第68話 女の闘い
「やっと着いた……。フォーミッド中心部。」
感嘆の声を挙げる、ディール。
大きく切り取った赤茶色の石煉瓦で造られた強固な街並み。
足元の通りも切りそろえられた岩が整然と並び、街全体が強大な要塞にも見えるが、ランバルト子爵領のような武骨な造りでもない。
四大公爵国に跨る、連合軍の本拠地。
その中心部に、いよいよ到着したのだ。
「ディール様、まずはギルドへ赴き、依頼完了の報告をします。その後、約束しました報酬金貨21枚分の食材と食糧を、お泊りになるところへ運びましょう。」
笑顔のチョビヒゲ。
頷くディール。
「頼みます。」
「弟君がお泊りになるのは、我ら聖騎士団の詰所でもある宿舎となります。お届き次第、我らがご連絡しますのでゆるりとお休みください。」
聖騎士団長が笑顔でディールに伝える。
「ありがとうございます団長さん。」
「部屋は、ディールとユウネは別々よ。」
隣の笑顔のアデルが伝える。
ウグッと言葉を詰まらせる、ディールとユウネ。
―ざまぁ!―
笑いながら伝えるホムラの言葉に、青筋を立てるユウネ。
「もちろん、ホムラ様もお部屋をご用意しましょう。実体出来る身となれば、婚約者の居る弟の部屋に同伴するなど、非常識極まりないですからね。何なら、私と同室でもいいわね。」
笑顔でディールの剣帯に収まるホムラに伝えるアデル。
-ええええー!-
「当然ですよ、ホムラ様。さぁ、まずはギルドへ。その後、ご案内しましょう。」
ホムラが魔剣状態の時、“宿主”であるディールと、何故かユウネのみ、その声が届いていた。
ところが、いつの間にはアデルにもその声が届くのであった!
この現象について、アデルは『たぶん魔力の高い【神子】だからじゃない?』 と予測した。
ますます肩身の狭い思いをする、ホムラであった。
――――
「さて、ゆっくりする時間はあまり無いわ。」
聖騎士団の詰所。
ギルドで “任務完了” の報告の後、キャラバンの3商人や “青の飛翔” と “オレ達に明日は無い” の面々と別れたディール達。
別れを惜しむ面々を後目に、足早に聖騎士団の詰所にある宿舎へ案内された。
その豪華な宿泊部屋でアデルが声を掛ける。
“四天王” 含め、グレバディス教国の高位の神官が訪れた際に泊まる貴賓室にディールとユウネは案内されたのであった。
ここはディールの部屋。
そこにアデルとユウネ、それにホムラ(半透明)が集まった。
「報酬の食糧は、明後日には届けてもらえるって話しだったわね。それを受け取り次第、グレバディス教国へ向かう。その前に、まずは兄さんの奥さんのテレジさんに会うこと。そしてディールは総統マリィ様に会うことね。」
「……テレジさんはともかく、連合軍総統にはそう簡単に会えないのでは。」
ディールの憂いに、アデルは笑顔で答える。
「私を誰だと思っているの? こういう時に“権力” ってやつを使うのよ。私が “会いたい” って言えばすぐに面会させてくれるわ。」
妹弟して過ごした期間。
そして共にフォーミッドへ向かった道中。
穏やかで権力を傘にするような言動が一切なかった姉アデルであった。
だが、最愛の家族の事となると、それは別。
「そんな訳で、明日中には面会できるよう手筈を整えておくから準備しておくのよ、2人とも。」
「え、わ、私も!?」
焦るユウネ。
相手は連合軍のトップ“総統”
自分のような村娘が会っても良い人物ではない!
