閑話23 雨と涙
「嘘……。」
その報告を聞いた瞬間、テレジは意識を失い、倒れ掛かった。
「オーナー!!」
即座に支えるのは、ナル。
テレジのお腹はまだ目立ってはいないが、身重である。
ここで倒れ、お腹の子に障ったら事だ。
「ナ、ナ、ナルちゃん……。私はオーナーを、ベッドで休ませてくる。辛いかもしれないけど、話しを良く聞いてちょうだい……。」
青ざめる副料理長。
数人のウェイトレスと協力してテレジを自室へ運ぶ。
ナルの前には、ゴードンの容体を伝える連合兵。
ゴードンの“大切な人”であり、すでに関係は夫婦と言っても差支えが無いテレジへ、現状を伝えに来たのだ。
ゴードンは、帝国軍の幹部兵との戦闘で重症を負い、『東方大要塞』の医務室にて集中治療を行った後、医務部隊に連れられ負傷兵と共にフォーミッド中心部へ移送されたとの報告であった。
衝突からすでに2週間。
大量出血の影響か、未だ意識が戻っていない、とのことだ。
ナルも倒れそうになるのを、気力で堪える。
幼馴染ディールの兄で、自身にとっても兄のような存在。
幼き頃から憧れた、故郷の英雄。
そんな【剣聖】ゴードンが、敵の凶刃によって生死を彷徨ったという、信じられない話。
「それで……。ゴードンさんはどうなるのですか?」
絞り出すように尋ねる、ナル。
俯く連合兵。
「ゴードン様は、移送直後から高位の治療魔導士による治療が続けられています。しかし、現時点では何とも申し上げられません。」
崩れ落ちそうになる、ナル。
もしこのまま目を覚まさなかったら……?
治療が及ばず、命を失ってしまったら……?
涙が溢れる、ナル。
紡ぐのは、大好きな幼馴染の名前。
「お願い……助けて……。ディール……。」
その涙に呼応するように、降りはじめる、雨。
雨の中、店の前で膝を付き、両手で顔を覆うナル。
「ナル、さん。」
顔を上げると、そこには。
憔悴しきった表情で立つ、シエラが居た。
「シエラ……様。」
「テレジ、は?」
美しい銀髪は乱れ、その目下には隈が。
フォーミッドに帰還したシエラは、ずっと、自責に駆られていた。
もっと早く、ゴードンの元に駆けつけられていたなら。
もっと適切な采配が出来ていたなら。
総大将として、優秀な部下が重傷を負った。
それも、大事な親友の夫となる人。
大事な、最愛の人の、親友。
シエラの心は、すでに擦り切れていた。
ナルは無言で立ち上がり、シエラを店の中へ案内する。
そして、テレジの部屋へと連れていく。
部屋には、横たわるテレジと、看病をする副料理長とウェイトレス。
その姿を見て、シエラはテレジの元に飛びつく。
「テレジィ!! テレジィ!! ごめんなさい……。ごめんなさい!!!」
十二将主席という、頂点。
そんな彼女の慟哭。
そこに居るのは、背中を小さく丸めて涙する、1人の女性だった。
「……シエ、ラ?」
倒れたテレジが、目を覚ました。
「テレジ!! ごめんなさい。私が付いていたのに!!」
「大丈、夫よ。」
テレジは弱々しくも、はっきりと伝える。
「私の、夫は……大丈夫よ。」
「テレ……ジ……。」
泣きじゃくるシエラに、笑顔を見せるテレジ。
「まだ、彼にも言っていなかったけど、私のお腹に、彼の子供がいる、の。」
その言葉に、シエラは驚愕する。
「この子の、お父さんは、こんな事で、死ぬ人じゃ、ないわ…。」
笑顔。
だが、その両目から涙が溢れる。
「テレ……ジ……。」
「大丈夫。そんなに、自分を責めない、で。……貴女が、私の大切な人を、守ってくれたんだから。」
知っている。
言わなくても分かっている。
この親友は、戦場へ赴いた夫を守ってくれたのだ。
