花火師の娘〈一〉
夏の暑さをほんの一時忘れさせてくれる川風を受けながら、恒は橋から藍染めのような夜空を見上げる。
あの時の恒は、七つ帯解きも終えていない幼子だった。
それでも、誰かと見上げた光景を未だに覚えている。
「東西東西、これより打ち上げられまするのは――」
雑踏の中でも小粋な口上が川辺に響き渡る。そして。
ドォン、と足元を揺るがす音を轟かせ、空に火の花が咲いた。
赤い筋をつけて昇り、空で花咲く。
咲いて、すぐに散る。赤い色は闇に溶けた。
蝉よりも、昼には萎れる朝顔よりもなお儚い。
けれども、どんな花よりも大きく輝かしい。
この世に、あれほど美しいものが他にあるだろうか。
胸が熱くなり、涙が零れた。
「大きい音にびっくりしたのか?」
戸惑いながら尋ねる声は幼かったような気がする。
恒よりは大きかったが、大人ではなかった。
その人の輪郭は陽炎のようにぼんやりとしている。
それは恒が泣いたせいだ。
音に驚いて泣いていたのではなかった。
小さな頭を振って、それでも空を見ていた。
「いい花火だったな」
綺麗、ではない。いい花火だと。
あれは恒の父が上げた花火だ。幼いながらにもそれはわかっていた。
だから、いい花火だという言葉がとても誇らしかった。
これから先に、その誰かと見た花火を越える花火はあるのだろうか。
涙でぼやけては勿体ないと、目を擦りながら首が痛くなるほど上を見た。
刹那に散る花ではあるが、恒の目にはくっきりと色濃く焼きついたのだ。
この後、目を腫らしながら駆けつけた母に抱き締められてようやく、自分は迷子になっていたのだと気づいた。
そうだ、あの小さな手は、人が押し合う橋の上、欄干から幼い恒が押し出されてしまわないように庇ってくれていた。
花火があまりに鮮烈で、その子のことをうっすらとしか覚えていないなんて恩知らずだろうか。
その子は気がついたらいなくなっていたので、礼のひとつも言えずじまいだった。