「何言っているのよユウネ。貴女も【金剛龍ガンテツ】様の厳しい修行を乗り越えてきたのでしょ? きっと【銀翔龍フウガ】様も会いたがっているに違い無いわ。」
実際、フウガはユウネに会いたがっている。
だが、それはかなり、いや相当、邪な理由でだが。
「さて、早速だけどこれからテレジさんのお店に行くよ。兄さんのグレバディス教国での治療についてキチッと許可して貰わなくちゃ! あとディール!! きっとナルちゃんも居るから、無事だった事、それとユウネの事をちゃんと紹介するのよ!」
心臓が飛びあがるユウネ。
そうだ。これから会うのだ。
ディールの幼馴染。
家族のような子。
ディールの生存を信じ、一人で遠くのフォーミッド中心部まで来た、女性。
ディールを想う、恋敵
「さあ、馬車に乗るよ。歩いて行ける距離だけど、私が外歩いていたら大パニックだからね!」
「あ、あぁ……」
“四天王” であるアデルが普通に街中を歩くと、敬虔なグレバディス教徒が涙を流し跪き、その様子で “神子 だ!” “四天王だ!” と大騒ぎになるのだ。
この地位を得て、色んな面で不自由となってしまったアデルであった。
――――
馬車に乗り、5分。
フォーミッド中心部で人気レストランであるテレジの店に着いた。
時刻は夕暮れ。
店には連合軍の兵や幹部が所狭しと詰め寄り、酒に料理に舌鼓を打っていた。
「伝えてきます。」
そう言い、同伴した聖騎士が一人、店の外で客引きをしていたウェイトレスに声を掛けにいった。
馬車の内部からその様子を見守る、ディールとユウネ。
不意に、ユウネはディールの腕にしがみ付いた。
「どうした、ユウネ?」
「……何となく。」
ウェイトレスは、聖騎士の言葉に驚愕し、一度店内へ入った。
しばらくして、再度そのウェイトレスが出てきて、店の裏手側に回るよう指示した。
馬車はその言葉通りに、店の裏手側へ回った。
店の裏は、井戸や食材や調味料が入った蔵があり、ギリギリ馬車が入れるスペースがあった。
そこでアデル、ディール、ユウネは降りる。
「こ、こちらへどうぞ。」
そこで待っていたのは、別のウェイトレス。
非常に緊張している様子が伺える。
何せ、またもやグレバディス教国の “四天王” が訪問してきたのだ!
しかも同伴者は、ビックリするくらいのイケメンと、その腕に絡みつく可憐な美女。
“店主テレジに会いたい”
“あとナルちゃんにも会いたい”
ウェイトレスは、テレジとナルの2人が待つ部屋へ案内した。
「こちらです、アデル様。」
「ありがとう。」
店の奥、テレジの部屋の前。
ノックをすると「どうぞ~」の声。
「二人はちょっと待っていて。いきなり入ると、たぶんナルちゃんがヤバイから。」
そう伝え、ドアを開けて、中に入るアデル。
頷くディールと、心臓が爆音で高鳴るユウネ。
緊張は最高潮であった。
すると、部屋の中から「ええっ!!?」という女の大声が響いた。
そして、アデルの「ちょ、ちょっと待って!」という声。
それを制し、部屋のドアが勢いよく開かれる。
ドアを開けたのは、鮮やかや水色の長くふわふわした髪、くりりっとした大きな瞳に、整った鼻筋。
背はユウネより少し低く、細っそりとした体型が彼女をより幼く見せるが、持ち前の気の強さを感じさせる独特の雰囲気を醸し出している。
目を見開き、大きな瞳からボロボロと涙を零す可愛らしい女性。
ディールの幼馴染、ナルであった。
「ディ、ディ…ディール……。」
「よぉ、ナル。心配かけたな。」
「ディーーールーーー!!!!」
大粒の涙を流し、ナルはディールの胸元へ飛び込もうとした。
が、直前で立ち止まる。
目線は、ディールの腕に絡むユウネ。
沈黙。
「その、女……。誰?」
絞り出すように言う、ナル。
目からは涙が流れているが、明らかに動揺している。
というか、若干、怒りすら感じる。
震えるユウネ。
話しに聞いていた通り、気の強そうなナル。
怖い。
すっごく怖い。
でも、ここで引いてはダメだ!
「あ、ああ。この子は……。」
「ディールの恋人の、ユウネです。」
はっきりと伝えるユウネ。
愕然とする、ナル。
部屋の中で頭を抱えるアデルと、笑いを堪えるテレジが見える。
(姉さん……どうしたらいい?)
(自分の事でしょ。自分で何とかしなさいな。)
目線で訴えるディールに、無情な目線を送るアデル。
顔を伏せ、ふるふると震えるナル。
「こ、こ、恋人、だぁ……?」
「あ、あぁ。ここに来るまでに、色々あって……」
顔を上げ、真っ赤になったナルが叫ぶ!
「人がどんだけ心配したと思っているのよこのスケコマシー!!!」
そしてナルの盛大なビンタが炸裂する!
