのです。
「初見で回避しただと? 貴様、拳銃を知っているのか?」
「拳銃……」
そうです。帝国の兵士が言っていました。銃があれば兎人属でも狩る事が出来ると。
ただ、帝国兵の銃はもっと長いものでしたし、火薬という嫌な匂いを出す物でした。
しかし、女性の銃は短いし、嫌な匂いも出しません。帝国の物とは色々と違う様に思えます。
「まあ良い。どうせ貴様はここで殺す。それに変わりは無いのだからな」
――ゾクリ……
再び嫌な感覚がして、私は左に跳ねます。そして、わたしの居た場所を黒い何かが通り過ぎました。
ただ、何となくわかってきました。あれは魔力の塊なのです。彼女の銃は魔力を圧縮して、それを弾丸として飛ばしているのです。
わたしにはその圧縮される気配が感じられる。だから、発射タイミングで回避出来ているのです。
それもこれも、全ては魔力操作の訓練のお陰です。訓練で魔力の感覚を掴めていなければ、初めの一撃でわたしは撃たれていたでしょう。
「チッ、感の良い子兎め……」
彼女はギリッと歯ぎしりをします。そして、更に銃を撃ち続けます。魔力の圧縮に僅かな時間が必要ですが、逆に魔力さえあれば玉切れを起こす事は無いみたいです。
わたしは直観に従い回避し続けます。逃げることも、近づく事も出来ません。このままでは不味いと思い、わたしは彼女に問い掛けました。
「どうしてっ! どうして、わたしを殺そうとするんですか……?!」
「貴様が私の大切な物を奪ったからだ!」
わたしの問いに、女性は憤怒の表情で答えます。その瞳には、激しい怒りの炎が宿っていました。
けれど、わたしには心当たりがありません。わたしが彼女から、何を奪ったと言うのでしょうか?
「わかりません! わたしが何を奪ったと言うのですか!」
「私の命よりも大切な物だ! 貴様だけは絶対許さない!」
わたしの首筋がピリピリと痛む。わたしはこの痛みの正体にようやく気付きました。
――これは彼女の殺意……
わたしを殺そうという強い意志が、わたしには痛みとして感じれらるのです。
蔑まれる事もあった。苛立ちをぶつけられる事もあった。弄ばれる事もあった。
けれど、強い殺意を向けられたのは初めてです。その事に少なくない恐怖を感じました。
「けれど、今のわたしは……!」
わたしは生きたい! 生きてグリム様の元に戻りたい! 殺される訳には行かないんだ!
生への渇望がわたしを奮い立たせる。今のわたしは泣いて蹲るだけの弱者ではない。グリム様に認められた存在なのだから。
わたしは腰の短剣を引き抜く。そして、生き残るために戦おうと、強く決意を固めるのでした。




