閑話18 豹変
「ここまで来れば大丈夫ですね。」
剣を鞘に納め、ゴードンを見る女。
真っ青なストレートの髪に、金色の瞳。
見る角度によって色の変わる、マジョーラカラーのプレートアーマーを纏う、知的な美しい女性剣士。
「貴女が、4位アーシェか。」
ゴードンも剣を鞘に納めて尋ねる。
「そうです。お目にかかれ光栄でございます、【剣聖】ゴードン様」
深々とお辞儀をして挨拶をするアーシェ。
「時間がない。この戦線を収めるために貴女はどう動く?」
「……カイゼルを討ちます。」
ゴードンの問いにはっきりと答えるアーシェ。
その右手で拳を作り、震えている。
「可能なのか? 相手は2位なんだろ?」
「私の力量では不可能です。ですが【剣聖】である貴方と、私の力が合わされば。」
眼前には、土煙を上げて争い合う連合軍と帝国軍。
始まってしまった“戦争”を憎々しく睨むアーシェ。
「志半ばで倒れた、オフェリア陛下の無念を晴らすためにも、ここでカイゼルを討ち、そしてオズノートも討ちます。十二将の皆様方は私に手をお貸しいただけますか?」
ゴードンに再度振り向き、頭を下げるアーシェ。
「確か、貴女の味方は他にも居たと思ったが、どうなんだ?」
【氷の貴公子】5位ミロク
【風の神子】10位アメリア
確か、皇帝オフェリアの協力者が、目の前のアーシェの他に2人いたはずだ。
しかし、アーシェは首を横に振る。
「ミロクも……オズノート一派でした。オフェリア様の味方の振りをし、情報をオズノート達に渡していたのです。そして私の妹であるアメリアも、オズノート一派と言っても良いでしょう。」
「【風の神子】も、か。」
「アメリアは、オズノートの婚約者です。政略婚と思いきや、彼女はすっかりオズノートに心を許してしまっているのです。姉の私がどう言おうと彼女がオズノートを裏切るとは思えません。」
伏せるアーシェ。
姉妹なのに、志を違えてしまった。
いざとなれば姉妹で血をみることになるだろう。
俯き震える身体は、弟を失ったかもしれない自分と少し重なる。
彼女の妹は生きているが信じる道を違えた今、その絶望感は筆舌し難いのだろう。
「つまり皇帝オフェリアの意志は、貴女しか継いでないってことか。」
ため息をつき、ゴードンが呟く。
「……はい。」
涙を流し、顔を伏せて答えるアーシェ。
ゴードンは頭を掻きながら、アーシェに言う。
「分かった。オレから十二将の皆に伝える。この戦いが終わったら、一度フォーミッドへ訪れて欲しい。」
その言葉で、アーシェは頭を上げる。
「ありがとう、ござい、ます……」
涙を流しながら呟くように礼を述べるアーシェ。
女の涙には弱いゴードン。
照れくさそうに後ろを向いて告げる。
「いや、いいんだ。貴女も一人で辛いだろ。まずカイゼルを討つ。そしてオズノートの野望を打ち砕けば、妹さんも目を覚ますだろう。」
「お心遣い、痛み入ります……」
ゴードンのやるべき事が決まった。
まずは。
「アンタだな。」
『ガキン!!!』
驚愕に目を丸くするアーシェ。
完璧だったはず!
完全に油断していたはず!