しかし、その平手がディールの頬を穿つ前に、ユウネが掴み、止める。
「私の! 大切な恋人に! 何をするのですかっ!」
「へ、へぇ……私の平手を止めるなんて、やるじゃない。乳女!!」
ブチッ
「誰が乳女ですか! ド貧乳っ!」
「ドひっ……! い、言ったなー!!」
猛烈なオーラを立ち上らせて対峙する女と女。
がぷり四つの猛虎と猛竜が、その背中に浮かぶ!
(助けて! 姉さん!!)
(無理っ!!)
震えながら目線で会話する姉弟。
ユウネとナル。
その出会いは最悪であった。
――――
「さて、改めてご紹介します。私の弟ディールと、その恋人のユウネです。」
未だ睨み合うユウネとナル。
“話が進まないから” と、アデルが声を掛け、とりあえずテレジの部屋に入ったのだ。
「君が、ゴードンさんの弟のディール君ね。……うん、似ているね。」
笑顔だが、少し影を落とすようにテレジが言う。
その様子に、未だ目を覚まさない最愛の夫の姿を思い出したのだろう。
「初めまして。兄が大変お世話になり、そしてご迷惑をおかけしています。」
頭を下げるディール。
そしてユウネ。
「何でアンタまで頭下げるのよ……。」
ナルの嫌味が響き、さらに睨み合う二人。
「初めまして。貴方とアデル様のお兄様、ゴードンさんの内縁の妻、テレジです。家名はすでにアデル様の御了承をいただき、スカイハートを名乗らせていただいています。」
頭をさげるテレジ。
良く見ると、そのお腹がすこしふっくらとしていた。
ディールとユウネの視線に気づき、少し微笑むテレジ。
「ああ、“これ” ね。アデル様から聞いているかもしれないけど、そうよ。彼の子よ。」
「兄さんは……。」
「まだ、知らないわ。その前に戦争行って、大怪我してそのままよ。」
目に涙を浮かべるテレジ。
口を両手で押え、涙を流すユウネ。
「兄さん……。何やっているんだよ、【剣聖】だろ?」
「ずっと、貴方の事も心配していたわ。」
呟くディールにテレジがら言葉を掛ける。
「ナルちゃんから、貴方の事を聞いてね。ずっと、貴方の事を心配していたわ。」
「……そんな兄を、貴女が、救ってくれたと聞いています。」
アデルから聞いた、テレジの話。
ナルも、兄ゴードンも、救ってくれた女性。
「私は大した事をしていないわ。ただ、貴方のお兄さんがあのままだとダメだと思ったの。四大公爵国の守護神で、伝説の【加護】を持つ “英雄” が、落ち込んだままだと、ね。」
「全部、オレの所為です。」
呟くように言うディール。
全ては、自分が【加護無し】になったからだ。
兄の怪我も。
幼馴染がこの場にいることも。
もっと早く、フォーミッドに訪れ、自分の無事を伝えていられたら。
きっと、兄はその心に大きな枷となり、敵の刃に倒れたのだ。
もっと早く、自分の無事を伝えられていれば……。
涙を流す、ディール。
「思い上がらないで。」
辛辣な、テレジの言葉。
思わず顔を上げるディール。
「私の夫は、貴方のお兄さんは、そんな弱い人じゃ、ありません。」
テレジの目にも、涙。
だが、笑顔。
「確かに貴方の事を心配していたわ。でも、貴方が生きているってこと、ずっと信じていた。ナルちゃんには言ってなかったけど、前に私にこう言ったのよ? “心配するだけ無駄。ディールはきっと凄い力を得て旅をしている。そして美人で巨乳な彼女を作っているんじゃないかな” って。私、貴方たちを見て笑っちゃったわ。まさか、彼の言ったことそのまんまなんだもん!」
唖然とするディールとユウネ。
そして徐々に顔を赤らめる。
「そんな事言うとナルちゃんからビンタだよー、何て言ったけど。本当に手が出たね、ナルちゃんは。」
笑いながらナルを見る。
ウッ、と顔を真っ赤にして俯くナル。
「彼は弱くない。ずっと、貴方の事を信じていた。そして私は信じている。絶対、目を覚ますって。」
涙を流して伝えるテレジ。
そうだ。
偉大な兄ゴードンは、こんな事には負けない。
今度は、自分が信じる番だ。
「ディール君。貴方が自分を責めるということは、貴方のお兄さんを侮辱することになる。貴方は、貴方のお兄さんが信じられないの?」
「いえ。兄は負けません。絶対、目を覚まします!」
はっきりと伝える、ディール。
