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スナップ360  作者: 丸鶴
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1/3

スダレ

陽菜は、店長からの短いメッセージを見つめていた。

――今年も夏至の日、来られるか。

たったそれだけだった。

画面を閉じる。

去年なら嬉しかったはずだ。

だが今は、返信を考えることすら面倒だった。

終わったはずなのだから。

海の家の前に立つと、潮風が頬を撫でた。

白く塗られた壁。

軒先に揺れるスダレ。

その向こうに見える店長の姿。

「久しぶり」

「どうも」

必要以上の言葉は出てこなかった。

店長も無理に距離を詰めようとはしない。

「ちょっと見てほしいものがある」

そう言われて店内へ入る。

客席には、去年と同じようにスダレが吊られていた。

そこにはたくさんの写真。

家族連れ。

友達同士。

カップル。

海辺ではしゃぐ子どもたち。

夕焼けを背景に笑う人たち。

陽菜は小さく息を吐いた。

「ああ、まだ続けてるんですね」

「評判いいからな」

それは去年、自分が提案したものだった。

スマホの写真を印刷して、スダレに洗濯ばさみで留める。

少し不格好で、でも夏らしい。

店長は何も言わず歩き出した。

陽菜も後を追う。

スタッフルーム。

ドアが閉まる。

部屋の奥に、もう一枚のスダレがあった。

足が止まる。

そこだけ時間が去年のままだった。

「……残してたんですか」

「勝手に捨てられなかった」

陽菜は返事をしなかった。

ただ喉の奥で小さく息が引っかかった。

スダレには写真が並んでいる。

去年の夏。

二人だけの記録。

店長が一枚目を外した。

「これ覚えてるか」

海開き前日。

準備中の写真。

陽菜は肩をすくめる。

「日焼けするから嫌だって文句言ってましたね」

「三十分後には真っ黒だったけどな」

思わず鼻で笑う。

店長も笑った。

次の写真。

厨房でアイスを盗み食いしている自分。

次。

閉店後、浜辺に座っている二人。

次。

波打ち際で転びそうになっている自分。

次。

夕焼け。

花火。

笑顔。

一枚めくるたびに胸のどこかがざわつく。

来なければよかった。

そんな思いが浮かぶ。

なのに目は次の写真を探している。

「これ撮ったの店長でしたっけ」

「そう」

「下手ですね」

「うるさい」

気づけば会話が増えていた。

店長が写真を渡してくる。

自然に受け取る。

指先が触れる。

それだけなのに落ち着かない。

陽菜は視線を写真へ落とした。

自分の水着姿。

砂浜で大笑いしている。

こんな顔をしていたのかと思う。

次の写真。

閉店後の誰もいない浜辺。

二人並んで座っている後ろ姿。

次。

砂の上で転げ回って笑っている写真。

次。

花火を持って駆けている写真。

次。

店長とのツーショット。

次。

またツーショット。

次。

また。

陽菜は写真をめくる手を止めた。

呼吸が浅くなる。

どうしてこんなに残しているのだろう。

どうして自分も見続けているのだろう。

終わったはずなのに。

忘れたはずなのに。

胸の奥で何かが忙しく動き始める。

「店長」

声が少し上ずる。

「ん?」

「なんで呼んだんですか」

店長は答えなかった。

代わりに最後の写真を外した。

夏の終わり、

営業が終わったあと。

海には誰もいなかった。

花火の火が消えかけていて。

二人とも笑っていて。

写真の端が少しだけぶれている。

陽菜はその写真を見つめたまま動けなくなった。

しばらく沈黙が続く。

窓の外で風が鳴る。

スダレがさらさらと揺れた。

その音が妙に優しかった。

張り詰めていたものが少しずつほどけていく。

胸の奥まで潮風が通り抜けるようだった。

陽菜は長く息を吐いた。

それから小さく笑う。

「ずるいですよ」

「何が」

「こういうの見せるの」

店長は肩をすくめただけだった。

陽菜は写真を一枚ずつ見直した。

どれも去年の夏だった。

楽しかった。

苦しかった。

終わったと思っていた。

でも消えてはいなかった。

写真をスダレへ戻す。

最後の一枚を留める。

指先が震えていることに気づいた。

陽菜は少しだけ俯き、そして顔を上げた。

「……店長」

「うん」

「今年も」

言葉が途切れる。

喉を鳴らす。

少し照れくさくて、少し悔しくて。

それでも口元は勝手に緩んでいた。

「今年もバイトさせて下さい」

店長はすぐには答えなかった。

ただ静かに笑った。

その笑顔を見た瞬間、胸の奥に残っていた重たいものがふっと軽くなる。

窓の外では、夏至の光が海にきらきらと反射していた。

スダレが揺れる。

去年と同じ音だった。

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