自分の剣を、ゴードンに防がれ驚愕するのであった。
「どう、して!?」
「どうしても糞もあるかよ。オレは最初からアンタが怪しいと踏んでいたんだよ。」
アーシェの剣を払い、改めて剣先を向ける【剣聖】ゴードン。
「女の涙を何度も見たからかな? アンタの涙は嘘の匂いしかしなかった。……オレを殺そうしたという事は、アンタの言ったこと全部嘘っぱちなんだろ?」
顔を伏せるアーシェ。
そのアーシェを睨み、ゴードンは続ける。
「……皇帝オフェリア殺しも、ゼクト殺しも、アンタの仕業か。」
「朴念仁と思いきや、意外と女慣れしているじゃないか〜。」
フフフフ、と笑い呟くアーシェ。
そして。
「きゃははははははははははははははは!!!」
豹変。
美しく知的溢れた女性からの変貌。
同一人物とは思えないほど、狂ったように笑うアーシェ。
「凄い凄い凄ぉい!! さすがは【剣聖】! その加護? その加護ね!? その忌々しい加護が教えたのかしら!? 凄い凄い、ウケるぅー!!」
剥き出しの狂気。
鮮やかな青色の髪が、“金髪”に染まる。
無邪気に笑い、目を見開き、叫ぶアーシェ。
「な、なんだ、貴様は……」
全身から汗が噴き出る。
“コイツは、ヤバイ”
そんな警鐘を、身体中の細胞という細胞が鳴り響かせる。
「あー、可笑しい。いいわぁ、全部答えてあげる。そうよ、私が【魔聖】の女……皇帝オフェリアを利用して殺したのよ。あいつがどういう死に様だったか知りたい? ねぇ、知りたい!? 知りたいでしょ!? ねぇねぇ!!」
キャハハと笑って騒ぐアーシェ。
もはや先程とは別人だ。
「あの女さぁ、【百鬼夜行】……っても分かんないか? 【百式】ゼクトとねぇ、男と女の関係だったよー! それも、もう本当に甘々のイチャイチャっぷりで見てて口から砂糖が出るくらい! 見せつけられた私の気持ち分かるぅ!? 早く爆発しろよっ、てね!!!」
驚愕するゴードン。
確か、以前通信してきた時は「そんな関係はない」「そういう噂を利用している」と言っていた。
そんなゴードンの考えを読んだのか、アーシェはフフンと笑って続ける。
「騙していたのよぉ、あんた達を! ズブズブの関係だったのよ、あの二人。愛し愛され、本当に尊い関係だったのよー! うっけるー! 女帝とそれに連れ添う騎士の禁断の恋? ベタベタ過ぎじゃね!? リアルでとかマジでウケるんですけどー!!」
両手を上げて盛大に噴き出すアーシェ。
そんな狂ったように笑うアーシェを睨み、ゴードンは叫ぶ。
「それを利用したのか! 貴様は!!」
「そうよぉ~。そうそう、あの女の最期よね? あの女があの男と熱々の雰囲気にのぼせ上がっていたところに刺してやったのよ。あの男の、剣を。」
その言葉に、絶句するゴードン。
「あの時の、あの女の顔ったら! 今思い出しても超うける!! だって愛する男の唯一無二の武器よ? 何で? 何で? って顔に盛大に書いてあったの! それを抱きかかえる男の顔も見ものだったなぁ。何で、オレの剣が刺さった? オレの剣、腰にあるじゃん! ってね。可笑しいでしょー!?」
話は聞くに堪えないものだが、整理すると……
【百式】ゼクトの剣は、ゼクト自身は抜刀せず剣帯に納めたままであった。
だが、皇帝オフェリアを刺したのは、ゼクトの剣。
不条理な現象であるように感じる。
もしくは、この女が嘘をついているか、だ。
またしてもゴードンの表情を読み取ったのか、アーシェが騒ぐ。
「うふふふふ、私が“嘘”言っているんじゃないかって顔ね? いいわ、見せてあげるー!」
そう言って、手を前に掲げて、告げた。
「『“因果率操作【確変】” “名称【百式】” “座標値、本体左手”』 オープン!!」
すると目の前に掲げた手に、黄金色に輝きを放つ、剣刃が以上に広くところどころに宝石が埋め込まれた不気味な魔剣が現れた。
「驚いて声も出ない!? これ、ゼクトの愛剣“百式”よー。偽物と思う? 実は、本物と全く同じなの!」
そんな、バカな。
屈強な魔剣は、この世に二つとない。
確か聞いたことがある。
ゼクトの魔剣“百式”は、強靭すぎるゼクトの力に耐え、さらにその力を十全に使えるように改良に改良を重ねた、改造魔剣であると。
そんな物が、この世に二つとある訳がない。
「うふふ、秘密だよぉ? この力、貴方達“ニンゲン”には絶対に使えないものだから。そもそも、これから私に殺されるイケメン君だから見せたのよ? 感謝してよねぇ~。」
取り出したゼクトの魔剣を握るように消すアーシェ。
そのまま自分の剣の柄の先についている直径10cm程の輪に指を通し、剣を勢いよく回し始めた。
「さぁて、いっぱい笑ったしぃ、いっぱいおしゃべりしたしぃ……そろそろ死のっか?」
アーシェの右手と剣が残像のように消えた。
“やばい!!!!”
