コンビネーション
7
「まるで別世界だな」
「お話の中みたいです」
辺りに広がる壮大な光景を目にして、ふたりは呟いた。エルフの国とはまるで様子が違う。なんというか……形容するならば、《自分が小人になったような》というべきか。
まず、一本の木がとんでもなく大きい。直径が十メートルもあろうかという幹はさながら巨人の足のようだった。それがいくつも生えているので、枝葉が絡み合って、頭上に天蓋を作っている。森全体の薄暗さは、自然が息を潜めているようで不気味だった。
なにもかもがスケールの違う《森の終わり》を、ふたりの人間が歩いていく。
「アリの行進に思えてくるな」
「遠近感が麻痺しそう」
異常はそれだけではなかった。
「……変に静かだ」
「言われてみれば、確かに……」
ここがモンスター達の住処であるにしては、鳴き声ひとつしないし、獣臭と呼べるものも感じない。奇妙なまでの静寂が、五感を包んでいた。
「みんな、エルフの国のほうに出払ってしまったのでしょうか?」
「いや……にしては数が少なすぎた。あれで全部じゃあるまい」
それに、煉斗は怪物たちの存在をはっきりと感じ取っていた。目で見たのでも、耳で聞いたのでもない。五感を超越した……《殺気》ともいうべき感覚が、先ほどからうなじの辺りをちりちりと焦がしていた。
「いるぞ、近くに……」
煉斗はゆっくりと左腰の剣を抜いた。アイリスを庇うように立ち、刀身をぴたりと中段に構える。アイリスも気配を察知して身体を強張らせ、周囲の様子を窺う。
────。
一瞬の沈黙が森を支配する。
刹那。
「──‼︎」
いくつもの影が飛び出してくる。 煉斗は慌ててアイリスを抱えて飛び上がった。数瞬前にいた地面を、ツノが、牙が、爪が巻き上げる。
着地した煉斗。次にとった行動は──。
《逃げる》だった。
「うおおおおお‼︎」
両足を必死に回転させる。しかし相手は倍の四つ足。どちらに分のあるチェイスかは明らかだった。じわじわ詰まる彼我の距離。しかも、進行方向には木があり、退路を塞いでいる。大きさが大きさだけに、避けるのも無理そうだった。
すると──。
「おらっ」
トン、トン、トン。巧みなステップで垂直の木肌を登ってゆく。
そして、強く幹を蹴って宙返り。落下の威力そのまま、右手のロングソードをチーターらしき一匹に叩きつける。
「ゴアアアァ……」
断末魔をあげたチーターが倒れるのを待たず、残った獣たちは一斉に飛びかかってくる。
「一匹殺ってまた一匹……」
煉斗は再びダッシュを開始する。
──怒り狂った獣は概して知能に劣る。こうして搦め手を使って、単騎ずつ処理していくしかない。
あとは──。
「アイリス!」
「分かってますよ──《ヘイズロ》!」
爆発の呪文が奴らの毛皮を焼き尽くした。煉斗に抱かれたままの不安定な体勢でも、確実に命中させる。
そう、集団戦においては、魔法の面制圧力は圧倒的である。普段は虫も殺さない姿をしている侍従の少女だが、 要所要所では鬼神のごとき力で魔術を行使する。そして、今は彼女が最も活躍できる場面だ。
──俺が出来ないことは、相棒がやってくれる。
煉斗が足となり、アイリスが仕留める。
多勢に無勢のこの状況だが、ふたりの頰には勝機の笑みが刻まれていた。
「はあ……はあ……」
煉斗とアイリス以外、動くものは無くなっていた。ふたりの足跡を辿るように残る死屍累々。しかしそれを悼む余裕は、今の煉斗たちには無かった。どうにか息を整え、立ち上がる。
「ここらへんの魔物はほとんど倒しただろうけど……」
「そういえば、目標は別にありましたね」
今回の目的はモンスターを討伐することではなく、その原因を調べることだ。
「冒険は終わっちゃいない、か」
「《森の終わり》にはまだ先があるみたいですね」
「先、って言ってもなあ……」
先の戦闘で、方向を完全に見失ってしまった。当然、目印や立て看板が存在するはずもなく、どちらに進めばいいのか分からない。
煉斗はそれでも粘り強く手掛かりを探すが、目ぼしいものは何もない。
「迷子ってやつか、こりゃ……」
「かなり移動しましたからね……」
「だのに、景色はまるで変わり映えしねえ。おんなじ場所を歩いてる気分になるぜ」
陽光も届かない。閉ざされた森には、小動物はおろか虫の一匹もいない。まるで時間が止まったかのようだった。
疲労と、この笑えない状況に、ふたりの口は閉じてしまった。そうなれば死の領域を支配するのは重い重い沈黙だ。
…………。
アイリスは、煉斗よりも五感が鋭敏で、些細な変化や予兆といったものを察知するのもいつも彼女だった。
今回も、その敏感な感覚が変化を捉えた。
「煉斗、これ……」
「なにか分かったか?」
耳朶を撫でるのは、さらさらと優しいサウンド。これは……。
「水の音、でしょうか?」
「! これまで、川なんて見なかったよな」
「ええ……行ってみましょう」
金髪の侍女は煉斗の手を握り、先頭に立って歩き出した。
やがて、煉斗にも感じられるようになった。緩やかな水のせせらぎ。
自然と早足になりながら、茂みを抜けた先にあったのは──。
湖、いや──泉、だった。
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