傷を負い、目を覚まさなくても、命を繋いでくれた。
「ありがとう、シエラ。私の、大切な、人を、守ってくれて……。」
その言葉に、号泣するシエラ。
泣きじゃくるシエラの頭を撫でるテレジ。
その二人を涙して見守るナルと、副料理長たち。
そこに、もう一人のウェイトレスが早足でやってきた。
「オ、オーナー…大丈夫ですか? お客様がいらっしゃいました。」
そのウェイトレスの言葉に、副料理長が怒りをあらわにする。
「何言っているの! 今日は、いえ、しばらく閉店よ。こんな時に客なんて……」
「それが……十二将オーウェン様と、鍛冶職人のアゼイドさんです。」
その言葉に、全員目を見開く。
「いいわ、通して。」
テレジはゆっくりとベッドから起き上がって伝える。
そして、シエラの頭に抱き着く。
「大丈夫よ、シエラ。」
「無理……。無理だよ、テレジ。私、アゼイド君に、会う、資格なんて、無い。」
逃げたい。
逃げ出したい。
最愛の人の、親友の惨状を伝えるのが、怖い。
いや、もう知っているはずだ。
ゴードンとアゼイドの、もう一人の親友。
オーウェンの口から、聞いているだろう。
嫌だ、怖い、逃げ出したい。
震えるシエラであった。
「失礼します。テレジさん……。」
部屋に入ってきた、アゼイドとオーウェン。
二人は涙でグシャグシャになったシエラの顔を見て驚愕した。
「アゼイド、君…。」
「シエラ……様。この度の件、心中お察しいたします。」
頭を下げるアゼイド。
“二人きり”の時は、敬語は排している。
だが、今はシエラの部下でもあるオーウェンの手前でもあるのだ。
礼儀正しく頭を下げるアゼイド。
同じく頭を下げるオーウェン。
「先ほど、ゴードンが収容される病院へ行ってまいりました。結論から申し上げます。命は繋がれました。」
そのオーウェンの報告に、目を輝かすテレジ達。
しかし、オーウェンとアゼイドの表情は暗い。
「……ですが、未だ意識を戻しません。血を多く流した影響だそうです。いつ目を覚ますか、分からないとのことです。」
その現実に、絶句するテレジ達。
「……オーウェンさん、私がゴードンさんに会いに行くのは、可能でしょうか……?」
テレジの呟き。
オーウェンは少し考え、頷く。
「本来なら一般人は入ることが出来ませんが……。すでに貴女はゴードンと夫婦と言っても過言ではありません。後は、その証拠のようなものがあればですが。」
証拠。
あるのは、このお腹の中の子ども。
だが、ゴードンとの子であることを証明するには、グレバディス教国の高位神官くらいしか出来ない。
「……オーウェン、皆さん、少し外してもらえないか?」
アゼイドの言葉に、怪訝そうな顔をするオーウェン。
「どうした、アゼイド?」
「テレジさんに、話しがあるんだ。ゴードンの事で。」
少し考え、オーウェンは頷く。
「分かった。副料理長さん、皆さん、少し外しましょう。……シエラ様も。」
「シエラも、一緒に居てもいいかしら?」
外へ出るよう促すオーウェン、そしてアゼイドにテレジが尋ねる。
ずっとテレジの腕の中で蹲っていたシエラも顔を上げて驚く。
しばし考える、アゼイド。
「分かりました。シエラ様も、ご一緒してください。」
その言葉を受け、テレジ、シエラ、そしてアゼイドのみ部屋に残った。
「アゼイドさん、ゴードンさんの話しって?」
恐る恐る尋ねるテレジ。
すでにシエラもテレジの腕から離れ、ベッドに腰掛けてアゼイドを見つめる。
アゼイドは意を決して、ポケットから一つの小箱を取り出した。
ところどころに、血痕のある、小箱。
「そ、それは!?」