頷く、テレジ。
「そうよ。私の夫、そして貴方のお兄さんは負けないわ。信じて待ちましょう。」
「……テレジさん、相談があります。」
涙を流しながら聞いていたアデルが、本題を伝える。
「私が住むグレバディス教国に、世界最高の治癒士がいます。名を【土の神子】サリア・オレガノット様と申します。」
「土の……神子様!?」
「彼女に、兄ゴードンの治療を嘆願しようと考えます。以前、その話を連合軍総統マリィ様に直談判したところ、兄の妻である貴女の了承が無ければ許可できない、と言われました。」
驚愕しながら、顔を少し伏せるテレジ。
「もし、貴女の許可を得られれば、兄の移送を全力でサポートすると約束してくださいました。そして……。」
拳を握り、アデルが伝える。
「兄が目覚めた暁には、即座に貴女の許へ、お送りします。」
「アデル……様。」
アデルの決意。
大切な家族を救うという信念。
そして、新たな家族の幸せのために、全力を尽くす覚悟。
涙を流し、アデルの手を取るテレジ。
「アデル様っ! お願いしますっ! 夫を……ゴードンさんを、お助けください!!」
懇願するテレジを椅子に座らせ、アデルは微笑みながら伝える。
「私から、二つ条件があります。」
「条件……ですか?」
涙を拭くテレジ。
「私の事を、アデルとお呼びください。何故なら、貴女は……。」
顔を赤らめ、アデルが意を決して伝える。
「私の……義姉なのですから。もう私たちは家族ですよ、テレジ義姉さん。」
その言葉に、号泣するテレジ。
その身体を優しく抱きしめ、同じように涙するアデル。
その二人を見守り、同じく涙を流すディール、そしてユウネとナル。
気持ちは、皆一緒なのだ。
「もう一つの条件とは……。」
落ち着いたテレジがアデルに尋ねる。
チラッとナルを見て、躊躇気味にテレジへ伝える。
「貴女と、貴女が守ってくれたナルちゃんには酷な話かもしれませんが……。私は、姉としてディールとユウネの交際を認めています。」
ブワッとナルの毛が逆立つ。
悍ましいほどの殺気だ。
『信じていたのに、アデルちゃん!』 そう言っている気がする。
汗を垂れ流し、アデルは続ける。
「ただ、私と兄の結論が同じになるとは限りません。だって……私もユウネに会う前までは、ナルちゃんとディールが一緒になるといいな、って思っていたので。」
今度はユウネの毛が逆立つ。
『お義姉さん、何てことを!』 そう言われている気がする。
「あ〜」と、アデルが言わんとすることを、何となく察するテレジ。
「最終的に決めるのはディールです。ですが、もしどちらを選んだとしても、ディールのこと、祝福してくれますか?」
義姉へ、家族になる者への同意と祝福。
“何故アデルがそんな事を言うのか”
恐らく、これから起こる “事態” を予想しているからの言葉であろう。
察したテレジは、クスリと笑う。
「それはもちろん。でも、私や夫が口を挟む問題では無いですね。」
「そうですが……。」
心配するアデルをよそに、テレジは一瞬ナルを見てから、ディールを見る。
ドキリとするナル、そしてディール。
「ディール君は、もう心に決めているのでしょ?」
笑顔の、義姉。
頷く、ディール。
「はい。……これは、兄が目覚めてから改めて伝えようと思っていたことですが。」
ディールは、ユウネの腰に手を回し、身体を寄せる。
「ひゃっ」と短く言うユウネ。
その顔は真っ赤だ。
「いずれ、オレはユウネと家族になりたい。」
その言葉に、アデルもテレジも、目を丸くする。
隣には湯だつほど顔を真っ赤にするユウネ。
そして真っ白な、ナル。
ディールはナルの方を向く。
「ナル。お前がどんな気持ちなのか分からないが……。姉さんやテレジさんが言っていることが本当なら、オレはお前の気持ちには応えられない。」
真っ白のナル。
だが、徐々に顔を真っ赤に染めあげ、目を見開き大声で言う。
「だ、だ誰がディールなんか! さっきも言ったでしょ!? 心配して損したって!! その乳女とよろしくやっていればいいじゃない! あー、せいせいするわ! あ、でも一応言っておくね。おめでとうっ!!」
そう言い捨て、部屋を飛び出るナル。
呆然とするディール。
そのディールの手を離し、笑顔で言うユウネ。