ゴードンは咄嗟に剣を構え、身体を屈めた。
『ガキャン!!』
何も見えなかった。
しかし、剣は何かを防いだ。
「わぁお凄い凄い凄い! 今の防いじゃうんだー!」
子供のようにはしゃぎながらアーシェは剣をグルグル回しながら腕を振るう。
その剣線は糸のように、キラキラと光る細い無数の筋となりゴードンを襲う。
『ギギギギギギギギギギギギギ!!』
剣と剣の応酬ではありえない、剣戟音が響く。
辛うじてアーシェの攻撃を防ぐゴードン。
長年の鍛錬の賜物か、【剣聖】の成せる技か。
だが、防戦一方。
このままではじり貧なのは明確である。
何故なら、アーシェは余裕の表情だからだ。
全く、全力を出していない。
余裕で剣聖を細切れに出来るという、確信。
冷たい汗が全身を覆う。
「凄い凄い凄い凄い凄い凄いぃぃぃぃい!! 防ぐの!? これも防いじゃうの!? やばぁい、凄ぉい!!」
狂喜に満ちた笑顔で剣を振るアーシェ。
“遊ばれている”
だが。
だからこそ、勝機がある。
アーシェの無限に続くような剣戟を防ぎながら、その瞬間を見定める。
そして。
『バスッ』
乾いた斬撃音。
「え、え、え、嘘ぉ!!!」
アーシェの左腕がばっさりと斬られ、地面に転がった。
その斬り口から、勢いよく鮮血が舞い散る。
ゴードンの身体の周りに、青白い光が漂う。
【剣聖】の固有技能“剣聖覚醒”である。
知覚、判断力、思考力、身体能力が爆発的に上昇する、【剣聖】が剣聖たる力。
連合軍に入り、日々怠らなかった鍛錬の果て、この境地に達した。
発動まで時間が掛かること、発動後、自身のパフォーマンスが一時的に低下するリスクがある。
しかし、この場において出し惜しみなどしてはいられない。
戦争を食い止めようとした皇帝オフェリアを殺害し、この大規模な戦争に発展させた『元凶』たる目の前の女を、切り伏せねばならない!!
ゴードンは左腕を失い戸惑うアーシェに、問答無用で剣を振る。
『ギン! ギン! ギン!』
形勢逆転である。
腕から血を噴き出しながらも、右手でゴードンの目にも止まらない剣戟を防ぐアーシェ。
先ほどの凄惨な狂喜の表情とは打って変わって、驚愕と焦りに表情を歪める。
その腕、足、胴。
徐々にアーシェの身体に傷が付く。
“剣聖覚醒”の発動時間はまだまだ余裕がある。
一気にアーシェを追い詰める!!
