弔い花火〈一〉
恒が金屋に来て二十日が過ぎた。
仲屋はどうなっているだろう。これまで散々恒に仕事を押しつけてきた女中たちが困っているとしても気にならないが。
吉兵衛たちは藪入りもなしにただでこき使える女中がいなくなって惜しいと思ったか、それともいなくなって清々しただろうか。あれだけ働いたのだから、ただ飯食らいではなかったつもりだ。
挨拶もろくにせずに出ていって恩知らずだと言いたいかもしれないが、最後だと思えば余計にこちらの方が暴言を吐かずにはいられなかった気がする。
だから、顔を見ないままでよかったのだ。
いずれ恒が花火師になるのなら、また再会することはあるかもしれない。それでも、その時には胸を張って会いたいと思う。
職人を気取っても所詮は女子だと嗤わせるつもりはない。自分が諦めずに精進したから今があるのだと誇ってやりたい。
「――おい、近すぎる」
銀治の声が間近でして、はっと我に返った。
今、恒は金屋の皆と一緒に工場にいる。
壁際にたくさん積まれている箱には花火の道具が仕舞われているのだ。初めてここに踏み入った日は心が躍って仕方がなかった。
毎日小半時なら工場で花火作りを見てもいいと治兵衛が許してくれた。だから、この小半時がとにかく待ち遠しくて仕方がない。
火薬を吸わないように手拭いで顔の半分を覆っているが、布越しでもわかる懐かしい臭いがする。
ここで職人たちの手元を見ていると、つい食い入るように見てしまうのだ。そして、もっとよく見たいと近づいて、こうして叱られる。
それでも、皆は笑って許してくれる。怒るのは大体が銀治だ。
「若の顔ならまだしも、手元に食いつく女子もいるんですねぇ」
などと言って半平が笑いを嚙み殺している。銀治はその、女子が見惚れるという顔をしかめていた。
「こいつが変なんだ」
「邪魔をしてあいすみません。続けてください」
小半時なんてすぐに経ってしまう。軽口で手を止めてほしくなかった。作業を続けてほしいと切に願う。
「半平、手を止めるな。今日の分が間に合わねぇ」
鉄助が言い、半平は首を竦めた。よく言ってくれたと恒は心の内で喜ぶ。
皆、本来は作業中にあまり喋らないという。恒がいると気が散るのもわかる。
しかし、だからといって遠慮はできなかった。
邪魔でも居座りたい。もっとよく皆の仕事を見ていたいのだ。
金屋に限ったことではないが、職人たちはそれぞれの特徴がある。
百蔵は、本当に亀のようにのっそりとしていて、年のせいか動きが遅い。しかし、遅いのだが、その正確さはやはり熟練と言える。派手な花火ではないが、粗のない花火を作るのだろう。
鉄助は百蔵とは逆で、手が速かった。さっさと要領よくこなしていく。それでいて失敗は少なく、周りもほとんど汚さない。その仕事ぶりを見て、賢い人だと思えた。
半平は職人歴が浅いので仕方がないけれど、まだ未熟なところもある。
今やっているのは、菜種などの小さな粒に泥のような薬剤を重ねる〈星掛け〉の作業だ。これを繰り返して星を大きくしていく。丸めた雪玉を雪道で転がして大きくするのと同じようなものだ。
半平の仕事は、すべてが危なげないとは言えなかった。急かされたせいか、それが表情にも手にも表れていた。
もっとゆっくり手を動かさないと斑ができてしまう。
和紙の上を転がる星を眺めながら恒もはらはらしていた。
その仕事を代わってあげたいと手が疼く。
そんなことを考えていたら、ずっと黙っていた百蔵が急に声を荒らげた。
「おい、半平っ。なんだその手つきは。泥鰌でもすくってやがるのか」
無駄口は叩かないが、職人として若手には厳しい。
「どっ? ――へい、すいやせん」
少し口元を尖らせつつも半平は謝っていた。まだまだこれからといったところだろう。
七五三太はほぼ雑用で、今のところ火薬の素材を篩にかけるくらいだ。あとは掃除や洗い物である。それを七五三太は残念がっていなかった。
ここへ奉公に来たのもたまたま縁があってのことで、もとから花火師を目指していたのとは違うらしい。
今は表の掃除を兼ねて店番をしている。
そして、銀治なのだが――。
じっくりと花火に詰める星の形を見てより分けていた。星がそろっていない花火は綺麗に見えない。それから、完全に乾いていないのに重ねづけして作った星も上手く火がつかない。
恒と同じで、銀治は花火屋に生まれ、育った。
だから、物心ついた頃にはすでに花火に囲まれている。治兵衛の血を受け継いでいる。
つまり、花火を作るために生まれたような人だ。
銀治の先細りの細長い指は器用で、細かい作業も難なくこなせるようだ。ひとつひとつ丁寧により分け、語り合うように花火と向き合っている。
治兵衛は、古い火傷のせいで細かい作業ができない。だから銀治が治兵衛の手なのだ。
その話を聞いた時、治兵衛の無念を思って涙してしまった。
花火師の指が動かないなんて、悲しすぎる。治兵衛が職人たちを見る目は真剣そのもので、どれだけ妥協を許さないかを肌で感じる。立派な花火師の目だ。
しばらくひたすら銀治の手元を見つめていたら、目頭が熱くなった。
向島での暮らしを思い出してというのではない。ただ銀治の丁寧な仕事に胸が震えたのだ。
「その花火が上がるところを早く見たいです」
きっと銀治のように、多くを語るわけではないが目を引く、そんな花火なのだろう。
思わずつぶやいていたら、銀治にぎょっとされた。
「泣くな。火薬が湿気る」
この花火が空に上がるところを思い浮かべたら、涙が勝手に流れ出ていた。
言われるまでそれに気づかなかった。
「え――、あぁ、あいすみません」
恒のせいで火薬が湿気たら大変だ。慌てて拭いたのだが、半平がそんなやり取りを口をへの字にして聞いていた。
「若が泣いた女子に掛ける言葉も変ですけど、それで納得するお恒もかなり変――」
「どう考えても、花火作りを見て感極まって泣くやつがおかしい」
嫌そうに言われた。銀治は泣いている女子が面倒だと思うのだろう。
多分、女子を袖にしてたくさん泣かせている。本人のせいではないとしても。
そんな幸せな小半時が終わろうとしている頃、治兵衛が目元を和らげつつ言った。
「お恒、明日にでも七五三太と一緒に線香を拵えてみるか?」
線香とは、細い煙を出すあれではない。
線香花火だ。
おもちゃ花火ではあるけれど、夏になれば皆がこぞって線香花火で遊ぶ。つまり、よく売れるのだ。
「もちろん作ります。ありがとうございますっ」
力いっぱい答えると、治兵衛は笑いを噛み殺していた。