「大丈夫、心配しないでディール。」
そう言い、ユウネも部屋の外へ出ようとする。
「お、おいユウネ! どこへ……」
「ちょっと、戦ってくる。」
そう言い、ユウネも外へ。
追いかけようとするディールの腕を掴む、アデル。
「待ちなさいディール。二人に任せなさい。」
「で、でも姉さん!」
ククク、と笑うテレジ。
「アデルさま……じゃなかった、アデル言うとおり、任せておきなさいよ、色男。それよりアデル。」
アデルを見るテレジ。
「ゴードンさんを、お願いするね。」
「はい、義姉さん。」
「あと、ナルちゃんも。」
「ええ。任せて。」
二人のやり取りに、怪訝顔のディール。
「え、何で、ナルも??」
そんなディールに、テレジは微笑んで伝える。
「ディール君。ユウネさんは本当に素敵な人なんだね。大切になさいよ?」
「え、あ、はぁ……」
何がなんだかわからない、ディールであった。
――――
テレジの店の裏側。
飛び出たナルは、庭先にある大木へ拳をぶつける。
『ドンッ!』
『ピピピピピ~~~~!!!!』
夕暮れで、寝床で羽を休めていた渡り鳥が一斉に飛び立つ。
「何よ……ディールの、馬鹿。」
大河に流され、行方知らずの最愛の幼馴染。
無事だったとアデルから告げられ、居てもたってもいられず部屋の外に出てみたら……。
信じられないくらい可憐な美少女と、一緒だった。
仲睦まじく、腕を組むその“女”
ディールの胸に飛び込もうとしたが、足を止めた。
その女の眼力。
“私の男に、手を出すな”
そう言われている気がした。
頭に血が上り、ディールにビンタを喰らわせようとしたが、止められた。
そして告げられた。
“私の大切な恋人”
大河に流された【加護無し】のディールがどんな目に遭ったか想像できない。
だが、身に着けるお揃いの高価そうな装備品。
見違えるほど逞しくなった身体付き。
そして感じる、猛烈な強者独特のオーラ。
きっと、筆舌し難い修羅場を乗り越えて、無事にこの場に辿り着いたのだろう。
だけど、あの“女”
あの時、もし一緒に大河に飛び込んでいたら?
もし、ディールが【加護無し】でなく、普通に【加護】を得ていたら?
あの“女” ではなく、隣には、私が居たはずだ!!
もう一度、大木に拳を突き刺すナル。
悔しい。
こんなに悔しいことがあっただろうか!
「ここに居たのですね、ナルさん。」
不意に声を掛けられた。
忘れるわけがない、その声。
あの“女” だ。
勝ち誇った顔をしているか?
見下した顔をしているか?
そんな顔をしていたら、殴ってやる!!
ナルが振り向くと、そこには、キッと厳しい顔をして睨む“女” こと、ユウネ。
予想外の表情とあまりの気配に、少したじろいでしまうナル。
「な、何の用よ。言ったでしょ? おめでとうって。ディールと末永く……」
「悔しくないのですか?」
またしても予想外な物言い。
思わず目を見開いてしまうナル。
「く、く、悔しいって……何が……。」
「ずっとディールの事を想って、生きているって信じて、フォーミッドまで来たのでしょ? ナルさんは。」
真剣な眼差し。
そうだ。
私は、ディールを信じ、ここに来た。
きっと、ここに辿り着くと信じ、今がある。
でも、もう……。
「別に……。」
「嘘です。……悔しいでしょ? 見ず知らずの女に、大好きなディールを取られて!!」
ユウネは、ずっと自責の念にかられていた。
ディールから聞かされたナルの話。
“絶対、ナルはディールが好きなんだ”
その思いは、こうして目の当たりにすると、それが正しかったと確信できる。
だけど、その想いを踏みにじり、こうしてディールと結ばれた自分
もし自分がその立場を逆にしたら。
きっと、気が狂ってしまう。
ずっと考えてきた。
ディールと旅を続け、もし“こうしてナルに出会ったら”と考え続けてきた。
それが、今日。
今、実現した。
思ったとおり、彼女は激高した。
予想していたから、その平手を止められた。
私が見つめ続けるのは、愛するディールだけじゃない。
彼とずっと、それこそ生まれた時から一緒だった、恋敵
彼女に認めてもらい、彼女の想いも受け止める。
そうでなければ。
そこまでの女でなければ。
ディールの隣に立つ資格は、無い!
