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初戦闘(アリス視点)

 兎人族の里で暮らしていた頃はまだ十歳。森の中では守られる側であり、魔物や獣と戦う機会なんてありませんでした。


 それに、兎人族はとても弱い種族です。戦闘は最後の手段であり、基本的には逃げる事で生き残って来た種族なのです。


 そうだと言うのに、わたしはダンジョンの中で戦う事になりました。ご主人様であるグリム様のお役に立つ為、与えられた魔道具でゴブリンと対峙しています。


「ファイア! アロー!」


「ギャアァァァ……!!!」


 こちらに真っ直ぐ走って来るゴブリンは、炎の矢を回避出来ませんでした。そして、胸に刺さった矢が体を焼き、ゴブリンはその場で倒れて消滅します。


「勝った……。わたしが……?」


「ああ、タイミングも問題無かった。これなら十分戦えるな」


 わたしが呆然としていると、グリム様が魔石を拾っていた。ご主人様の手を煩わせたと慌てるわたしに、グリム様は手を掲げて静止を指示する。


「今回はこのまま戦闘経験を積ませたい。アリスは魔物の索敵と戦闘にだけ集中しろ」


「あ、えっと……。わかりました!」


 わたしはグリム様の奴隷。その指示に従う事が正しいのだ。きっとグリム様も、言う事を聞かない奴隷なんて必要としないはずです。


 わたしは耳を使って魔物を探す。グリム様が再生して下さった耳は、遠くの足音や吐息も簡単に拾う事が出来ました。


 この耳がお役に立てる事は喜ぶべき事です。グリム様の期待に応えられる事を、誇らしいと思う気持ちもあります。


 けれど、わたしの良く聞こえる耳は、時に聞きたくない声まで拾ってしまう……。


『なあ、見たか? さっきの白い獣人奴隷……』


『ああ、流石は狂人グリム。アレが新しい仲間だとかさ……』


『人間の相手は諦めたんだろ? あいつ頭おかしいから……』


 少し前にすれ違った冒険者の声だった。グリム様を見た時は、慌てて頭を下げて道を譲ってくれた人達です。


 けれど、距離が離れた途端にこれだ。クスクス笑う不快な声に、わたしの心が締め付けられます。


 どうして人間はこうなのだろう? こんな心無い言葉を発する事が出来るのでしょう?


 わたしはグリム様に救われ、ヘイゼルさんやグレーテルさんにお手伝い頂き、人間に対する不信感が薄らいでいました。


 けれど、これが本来の人間の姿だ。わたし達獣人を迫害し、自分達が正義だと疑わない種族。


 それを思い出して、わたしの胸が苦しくなる。けれど、そんなわたしの頭に、温かな手がそっと触れた。


「――気にするな。愚かな声に耳を傾ける必要は無い。アリスは俺の言葉だけを聞けば良い」


「えっ……? もしかして、あの声が聞こえて……」


 見上げるとグリム様は、いつもと変わらぬ表情でした。あの冒険者の声が聞こえているなら、どうして気にせずいられるのでしょうか?


 優しく見つめるグリム様の瞳。それを見つめ返していると、グリム様の口元が小さく綻んだ。


「この先も獣人を蔑む者はいるだろう。だが、決して俺が手出しさせん。アリスは安心して、俺の側に居れば良い」


「――あっ……」


 わたしは驚きに声を漏らす。グリム様は自分が悪く言われた事を、まったく事を気にしていない。それ所か、わたしを気遣ってくれているのだと。


 その優しさに、わたしの胸が温かくなる。それと同時に、悔しい思いも溢れて来る。


 グリム様は優しい方なのに。どうしてこんなに、周りは悪く言うのでしょうか?


 私も街で時々耳にしています。しかし、本当の『狂人』がどちらなのか、それを口に出せない自分がもどかしかったのです。


 そう憤るわたしに対して、グリム様は優しく頭を撫でる。そして、わたしを安心させ様と、慣れない笑みを浮かべました。


「もし不安なら、もっと強くなれ。迫害する者に屈する必要が無い程にだ。お前が望むなら、俺は国だって滅ぼしてみせる。何ならアリスもその位まで強くなってみるか?」


「ふふっ、国を滅ぼすって……。そんなの出来る訳ないじゃないですか?」


 グリム様の冗談に、わたしはクスリと笑みを零す。グリム様でも冗談を言うんだなと思うと、その事がとても面白く感じました。


 しかし、グリム様は一瞬驚きに目を丸くする。その後に満足した様に、再び不器用な笑みを浮かべた。


 ……今の驚きは何だったのでしょうか? まさか、本当に国を滅ぼせるって事はないですよね?


 わたしは馬鹿な考えが脳裏に過るが、首を振ってその考えを打ち消した。そもそも、グリム様が国を滅ぼす必要なんて無い訳だしね。


 グリム様の気遣いに、わたしの胸は温かな気持ちで満たされる。そして、グリム様の期待に応えようと気持ちを切り替えた。


 まずはダンジョンで上手く戦える所を見て貰いましょう。そして、ずっとお側に置いて貰える様に、気に入って貰うのです。

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