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狂人の奇行(アリス視点)

 ヘンゼルさんの店へやって来た、わたしとグレーテルさん。店の中には生活雑貨で溢れていた。


 調理器具に掃除道具。財布やバッグの他に、保存のきく食料なんかも扱っている。


 人間のお店に入るのは初めてだ。わたしがキョロキョロ商品を眺めていると、グレーテルさんはカウンターのヘンゼルさんへと声を掛けた。


「兄さん、ちょっと面倒な事になった」


「面倒な事って? グリムさんが何か無茶を言ったっすか?」


「ううん、そっちは大丈夫。ここに来る途中なんだけどね……」


 酔っ払いに絡まれた件を説明するグレーテルさん。それを聞いたヘンゼルさんは頭を抱え出した。


「多分、大口の依頼達成とかで羽目を外したとかっすね。彼等も本当にタイミングが悪いっす……」


「うん、それでアリスちゃんも聞いちゃったし、この金貨もあるからさ。説明が必要だよね……?」


 グレーテルさんは手のひらの金貨を見せる。それは先程、トサカの人が渡した金貨である。


 二人は揃ってため息を吐く。そして、揃ってわたしに視線を向けた。


「アリスちゃんも聞いた以上は気になってるっすよね? グリムさんが『狂人』って呼ばれる理由っすけど」


「えっと、少しは……。わたしが聞いても大丈夫なんでしょうか……?」


 ヘンゼルさんの問いに、わたしはオロオロと答える。ご主人様の事は気になるけど、悪口だったら聞くべきではないのかと思ったのだ。


 けれど、ヘンゼルさんは苦笑を浮かべる。そして、肩を落として説明を始める。


「元から説明はするつもりだったんすよ? ただ、もう少しグリムさんに慣れてからが良いかなって思ってたんすよ」


「グリムさんの事を怖い人って思って欲しく無かったの。だけど、今のままだと悪い想像が膨らみかねないでしょ?」


 グレーテルさんの言う事は何となくわかる。説明を聞かなければ一人で悩み、グリム様への悪い想像が膨らんでいたかもしれない。


 わたしが小さく頷くと、ヘンゼルさんは優しく微笑む。そして、カウンターの下から綺麗な宝石を取り出した。


「これは魔晶石って言う、グリムさんがウチに卸してる商品なんすよ」


「魔晶石ですか? 凄く綺麗な宝石ですね……」


 グリム様はA級冒険者と言っていた。だとすると、ダンジョンなどで手に入れた品なのだろうか?


 そう思っていたのけれど、ヘンゼルさんは声を落として真剣な顔で続ける。


「これはグリムさんしか作れない品っす。魔石から不純物を取り除いた物で、高純度の魔力を生み出す事が出来るっす。――そして、王立魔法研究所が全て買い占めてるんすよ」


「王立、魔法研究所……?」


 聞きなれない名前が出て来た。わたしが戸惑っていると、グレーテルさんが補足してくれる。


「フェアリーテイル王国の王家が設立した魔法の研究所よ。エリートと呼ばれる凄い魔法使い達が集まって、莫大な予算を使って魔法の研究をしているんだよね」


「えっと……。とても凄い所ってことですね……?」


 馬鹿なわたしではその程度しか理解出来ない。けれど、ヘンゼルさんは優しく微笑み話を続ける。


「この魔晶石でしか出来ない研究が多いので、王家はグリムさんを欲しがったっす。製法を手に入れる為に、手元で囲い込みたかったんすよね」


「それで王様は、グリムさんの元へ騎士団を派遣したの。場合によっては力尽くでも、城へと呼び出そうとしたんだよね……」


「王様が……騎士団を……」


 騎士団と言うのは、とても恐ろしい人達である。兎人族の里を襲った兵士達も、シュルツ帝国の騎士団に所属する人達だった。


 村を滅ぼされた光景を思い出し、わたしは思わず身震いする。すると、ヘンゼルさんは沈痛な面持ちで、重々しくこう告げた。


「グリムさん、怒っちゃったんすよ。『俺の研究の邪魔をするな!』って……」


「それで騎士三十人を全員、庭に埋めたのよね……。アレは本当に酷かった……」


「えっ……? 埋めたっ……え?」


 それは何かの比喩だろうか? グレーテルさんの説明に、わたしは理解が追い付かなかった。


 すると、グレーテルさんが慌てて手を振る。そして、焦った笑顔でこう告げた。


「あっ、勿論殺してないよ! 首から下を埋めただけで、花壇のお花みたいに綺麗に並んでたの!」


「むしろ、それが恐ろしかったっす……。余りに悪趣味なオブジェに、街全体が震撼したっすよ……」


 本当に言葉の通りの意味らしい。恐ろしいはずの騎士達が、全員物理的に埋められたのだ。


 ただし、わたしにはその光景が想像できない。それはわたしの頭が悪いからだと思うのだけど……。


「流石に王様も事態を重く受け止めたっす。グリム様に騎士団の一部隊では相手にならない。かといって全軍を動かす訳にも行かないっす。それで壊滅でもしたら、国が傾きかねないっすからね」


「それに魔晶石が手に入らなくても困る。なら、グリムさんには下手に関わらず、好きにさせようってなったの。国の方針として、『狂人グリムに手を出すべからず』って御触れが出たのよ……」


「国の方針、ですか……」


 余りにもスケールが大き過ぎる。わたしのご主人様は何者なのか、とても不安になってしまう……。


 そんなわたしの不安を感じたのか、グレーテルさんがわたしの手をギュッと握り締めた。


「大丈夫、アリスちゃん! 怒らせなければ大丈夫だから! グリムさんは悪い人では無いからね!」


「何かあれば、すぐ相談するっす! 私達で微力ながら、アリスちゃんのサポートをするっすから!」


「は、はい……。ありがとうございます……」



 ――二人の圧が凄い。



 有無を言わせぬ必死さがヒシヒシと伝わって来る。わたしは思わずコクコクと頷いてしまう。


 それにホッとするヘンゼルさんとグレーテルさん。ようやく二人はいつもの笑みに戻る。


 というか、元からわたしには選択肢なんて無いのに。奴隷であるわたしには、ご主人様に気に入られる以外の道なんて無いはずなのにな……。

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