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一刻花 ~弘化江戸火話~  作者: 五十鈴 りく
【肆】泰平のあかし

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泰平のあかし〈十六〉

 百蔵が店を去ることに皆は驚き、戸惑った。

 そして、恒が女中ではなく花火師となることにもさらに戸惑う。


「本気でか? そいつぁすげぇな。でもまずは見習いだろ? じゃあ俺が兄弟子だな」


 半平は最初から女子(おなご)だからと軽んじることがなかった。それはこの時になっても変わらず、純粋に恒の願いが通ったことを喜んでくれた。


 これからは鉄助と半平が兄弟子だ。

 一人っ子だったのに兄弟ができたようで嬉しいと密かに思う。


「あい。半平兄さん」


 無邪気に喜んでいるだけではいけないのだけれど、浮足立って仕方がなかった。

 鉄助は微笑みつつも落ち着いて銀治に尋ねる。


「女中を口入れに頼んだ方がいいんですかね?」

「まあ、そうなんだがな」


 言いながらも銀治は乗り気ではなさそうだった。また惚れた腫れたが面倒なのだろうか。


「あたし、女中の仕事もできます。花火に触らせてもらえたらそれでいいんです」

「それでまたぶっ倒れるんだろうが」


 素っ気なく皮肉に言うけれど、これは無理をするなという意味だ。もうそろそろわかっている。


「皆で手伝えばいいんじゃねぇんですか?」


 半平の提案を受け、七五三太も元気よく手を挙げる。


「おいらもおりやすっ」


 この金屋の皆は、恒が花火師になりたいという願いを真剣に受け止めてくれているのだ。それがひしひしと伝わり、目頭が熱くなる。上を向いてごまかしたら背の高い鉄助と目が合い、くすりと笑われた。

 鉄助はそのまま顎を摩り、銀治に顔を向ける。


「これならどうにかなりそうですか?」


 目を伏せた銀治が軽くうなずいて見せた。


「ああ。しばらくそれで様子を見てみるか。皆、頼む」


 嬉しい半面、申し訳ないとも思い、それをおずおずと口に出す。


「でも、本当にいいんですか?」


 皆だって職人で暇を持て余しているわけではないのだ。

 すると、鉄助が大きな手を恒の頭にとん、と載せて言った。


「お前さんのためだけじゃあない。金屋の花火のためだ。花火屋ってぇのは組合と一緒だ。いい花火を作るために皆で助け合うんだ」


 ――ああ、本当だ。

 すべて花火のため。


 ほんのひと時、空を賑わすだけの火の花を咲かせるために、この場の皆は一丸となって取り組むのだ。

 お返しに、いい花火を作る。それが恒がすべきこと。


「あい。いい花火のためにならなんだってやります」


 力いっぱい答えたら、銀治に鼻で笑われた。けれど、怒りは湧かない。


 少し前に半平から聞いたのだ。

 あの花火は、銀治がいなければ空に上がらなかったのだと。


 盗まれそうになった花火を必死で追いかけ、本気で命を賭けてくれた。

 亡き父が信じてくれたように、銀治も恒の技を信じてくれる。

 それがどれほど心強いことか――。


「おぅい、誰もいねぇのかい?」


 その声に、はっと我に返った。

 店先で暖簾を潜ってきた客は、声からするに角太郎だ。

 ほんの少し声に張りがあるように聞こえる。


「あいつ、昨日の花火のことを通を気取ってあれこれ言いてぇんだろうよ」


 そんな意地の悪いことを言いながらも銀治は嬉しそうだった。


 あの花火が、死に傾く心の闇をも照らした。そんな出来であったのなら、これ以上の喜びはない。

 これからも、いつまでも、人の心に残る花火を上げたいと願う。


 それが楽なことではないとしても。

 報われることばかりではないとしても。


 角太郎の声がまた飛ぶ。


「おぅい、お恒ちゃん」

「あい、今行きます――っ」


 金屋の屋号が入った前垂れをはためかせ、恒は店先へと走った。



     〈【肆】泰平のあかし ―了―〉


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます!

この辺りで第一部という感じです。

書き貯めたものはここまでしかないので、またこれから書いていきたいと思います。

花火師(下っ端ですが)になった恒の今後をまた見守っていただけると幸いです(*- -)(*_ _)ペコリ

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― 新着の感想 ―
 面白かったです!  ゆっくり楽しもうと思っていたのに、読み始めたら引き込まれてしまい、最新話まで一気に読んでしまいました。  自分の技術、感性、時間、持てる全てを花火に込める。そんな主人公・恒の姿…
 第肆章完結お疲れ様でした。以下、ネタバレ極少で書いてみたいと思います。  起  まず、感想を書くに当たって、”肆”という漢字を表示するのに苦労しました。パソコンなら簡単なのかもしれませんが、私が…
第一部完走お疲れ様でした! 女子は花火師にはなれないっていう常識を乗り越えて、恒は花火師になれましたね。 純粋に花火と向き合っている人達が集う金屋だから叶ったのでしょう。 そんな職人の集まりの金屋、…
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