9 サイバー戦力
ユナはAI を駆使する。
今どきAI を使わないハッカーなどというものは時代遅れと言ってよく、一方でAI に頼ることしかできない者はハッカーの名にも値しない。
前者はそのスピードについてゆけず、後者は仕事がずさんですぐに足がつく。
デジタル上の存在を完璧に消せるというのは、ユナと同じように柔軟な発想でAI という武器を使いこなすスキルのある人間であろう。
JB はどうやらそういうハッカーをチームに持っているらしい。
そしてマツバラの言を信じるなら、イオという人工意識は人と同じような柔軟性のある意識とAI がひとつになったアンドロイドであるらしい。
そうであるなら、マツバラが言うとおり、それはとてつもなく危険なサイバー兵器と言えるかもしれない。
その能力は一切の侵入の痕跡を残さなかったあの「世界同時多発システム障害」を見れば明らかだ。
イオは……どんな意志を持っているのだろう?
AI は——少なくともユナの認識では、能力はあっても意志はない。意志はあくまでも人間が与える。
意志の与え方を間違えればとんでもない暴走をする危険もあるが、基本的に自らの意志で動くことはない。
それは今、我が国が開発中のサイバー兵器ミノタウロスであっても同じだ。
AI を駆使するといっても、人間はAI と一体であるわけではない。そこにはどうしても操作のための時間が必要になる。それは人間の反応速度の限界という制約を受ける。
もしそのアンドロイドが……
一体となった——つまり、柔軟な発想力と意志を持ったAI だというなら、人間であるユナには太刀打ちできるものではないかもしれない。
とはいえ一方で、マツバラの話ではそれはどこかのサーバーに囚われているプログラムではなく、実体を持ったアンドロイドで、ウイル・イソザキという開発者と共にこの世界のどこかに存在しているのだという。
それがどうやらJB と組んでいるらしい。
なかなか手ごわい。
とユナは思うが、しかし実体を持ったアンドロイドだというのは優位性でもあり弱点でもあるだろう。
サーバーやスパコンであれば、設置された場所がある。通信を捕まえさえすれば場所が特定できる。
場所を特定してしまえば、そこを物理的に攻撃すれば活動を止めることもできる。が、移動するアンドロイドとなればそれは難しい。
一方で彼らが移動している以上、例えば空港などではデジタルの痕跡の改ざんと消去にタイムラグが生じざるを得ない。
そうしなければ、今の空港システムではゲートを通過できないからだ。
その瞬間を捉えれば、彼らの痕跡を捉えることができるはず。
実際ユナはそのやり方で、JB の動向を詳細ではなくても大雑把にはつかむことができた。
この点は着任早々、マツバラに感心されたものである。
ボスであるマツバラは「殺すな」と言う。
我が国に迎えて、戦力とするためなのだという。
「絶対に殺すな」
とマツバラは言った。
ユナはどうもその言葉の裏に別の意図があるような気がしなくもなかったが、そこは大人しくボスの意向に従っておく。
ユナは危険な現場の前面に出る戦闘工作員ではないのだ。
同時にユナは他国のエージェント、特にR国のエージェントたちの動向も探るように命じられた。
「負担を大きくしてすまないが」
そう言うマツバラに、ユナは涼しい顔で答える。
「別に。その程度のことは複数のAI にやらせれば済むことですから」
それより、ユナには上層部に頼みたいことがある。
「一部でいいのでミノタウロスを使わせてもらうことはできませんか?」
しかしそれは即座に却下された。
「あれはまだ開発中で、どこにも使用許可は出ない。もっとも……」
とマツバラは情けなさそうな顔をした。
「あれが完成したら、我々は全員お払い箱になるかもしれんがな」
「そんなことはないでしょう。暴走させないためには私のようなAI 使いが必要だし、ボスがやっているような現場のフィジカルな仕事がなくなるとも思えません」




