第13話 告白
「なんだか、ゲームのような世界ですね」
玲音は、シオンの話を聞きながら、ぽつりと呟いた。
マナスポットから生まれるモンスター。
魔石を祠に納めれば、その土地を人類の領域にできるという仕組み。
まるで、ファンタジーゲームの攻略条件そのものだった。
「ゲームか……。今となっては懐かしいよ」
シオンは懐かしそうに目を細めた。
「当時は、ほとんどの人が一度はゲームを体験していたからね」
「そうなんですか」
「そうさ。仮想空間で冒険したり、仲間と協力して強敵を倒したり……。現実ではできないことを楽しむのが、当たり前の時代だった」
「なるほど……」
「人々がゲームの世界で何を考え、何を望んでいたのか。人間の深層心理に影響されて進化するマナマシンが、そうした情報に影響を受けたとしても不思議じゃない」
シオンは苦笑した。
「まあ、今となっては、当時の常識だけどね」
玲音は黙って頷いた。
人類の無意識や願望が、マナマシンの進化に影響を与えた。
もし本当にそうなら、ゲームに登場するような魔物が現れたことにも説明がつくのかもしれない。
もっとも、それが分かったところで、今の世界をどうにかできるわけではないのだが。
「……ところで」
シオンが、ふいに真剣な顔になった。
「君は一体、何者なんだい?」
「え?」
「ドクターゼロが言っていた救世主。今では存在しないとされる純粋なヒューマン。それなのに、君は文明崩壊前のことを知っている」
シオンは玲音をじっと見つめた。
「君のことを、教えてくれないかい?」
玲音はすぐには答えなかった。
自分の正体。
なぜ、この時代に目覚めたのか。
そして、ドクターゼロとの関係。
いつか誰かに話さなければならないと思っていた。
だが、これまで話せる相手はいなかった。
「……分かりました。お答えします」
玲音は、ゆっくりと口を開いた。
「シオンさんは、軌道エレベーター崩壊事件を知っていますか?」
「もちろん。私が生まれる前の事件だけどね」
シオンは頷いた。
「強化人間が獣人として人権を認められるきっかけになった事件だろう? 学校の教科書で習ったよ」
「……そうですか」
「それがどうかしたのかい?」
玲音は一度、息を吸った。
「俺は、その事件の生存者です」
「……え?」
「軌道エレベーターの内部にいました。あの事件で生き残った、唯一の人間です」
シオンの表情が固まった。
「内部に……? あのセレモニーは、各国の政治家や研究者、企業の重役など、相当なVIPしか招かれなかったはずだよ」
「俺の父は、ドクターゼロの腹心でした。藤野家の当主です」
「……藤野家?」
シオンの目が大きく見開かれた。
「まさか、あの藤野家かい!?」
「有名なんですか?」
「有名どころの話じゃないよ!」
シオンは思わず身を乗り出した。
「直属の部下をほとんど持たないことで知られていたドクターゼロが、唯一信用していた一族。それが藤野家だ!」
「……そうだったんですか」
玲音は少し驚いた。
両親がどれほど重要な立場にいたのか、彼自身も詳しくは知らなかった。
「それで、君が生き残ったことと、ドクターゼロに何の関係があるんだい?」
「俺は、ドクターゼロによって、ある人物の記憶を埋め込まれました」
「記憶を?」
「藤野健二という人物です」
「藤野健二……?」
シオンは考え込むように目を伏せた。
「その名前は知らないね。ただ……」
「ただ?」
「四ノ宮零士と藤野健二には、何かしらの因縁があったのかもしれない」
玲音は黙って頷いた。
自分の中にある記憶。
そして、その記憶を残したドクターゼロ。
すべての事情を知っているわけではないが、二人の間に特別な関係があったことは間違いない。
「話を戻します」
玲音は続けた。
「俺は軌道エレベーター崩壊事件に巻き込まれ、首から下が動かなくなりました」
「……」
「両親とドクターゼロが協力して、俺を治療するためのコールドスリープ装置を作ったんです。本来なら、十年眠る予定でした」
「それが、二百年後に目覚めた……?」
「はい。気づいたら、この世界にいました。目覚めたのは、一週間前です」
シオンはしばらく言葉を失っていた。
やがて、深く息を吐く。
「……それは、凄まじい話だね」
「自分でも、そう思います」
「ちょっと待ってくれ」
シオンは、何かに気づいたように玲音を見た。
「ということは……君の方が、私より年上になるのかい?」