だが、その時。
『どおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお』
けたたましい膨張音。
遠くから赤い光が見える。
それは、空に浮かぶ巨大な火の球。
「ま、まさか!!!」
帝国軍が発動させた、戦略級大魔法であった。
「あーぁ、間に合っちゃったねぇ。いっぱーい、人、死ぬよぉ?」
身体中を斬られながらもニヤニヤ笑うアーシェ。
空高く浮かぶ大魔法は、『東方大要塞』目がけ、勢いよく堕ちていく。
――――
「合図が来たぞ!」
マイスターと対峙する8位ジャッカルは叫び、脇目もふらず、倒れる7位ウルフェルの元へ駆け寄る。
「ジャ、ジャッカル。」
「しゃべるなウルフェル! 行くぞ!」
即座にその場を離れる2人の将軍。
狐につままれたような顔をするマイスター。
「おい、待てよ! 逃げるのか!?」
「撤退!!」
同時に、6位ゾルゲも叫ぶ。
連合軍の兵を押しつつあった帝国兵が、わき目もふらず後退する。
「待てやゾルゲ!」
「グフフフ、生きていたらまた会おうぞ。さらばだ。」
消えるように移動するゾルゲ。
どうやら転送魔法のようだ。
「ちっ……。一体なんだよ。」
悪態をつくマイスターだが、内心ホッとしている。
ゴードンが青髪の女、4位アーシェと剣を打ち合い小高い丘へ向かってから、1人で十傑衆2人を相手取っていたのだ。
何とか命を繋いだ、安堵する英雄であった。
目の前は、蜘蛛の子を散らす勢いで撤退する帝国兵。
嫌な予感がする。
「あいつら……まさか!!」
その時、空が、紅く光った。
「やりやがった!!!!」
大要塞内。
「戦略級大魔法です!!奴等、やはり多少の味方の被害など構わず発動させました!」
「障壁強化、急げ!!」
パニックになっていた。
ゴードンが予言した、”敵、味方関係なく戦略級大魔法を発動させるのでは?”が現実になった。
可能性を考え備えていたが……予想より規模が大きい。
魔法兵は全力で障壁を強化するが、果たして。
徐々に近づく、巨大な火球。
マイスターは地面に腰を掛けて、ポケットに入っていた煙草を吹かす。
「あ~、これで終わりかよ? あっけなかったな…。」
パニックになって逃げ惑う連合軍兵と、一部帝国兵。
顔と下半身を濡らしながら喚く者、帝国の大幹部に呪詛を並べる者、半狂乱に笑う者。
共通するのは、死があと数秒であるということだ。
「ダメです! 防げません!」
「諦めるな! 儂の魔力も使え!!」
「ここで諦めたら……連合軍は壊滅してしまいます!」
大要塞内。
魔法結界を展開する魔法兵と共に、第9席ザインと第7席シータも結界術に魔力を通す。
だが、大魔法はそんな結界を薄い氷のようにパリパリと割って落ちてくる。
「最後まで、諦めるなぁぁぁぁぁああ!!」
ザインが叫ぶ。
目の前には、巨大な火の球。
ダメだ。
終わった。
「よく持ち堪えた!!!」
その声と共に、銀髪を靡かせて一人の女性が大要塞の城壁の上に立った。
「シ、シエラ様!!?」
連合軍十二将“主席”
総大将であるシエラであった。
シエラは落ちてくる大魔法に右手を掲げ、叫ぶ。
「消えろぉぉぉぉぉおおおおお!!」
【天衣無縫】
その力は、“破壊”と“再生”
シエラの叫びと同時に、銀の鈍い光が一閃。
その瞬間。
『ポシュッ』
気の抜けた音と共に、1kmはあった巨大な火の球が、何事も無かったように消失した。
――――
「バ、バ、バカな!!」
帝国軍後方、大将陣。
そこに戦略級大魔法の発動で、連合軍に壊滅的被害を与えられることを確信した、大将カイゼルは驚愕のあまり絶叫する。
確実に火の球は大要塞目がけ、落ちた。
着弾する間際、何事も無かったかのように消失したのだ。
「いったいこれは……!?」
『シエラ様のお力だ。』
その声に驚愕し、振り向くと…。
そこには、髑髏を彷彿とさせる白い鉄仮面を被り、全身を覆う黒い外套と黒の甲冑を身に纏った『死神』が立っていた。
「あ、あ……ま、ま、まさか。」
カイゼルの隣にいた幹部兵が、腰を抜かして倒れる。
「【戦場の死神】ディエザ!?」
カイゼルが叫ぶ。
目の前の死神は、男とも女ともつかぬ声で伝える。
『如何にも。連合軍十二将“末席”ディエザと申します。以後お見知りおきを。』
そう言い、ディエザは何もない空中から巨大な大鎌を取り出した。
