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一刻花 ~弘化江戸火話~  作者: 五十鈴 りく
【壱】花火師の娘

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花火師の娘〈十一〉

 奥工場から出て銀治は伸びをした。

 同じ体勢で作業をしていると体が硬くなってしまう。


 すると、向こうの方で(つね)が足を止め、天日干ししてある花火玉を見ていた。

 花火が好きだと公言する恒だから、それ自体はおかしなことではなかった。ただ、その目つきが尋常ではない。


 じっと、微動だにせず花火を見ている。花火に穴が空くのではないかと思うほどの強い目は、十五かそこらの娘のものではない。ほんの些細な(きず)さえも見つけてしまうような厳しさを向けている。


 あれではまるでうちの親父だと、銀治はぞっとした。

 一端の職人のような真剣な眼差しを垣間見て、恒が花火師になりたいと言ってはばからないのが悪ふざけなどではないのだと思わされた。


「――やっぱり、変なやつだ」


 そうとしか言えなかった。何故かいつまでも寒気が引かない。

 自分の技はあの目に適うだろうかと。




 しかし、ひとたび花火から離れると、恒はただの娘だった。

 よく働き、寝る間も惜しんで働き、息をするように働き、そこで倒れていた。繰り手から離れた人形のように。


「お、お恒さんっ、しっかりしてくださいっ」


 七五三太が狼狽えて騒いでいる声に皆が駆けつける。

 恒はくたり、と井戸のそばにへたり込み、それからゆっくりと体を横たえる。顔が真っ青になっていた。


 父は寄合に行っていて、口入れにも寄って女中は見つかったと断りを入れてから帰ると言っていた。まだ当分帰ってこないだろう。


七五三太(しめた)、医者を呼んでこい」


 銀治が言うと、七五三太は狼狽えるのをやめてうなずいた。


「あい、行ってきますっ」


 いつまでも甘え癖の抜けない七五三太だが、さすがにこんな時くらいは役に立ってもらわねば。


「とりあえず、座敷に寝かせておく」


 銀治が言うと、鉄助(てっすけ)が恒を抱き上げた。銀治でも持ち上げるの苦労はなかったと思う。それくらい、恒は軽いように見えた。


 半平(はんぺい)が夜具を持ってきて畳の上に広げる。恒は、うう、と唸っていたが、目は覚まさなかった。


 七五三太が連れてきた町医者は汗だくになっていたが、眠っている恒を見てため息をついた。


「今にも死にそうな女子(おなご)がいると言われて飛んできたんだが、今すぐどうにかなりそうじゃあないな」

「それはあいすみません」


 座している銀治が頭を下げると、医者は恒の様子をじっと見て額や首を触り、それから言った。


「うぅん、疲れが出たんだろうね。精のつくものを食べて寝ていればよくなる」


 やはり、そういうことなのだ。銀治も自分の見立て通りの結果にほっとする。


「ありがとうございやす」

「新しい女中のようだが、薬は要らないな。このお(たな)にいればすぐに治るだろう」


 最後に不思議なことを笑って言われた。


「どうしてでしょうか?」

「女中が倒れたといって医者を呼ぶお(たな)ばかりじゃないから、このお店にいられたらよくなる」


 恒がいた仲屋はまさに、女中のために医者を呼ばない店だろう。

 年頃の娘がこんなにやせ細っているのに、ろくに食べさせもしなかったのだから。




 医者を見送った後になって恒が目を覚ました。

 うっすらと目を開けた途端に飛び起きたから、銀治は思わず恒の肩を押し戻した。


「さっき倒れたやつがなんて起き方だ。もう少し寝てろ」

「た、倒れた?」


 言い方が怒っているように聞こえたのか、恒はさらに顔色を失った。


「すみません、すぐに働きます。すみません」


 繰り返し謝るけれど、謝れなんて言っていない。


「ふざけるな。ろくに食べない、ろくに寝ない、そんなの体が持つわけ――」


 苛立ってはいたが、怒ったつもりはない。それでも恒は怯えて見えた。


 変わっているといっても、十五の娘なのだ。

 倒れた時くらい優しく言ってやるべきだったかと少し勢いを削がれた。


「十分食べさせていただいていますし、寝ています。ですから、その――お暇を出さないでください。もうこんなことはないように気をつけます」


 今になって、恒に対して感じていた苛立ちの意味がわかった。

 この娘はどこかが壊れている。人ができる無理には限界があり、無茶をすればいつかそのつけを払うはめになるのだと気づかないのだ。

 それが当人のせいなのかはわからない。仲屋のせいなのかもしれない。


「なあ、お恒ちゃん。もうちょいとばかし人に合わせてみなよ」


 へら、と笑って半平が言った。銀治にはない柔らかさだ。

 それがよかったのか、恒は少し落ち着いたように見えた。


「人に合わせる?」

「そう。今日から七五三太とおんなじ時刻に寝て、起きて、七五三太とおんなじだけ飯を食う。まずそれから始めなよ」

「えっ?」


 恒は起き上がれないまま目を瞬かせた。銀治はそんな恒の薄すぎる肩からそっと手を退けた。


「で、でも、あたしは一番新入りで、下っ端で」

「だから七五三太と一緒だ。ねえ、若、それでいいんでしょう?」


 半平は、無駄ににこにことしていて、けれど今はそれくらいが丁度よかったのかもしれない。

 笑えないまま銀治がうなずいてみせると、皆がほっとしたように感じられた。


「あい。お気を遣わせてすみません」

「それと、若は怒ってねぇから。心配してるだけだ」


 ついでに余計なことを言った。

 恒は再びきょとんとした。なんだその顔は、と言いたくなったが、自分に愛想がないのも知っている。

 けれど、恒は意外なことをつぶやいた。


「怒っているなんて少しも思っていません。それくらいわかりますよ」


 それくらいわかるらしい。

 そう真っ向から言われてしまうと、かえって居心地の悪さも感じる。


「――このまま寝てしまえ」


 それだけ言い放って銀治は立ち上がった。

 恒は、えっ、と零して戸惑っていたが、異論は聞かない。今日は働かなくていい。


 振り向かずに部屋を出ていくと、鉄助が七五三太に声をかけていた。


「七五三太、お恒のことを頼む」

「あい」


 寝れば治るのなら、寝なければ治らないのだ。

 寝て治るうちに寝てしまえと思う。


 さっさと廊下を行くと、ついてきた鉄助が身を屈めてぼそりと耳打ちしてきた。


「なんだか、見ていて可哀想になりますね。仲屋では一体どんな扱いを受けていたのでしょう」


 仲屋は、この金屋よりも手広く(あきな)いをしている。

 しかし、花火師が打ち上げ損ねたといった、一歩間違えれば大惨事になるようなこともあった。それでも、仲屋は変わらなかった。

 花火師のことでさえ大事にしないのだから、女中のことなどもっと大事にしていなかったのだろう。


「とにかく、うちは仲屋じゃねぇ。うちのやり方に従わせる」


 それだけ言うと、鉄助は何も言わずに少し笑った。


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