「……はい?」
「私は百九十三歳。君は文明崩壊前の時代に生まれて、そこから二百年眠っていたんだろう?」
「まあ、そうですけど……」
「だったら、私より年上ということになるよね?」
シオンは真顔だった。
玲音は頭を抱えた。
「……敬語を使った方がいいですか?」
「やめてください!」
「え?」
「俺は二百年眠っただけの十八歳です!」
「だけで済ませる問題かな?」
「はぁ……もういいです」
玲音は深々とため息をついた。
どうして、この人はこうなのだろう。
長老としての威厳はあるのに、時折、妙なところで子供っぽい。
「……ここまでが、俺の主な記憶です」
玲音は話を締めくくった。
シオンはしばらく黙っていたが、やがて穏やかな笑みを浮かべた。
「そうか。話してくれてありがとう」
「いえ……」
「ところで、その話を誰かにしたことはあるのかい?」
「両親を除けば、シオンさんが初めてです」
「……初めての告白相手に、私を選んでくれて光栄だよ」
「やめてください!」
玲音は即座に叫んだ。
「ただでさえ、エルフは美しいんですから!」
「おや?」
シオンは楽しそうに首を傾げた。
「それは褒め言葉かな?」
「そういう意味じゃなくて! 俺にそっちの気はないですから!」
「……酷いな」
シオンはわざとらしく胸に手を当てた。
「私は女だぞ?」
「…………は?」
玲音の思考が止まった。
「な、なんだってー!?」
「そんなに驚くことかい?」
「いや、だって……!」
玲音はシオンの顔をまじまじと見た。
長い耳に、整った顔立ち。
すらりとした体格に、どこか中性的な雰囲気。
確かに美しい。
美しいのだが、どう見ても男性だと思っていた。
「エルフは男女の身体的な違いが少ないんだよ。君は知らないだろうけどね」
「……」
「昔は、文明崩壊前の女性たちのような、グラマラスな体型に憧れたものだよ」
「す、すいません……」
「いいんだ。気にしていないから」
シオンは笑った。
「それに、君と話していると、文明崩壊前の暮らしを思い出すんだ」
その声から、先ほどまでの冗談めいた調子が消えた。
「私はね、これまで何度も昔の暮らしを取り戻そうとしてきたんだ」
「……」
「知識を伝えようとした。便利な道具を作ろうとした。農業を復活させようともした」
シオンは窓のない石壁を見つめた。
「でも、うまくいかなかった」
百九十三年。
文明崩壊前を知るエルフとして、長い年月を生きてきた。
それでも、文明を取り戻すことはできなかった。
「私一人では、限界があったんだよ。知識があっても、道具がない。道具があっても、材料がない。人手が足りず、魔物の脅威もある」
シオンは玲音に向き直った。
「けれど、君なら違う」
「俺なら……?」
「ドクターゼロの言っていた救世主。そして、失われた文明を知る純粋なヒューマン。君には、私たちが失ったものを取り戻すための知識がある」
「……」
「君が持っている道具も、知識も、私たちにとっては大きな希望だ」
シオンは真剣な眼差しで玲音を見つめた。
「君が最後の希望なんだ」
玲音はすぐには答えなかった。
ドクターゼロの言葉どおりに動く。
それは、まるで死んだ男の計画をなぞるようで、どうにも気に入らなかった。
だが、この世界の現状を見てきたからこそ、分かることもある。
人々は食料に困り、住居にも困り、魔物の脅威に怯えながら暮らしている。
このままでは、文明が再び発展することは難しいだろう。
ならば、自分にできることは何か。
「……正直に言えば、ドクターゼロの言いなりになるようで、嫌なんです」
「うん」
「でも、俺も文明を取り戻したいと思っています」
玲音はシオンを見返した。
「だから、俺にできることがあるなら協力します。一緒に、この世界を変えましょう」
一瞬、シオンは目を見開いた。
そして、満面の笑みを浮かべた。
「そうか! ありがとう!」
差し出された手を、玲音は握り返した。
それは、二百年の時を越えて出会った二人が交わした、小さな約束だった。
このとき、玲音はまだ知らなかった。
文明を取り戻すという決断が、やがてこの世界の歴史を大きく変えていくことを。
そして、ドクターゼロが残した計画の、その先に何が待っているのかも。
ただ一つ、確かなことがあった。
これが、文明を取り戻すための最初の一歩だった。
ストックが終わりました
週一回更新出来れば良いなー




