戦闘訓練
アリスを手に入れて十五日が経過した。今のアリスは血色も良く、体調は万全の状態だと言える。
筋肉の付き具合も良好で、運動能力は極めて高い。人間であれば成人男性であろうと、脚力でアリスに勝つのは不可能だろう。
俺はアリスを伴い庭へ出る。グレーテルが遠巻きに見守る中、向かい合って話を始める。
「身体能力の強化は、この程度で十分だろう。ブーツの扱いにも慣れただろうし、今日は武器の扱いを教えて行く」
「武器の扱いですか?」
アリスは白い兎耳をピクピク動かし、視線を自分の腰へと落す。彼女の腰には、左右一対の短剣が下げられている。
俺は土の魔法でゴーレムを生み出す。アリスの身長に合わせた小型ゴーレムだが、耐久力なら並みの魔物よりも高いと言える。
「人間並みの速さでこいつを動かす。捕まらない様に逃げながら、短剣の魔法を当て続けろ」
「逃げながら、魔法を当てるだけで良いんですね!」
アリスは腰の短剣を引き抜くと、気合の入った笑みを浮かべる。最近はずっとそうだが、今日も気合が入っているな。
やる気があるのは悪い事では無い。俺は小さく頷くと、ゴーレムに軽くステップを踏ませる。
「俺が操るので怪我をさせる事はない。安心して戦闘訓練に励むが良い」
「はい、グリム様!」
アリスは返事と共に跳ねて距離を取る。そして、短剣を向けたのを確認し、俺はゴーレムの操作を開始する。
「ファイア! アロー!」
相手が土のゴーレムだからだろう。アリスは躊躇なく魔法の火矢を放った。
しかし、俺はゴーレムを走らせたまま、身を屈めて魔法を潜り抜ける。そして、そのままタックルの要領でアリスを地面に推し倒した。
「ア、アリスちゃん……?!」
「狼狽えるな。怪我はさせてないない」
グレーテルが叫ぶが心配はない。押し倒したと言っても、アリスは尻餅を付いただけだ。
アリスは驚いた表情で座り込んでいる。俺は小さく息を吐いて指摘を入れた。
「愚かだぞアリス。訓練とは言えこれは戦闘だ。襲われる事も意識しろ」
「は、はい! グリム様、申し訳ございません!」
アリスは慌てて起き上がる。そして、俺に対して深々と頭を下げた。
「攻撃の際には足を止めるな。相手が攻撃を防いだり、回避するのは当然だと思え。その上で、常に反撃を受けぬ様にと立ち回れ」
「わ、わかりました! 次は上手くやります!」
俺の指導にアリスが頷く。そして、すぐさま距離を取って、訓練を始められる体勢を取る。
失敗は悪い事では無い。特にアリスは初めての戦闘訓練なのだ。多く失敗して、そこから少しでも多くん学びとするべきだろう。
「では再開する。同じ失敗を繰り返すな」
「はい! お願いします!」
俺がゴーレムを走らせると、アリスはバックステップで距離を取る。そして、今度は足を止めずに、短剣をゴーレムへと向けた。
「ショック! ウェーブ! ……って、あれ?」
移動しながらの魔法発動により、アリスの照準がぶれてしまう。真っ直ぐ飛ばなかった魔法を、ゴーレムは軽く回避しながら走る。
アリスは魔法を外した事で動揺したのだろう。足が鈍った所を簡単に追い付かれ、再び地面に押し倒されてしまう。
「走りながらだと狙いが甘くなるな。初めの内は意識して狙いを定めろ。それと外したからと簡単に動揺するな」
「す、すみません! もう一度お願いします!」
アリスは再び立ち上がる。グッと歯を食いしばり、悔しそうにゴーレムを睨み付ける。
アリスのやる気は十分みたいだ。俺は再びゴーレムを走らせた。
「ファイア! アロー! ――って、うそっ?!」
ゴーレムは腕を振るって、火の矢を打ち払う。そして、魔法に構わずアリスとの距離を詰める。
アリスは何とか体制を立て直そうと距離を取る。しかし、ゴーレムとの距離が開かずに動揺する。
「人型の魔物はこの程度の動きを当たり前に行う。動きを読む者もいれば、外皮や防具で魔法を弾く者もな」
「――っ……?!」
アリスの逃げ先を塞ぐ様にゴーレムが動く。そして、最後は壁際に追い詰められて、その両腕を掴まれてしまった。
アリスは悔しそうに俯き、その瞳に涙が滲む。だが、俺は気にせず指導を続ける。
「魔物を甘く見るな。相手は死に物狂いでこちらを殺そうとして来るのだ。そんな甘い考えでは、ダンジョンに入れば死ぬ事になるぞ」
「ね、ねえ、グリムさん……。初めなんだから、もう少し優しい所から始めない?」
俺の指導にグレーテルが横槍を入れる。打ちひしがれるアリスを気遣っているのだろう。
しかし、俺やゆっくりと首を振る。そして、グレーテルへと冷たく言い放つ。
「ダンジョンでは甘い考えの者から命を落とす。アリスが死んでも良いと言うのか?」
「そ、そうじゃないけどさ……。もう少し、段階ってものがあるんじゃないかな……?」
俺の説明にグレーテルが怯む。反論は弱々しく、俺は議論は無駄だと話を打ち切った。
「続けるぞ、アリス。……出来るな?」
「は、はい! やれます、グリム様!」
アリスは顔を上げ、俺へと鋭い視線を返す。その瞳は未だ折れてはいなかった。
俺は問題無いと判断し、アリスへの戦闘訓練を再開する。その日はアリスの体力が尽きるまで、徹底的に戦闘訓練を続けさせた。
そして、日が暮れる頃にはアリスはその身に、敗北へと至る数多のパターンを刻む事となった。