「ゴードンから、預かりました。これをテレジさんへ、と。」
小箱を振るえる手で受け取る、テレジ。
中を開けると。
赤い宝石の付いた、美しい二つの指輪。
「嘘……これ……。」
「もしかして、結婚、指……輪。」
涙を溢れさせ、呆然となるテレジ。
そして同じように涙を流すシエラ。
「……実は、これと一緒にゴードンから貴女への言葉を預かっています。」
アゼイドは俯いて言う。
「そ、それって?」
「……言えません。」
震えるアゼイド。
その目にも、涙。
「その言葉は、ゴードンが、直接テレジさんに言うべきだと思います。だから、ボクの口からは、言えません。」
それは全てを物語っていた。
涙を流す、テレジ
「ですが、それは貴女とゴードンが夫婦である証だと思います。それで、ゴードンに会いに行ってください。」
「ありがとう……アゼイドさん。」
指輪の入った小箱を抱え、震えながら涙するテレジ。
シエラは、驚愕に目を見開く。
おかしい。
何かが、おかしい。
何故、“血”が付いている?
何故、それを、最愛の人が持っている?
ゴードンが血を流した時、一緒に居たのは、誰だった?
「では、ボクはこれで。」
そう言い部屋を出るアゼイド。
「ま、ま、待ってアゼイド君!!」
後を追う、シエラ。
「アゼイド? ……シエラ様!?」
部屋の外で待っていたオーウェン達が声を掛けるが、無視して歩いて行くアゼイド。
その後を追う、シエラ。
ただならぬ予感だけが、した。
店の外。
雨。
「待って、アゼイド君!」
土砂降りの中、歩くアゼイドの腕を掴むシエラ。
そして、確信に似た予感がする。
私が心寄せる想い人は、只者では無い。
なぜ、こんなに惹かれたのか?
なぜ、“世界最強” の一角に数えられる私が、一介の鍛治職人に心奪われたのか?
強さと信念。
そして、底知れぬ “何か”
今、確信した。
私の好きな人、は。
「アゼ、イド君……貴方、まさか。」
「シエラ。」
振り向くアゼイド。
その真剣な表情に、心臓が飛び跳ねる。
見つめ合う、シエラとアゼイド。
「君に、全てを話す。工房に来てもらえるかい?」
雨に濡れ、まるで泣いてるかのような表情のアゼイド。
同じく雨に濡れながら、静かに頷くシエラ。
「貴方のこと、全部知りたい。全部、教えてほしい。」
アゼイドも頷く。
「君に、全部教えるよ。ボクの事も、この世界の事も、全部。」
この日を境に2人の “世界最強” が姿を消した。
たった一つの、手紙を残して。
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「シエラ……。貴女、一体どうしちゃったのよ。」
その手紙を見て、頭を抱えるユフィナとエリス。
二人を見つめる、マリィ。
『アゼイド君と旅立ちます。今までありがとう。さようなら。』
「テレジも知らないってさ。」
ユフィナは盛大にため息をついて、マリィとエリスに向かって告げる。
それは、数週間前に『旅立ちます』という置手紙だけを残して行方を暗ました、主席シエラの事だ。
ゴードンの見舞いの時に会った、妻テレジにそれとなく聞いてみたが、彼女も知らないとのこと。
だが、テレジの表情は明るかった。
「ったく。“やっと好きな人と結ばれて駆け落ちなんて、シエラらしい。”だってさ。こっちは大変だって言うのに。」
悪態をつくユフィナに、マリィが睨む。
「何よ?」
「……ユフィナ、それにエリス。シエラは十分働いた。暇を与えるべきよ。」
マリィの言葉に驚愕する二人。
そして憤慨するエリス。
「十二将、それも主席の任務を放棄して男性と駆け落ちなんて、非常識極まりないです! シエラさんでなければ脱走罪、そしてアゼイドさんは脱走幇助罪で極刑ですよ!?」