震えるナル。
そうだ。
悔しい。
この女に言われるまでもない。
「悔しいわよっ!!!」
叫ぶナル。
思わず、ユウネの襟を掴む。
「悔しいわよ!! 何で、アンタなのよ!! 何で……私じゃ……無いのよ……。」
ボロボロと涙が出る。
“ディールさえ生きていれば、あとは何でもいい”
そう女神様に懇願した夜もある。
だけど、“何でもいい” はずが無かった。
“何でもいい” なら、ディールに恋人が出来ていても、祝福できるはずだ。
ディールが生きていて、隣に自分が立つことを信じて疑わなかったからこそ、“別の誰か” をディールが選ぶなんて思いもしなかった。
その覚悟が、自分に無かった。
悔しい。
あれだけディールの生存を願っていた自分が、こんなにも矮小なのが、悔しい。
「私は……謝らない。そして、勝ったなんて、絶対思わない。」
その目から涙を流しつつも、はっきりと伝えるユウネ。
「なん……で?」
「アデルさんも、言ってた。選ぶのは、ディールだって。“今” は私がディールの恋人かもしれない、けど、先の事は分からない。それに、ナルさんだって、まだディールに気持ちを、伝えてないでしょ?」
ユウネの襟から、手を解くナル。
「あんた……何言っているのよ……。」
信じられない。
だって、恋人は、この“女”
それなのに、何で、私の事を、こんなに……?
「私だって……貴女に会うまで、怖かった。ううん、今も怖いよ。もしディールが、貴女を選ぶなんて事があれば、きっと、私は生きていけない。」
ボロボロと涙を流して伝えるユウネ。
「なんで……。なんで……。そこまで、どうして……。」
「アデルさんがテレジさんに言っていたじゃない。“誰と結ばれてもディールを祝福して” って。それは、“家族” に、認めてもらい、祝福してもらいたいから、よ。」
そんな事。
「そんな事、分かっているわよ!」
「貴女もよ!!」
ユウネの叫び。
ビクッとするナル。
大人しそうな、でも芯がしっかりしている可憐な“女” の、叫び。
思わずその目を見つめてしまう、ナル。
「ディールからも、アデルさんからも、聞いたわ。貴女はディール達にとって、家族なんでしょ? 私は……ディールと結ばれるなら、貴女にも、認められたい。祝福、されたい!!」
心が、飛び跳ねた。
目の前の“女” は、そこまでの想いと、覚悟を持ってディールの隣に居るのか、と。
自分は?
好きな人のことで?
そこまで、出来る?
ナルは、初めてユウネと対峙した。
本当の意味で、今、向き合った。
ユウネは涙を袖で拭き、もう一度ナルに言う。
「もう一度、貴女に “宣言” します。私は、ディールの恋人です。でも、私は貴女に謝らない。そして、勝ったなんて絶対に思わない。」
そうか。
そういう、事か。
ナルも、袖で涙を拭きとる。
そんなナルの目を見つめ、ユウネは “宣言” を続ける。
「私とディールは、アデルさんと一緒にグレバディス教国へ向かいます。たぶん、そこから先も、旅を続けます。貴女は、どうしますか?」
私は、謝らない。
私は、勝ったなんて言わない。
これは、女の闘い。
まだ、始まってもいない。
同じ人を、好きになった。
女の、正々堂々とした、闘争なのだ!
納得できるまで、とことん、向き合うのだ!!
ナルも、ユウネを睨み “宣言” をする。
「当然じゃない。私も付いていくわ。私がどうしてここに居ると思うの? 大好きなディールのためよ! 私にディールとの仲を認めて貰いたい? 馬鹿言ってんじゃないわよ! いつでもどこでも、私は貴女からディールを奪い返す気満々で付いていくから!!」
睨みつつも、笑顔になるユウネ。
「それでこそ、同じ人を好きになった人です。よろしくね、ナルさん。」
手を、差し出す。
その手を見て、ユウネを睨みつつも笑顔のナル。
「私たち、一生仲良く出来なさそうね。」
ユウネの手を握り、ナルは続ける。
「でも、ディールを好きな気持ちは一緒っていうのは同じね。よろしく、ユウネ。」
握手を交わす、2人。
日は落ち、すっかり闇夜だ。
「負けませんから。」
「絶対、奪い返すから。」
最悪の出会いから、向き合ったユウネとナル。
後に “親友” となる、2人の出会いであった。