その切っ先は、血のように真っ赤だった。
『魔剣“鮮血ノ咎人”。最も、貴様等とは二度と会うことは無いだろうが。』
そう呟いたディエザが、一瞬消え、その場に立った。
カイゼルは全身の警鐘のまま、自身の武器である斧状の魔剣“崩極”を目の前に掲げた。
『ザスン』
重々しい切断音。
カイゼルが恐る恐る周囲を見ると、自分以外の兵が、全員、身体を切断されていた。
ある者は、頭から縦に真っ二つに。
ある者は、胴を十字に切り裂かれ。
またある者は、首、腕、脚をばらばらにされ。
一瞬にして、取り巻き30人もの屈強な帝国幹部兵が、ディエザの手により絶命したのであった。
「あ、あ、あ、あ……」
カイゼルは恐怖のあまり座り込んだ。
見ると、自分の魔剣にも、巨大な一本の切り傷が付いていた。
『運が良いな。その強運でその地位を得たのか? 2位という実力はまやかしか?』
ディエザの鉄仮面の目が怪しく光る。
そして、その大鎌を構える。
“世界最強”
いや、“史上最強”
これが【戦場の死神】ディエザ。
『終わりだ、十傑衆カイゼル。』
ディエザは無慈悲にその大鎌を振るい、カイゼルの首は飛び跳ねた。
だが、その一瞬。
カイゼルが口にした言葉にディエザは驚愕する。
『“カイゼル様”だと? まさかこいつ、影武者か。』
倒れ伏すカイゼルは、伝え聞いていたカイゼルそのものであった。
しかし、とても帝国軍の最高戦力である大将団“十傑衆”の2位を張る猛者とは思えないほど手ごたえが無かった。
いくら人外じみた実力を有するディエザであったとしても、対峙する相手の力量は正確に測れる。
ただ、いずれにしても帝国軍の“頭”は潰した。
仮に本物のカイゼルが生き残っていたとしても、指揮系統たるこの場を制圧した時点で、もはや敵兵の士気はガタ落ちである。
「う、うわあああ!! カイゼル将軍が殺さた!」
「あ、あいつは知っている! 連合軍の“死神”だぁーー!!!」
「将軍も団長連中も殺された! 撤退だ、撤退しろぉ!!」
切り札であった戦略級大魔法も消され、将軍や他の団長達も無残に殺された中、数は圧倒的に有利を誇る帝国軍であろうと冷静にはいられない。
瓦解するように、我先にと撤退を始める帝国軍兵。
後方の騒ぎが徐々に前線へと広がり、撤退の波が押し寄せてくる。
それを眺め、これで戦線は一旦落ち着くだろうと考えるディエザ。
だが、次の瞬間、嫌な気配と予感を感じた。
『これは……まさか!?』
その場を消えるように、移動するディエザであった。
それを見ていた逃げ惑う帝国兵は「た、助かった……」と呟くのであった。
――――
「帝国兵共が撤退を始めたぞ! 今だ、前線を押し返せ!! ただし、深追いはするな!」
大要塞内で指揮を執っていたザインの声が響く。
戦略級大魔法が消失したからか、再度突撃をせず、そのまま撤退をする帝国兵。
通信具を通し、各軍団長や師団長へその情報が行きわたる。
「助かりました、シエラ様。」
ザインとシータが深々と頭を下げる。
「ハァッ、ハァッ……。気にしないで、いいよ。むしろ……よくこの少人数で……大要塞を守り抜いたね。」
戦略級大魔法をかき消すために膨大な魔力を消失させたシエラは、地べたにドカリと座り、肩で息をしながら笑顔で伝える。
一つ、大きく深呼吸をして。
「よし、もう大丈夫!」
そう言い、勢いよく立ち上がった。
「……さすがシエラ様だ。」
「この回復力……もはや卑怯ですよ。」
半笑いで唖然とするザインとシータ。
「はいはい、そういう感想はいいから。撤退は始めているとは言え、敵兵の数はまだこっちよりもはるかに多いんだから。また突撃でもかまされたら堪らないわよ。深追いせず、前線維持に努めて。」
「はっ!!」
その時、シエラは背中に悪寒を感じた。
「……!! 何、これ!?」
強大な魔力の膨らみ。
連合軍と帝国軍の衝突個所から少し離れた、小高い丘の上からだ。
「これは、ディエザ!?」
“何かがあった”
嫌な予感がして、大要塞から丘まで、一足飛びで走るシエラ。
まだユフィナの“光足俊足”の効果はある。
丘まで、10秒も掛からない!
丘にたどり着いたシエラは絶句した。
胸から血を流し、倒れるゴードン。
そのゴードンを抱えるディエザ。
そして、凄惨な笑みを浮かべる一人の女が居た。