だが、マリィは首を横に振る。
「……私たち、四大公爵と貴族たちは、シエラに甘え過ぎなのよ。彼女は、貴族でも何でもない。“平民”よ?」
その言葉にハッとするユフィナとエリス。
そうだった。
【加護】を得て、ソリドール公爵国で出会った天才少女シエラ。
それから自分達公爵令嬢と肩を並べ、共に研鑽した日々。
あまりに逸脱したシエラと共にし、失念していた。
シエラは、貴族でも何でもない。
普通の平民なのだ。
「……四大公爵国や連合軍の重責を、彼女一人に背負わせていた。本来なら、私やユフィナ、エリス、それにリュゲルが担う役割を、彼女一人に、背負わせてしまった。」
震えながら拳を作るマリィ。
逸脱した強さに甘え、全てを彼女に委ねてしまった。
この失態は、シエラの責ではない。
不甲斐ない、自分達だ。
「……ユフィナ。エリス。」
改めて、二人を見るマリィ。
「……今日から、私が連合軍“総統”。シエラが居なくても、強い、連合軍を築き上げます。帝国の暴虐を退け、父マルゼンが目指した、平和の世を、築きます。」
そのマリィに、膝を付いて跪くユフィナとエリス。
「畏まりました。マリィ・フォン・ソリドール総統閣下!」
「我ら、貴女の剣となり、盾となり、世界の平和という悲願のため奮迅いたします!」
「……よろしく頼む。十二将“主席”ユフィナ・フォン・ラーグ、そして“末席”エリス・フォン・バルバトーズ。」
連合軍と帝国軍の衝突時に病症悪化によって意識不明となった“先代”総統マルゼン・フォン・ソリドール。
ついに、その生涯を閉じたのだ。
同時に決定する、ソリドール公爵国の新たな国王。
そして。
連合軍の十二将と内政幹部らの圧倒的支持によって、“次期”総統にマリィが推挙された。
「……まずは十二将の再編。私とシエラ、そして父上を追って自害したディエザを含め3人よ。」
「候補は挙がっています。」
マリィの言葉に、エリスが答える。
頷くマリィ。
だが、マリィは知っている。
何故シエラと、【戦場の死神】ディエザこと、アゼイド・セイスが姿を消したのか。
(……頼んだよ。シエラ。そしてディエザ、いや、アゼイド様)
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数日後。
某所。
「なるほど、これは想定外だったわ。」
晴れて ”恋人同士” になったシエラとアゼイド。
アゼイドの腕にしがみ付くシエラは感嘆して呟く。
頷くアゼイド。
「ボクも連絡を貰って驚いたよ。だけど、色んな状況から考えると、ね。」
シエラとアゼイドの目の前には、二人の男女。
全員で握手をし合う。
「初めまして、ではありませんが……。一応、初めまして。【戦場の死神】ディエザこと、アゼイド・セイスです。」
アゼイドの言葉に目を白黒させる男と女。
「貴方と直接会うのは初めてね。私は平民のシエラ・マーキュリーよ。アゼイド君の恋人です。よろしくね。」
顔を赤くさせながら自己紹介をするシエラ。
アゼイドも顔が真っ赤だ。
その2人を微笑ましく見る、男と女。
「アゼイド君から聞いた事に、この状況。なるほど、戦争している場合じゃなかったってことね。」
「そう。だけどボクらは出会い、そして進むべき道を同じとする。」
シエラ、そして男と女が頷く。
「後は、見つけるだけねー。ゴードン君の弟 “資格者” ディール君と、一緒にいる【星の神子】を。」
「そう。そしてボク達 “6人” で決着をつけるんだ。」
アゼイドは、拳を作る。
「“ディア”を、ボクらの手で葬り去る。」




